願われし剣、耀を纏いて

 底の見えない夜闇が平原を満たしていた。

 そのそこかしこで砲火が瞬き、地べたが爆ぜる。爆炎が噴き出して夜陰を切り裂く。


「――クソ!」


 炎の中をくぐり抜ける度、少しずつ装甲は剥げ落ちていった。装甲だけではない。右腰部と左肩のスラスターが機能を停止しているし、手足だって思うように動かない。

 ……なんて、弱音を吐いてられる場面じゃないんだ。

 手近な“ヴェルカン”に狙いを定めて飛びかかる。


「そこをどけェええええ!!」


 振り下ろした拳が“ヴェルカン”の腹部にめり込んだ。装甲の上から操縦席を押し潰し、息の根を止める。巨体はとガクリとうなだれた。

 すぐさま離脱して敵弾を振り切り、次なる敵へ。接近して、コクピットを切り裂きさらなる敵を仕留めにかかる。

 ――今ので、いったい何機やった?

 長く戦い続けたせいかもしれない。意識がひどくぼんやりとしていた。

 思い出せない。

 なぜ俺は、こんなことをしているのだろう?

 理由があったはずなのに、光の粒子に塗り潰されていく。

 それを必死につなぎとめて、懐かしい顔を掘り起こそうとした。


「――チヒロ、タトミさん……」


 ぼんやりと仲間の顔が浮かび上がる。

 そうだ、あいつらだ。あいつらから託されたんだ。

 この鎧と、俺たちの誇りを。

 そのためになら捧げてやる、この命も心も。


「グォオオオオオオオッ!!」


 体中から光の粒子が噴き出す。その余波が近づく“ヴェルカン”を薙ぎ払った。

 鋼鉄の巨人が容易く吹き飛んで、続々と周囲に積み上げられていく。

 雑魚を一掃したところで、ミサイルの接近を告げるアラートが鳴り響いた。

 その場から飛び退くと鋼鉄と炸薬の塊が追いすがってくる。直前まで立っていた地面をえぐり取っていった。

 巻き起こった爆風を振り払い、開けた空の下に飛び出す。

 正面に、六腕四脚の巨人を捉えた。

 仲間たちの仇、俺たちの絆を壊そうとするモノ。


「もう何も奪わせるか……ッ!!」


 片足で地べたを蹴ると同時にブースターを点火する。急激な加速度に一瞬だけ視界が眩んだ。音と敵弾を置き去りにして地上を駆ける。

 敵弾をかいくぐりながら距離を詰め、“フツノミタマ”に手をかけた。

 ――これで決める!

 脚の一本に狙いを定め、すれ違いざまに刃を叩きつけた。

 その接触面から火花と光素が飛び散って力場を食い破る。

 その奥に包まれた装甲を削り取り、駆動部を断ち切ろうとして――刃が、止まった。


「まずい……!」


 見上げれば、巨大な砲口が俺を見据えている。

 息を止めると頭上に飛び上がり、体中のスラスターを噴かして回転した。ミサイルと銃弾が唸りを上げながら耳元をかすめていく。

 その勢いのまま“ティラン”の腕に大太刀を振り下ろすと、硬すぎる手応えが衝撃を跳ね返してきた。

 しびれた腕で、無理を承知で捩じ切ろうとするが――やはり断ち切れない。

 止むなく“ティラン”の巨体を蹴り飛ばすと、再加速して離脱した。敵弾を振り切りながら背後を仰ぐ。


「クソ……っ、どうする?」


 このままじゃジリ貧だった。

 一年前は仲間がいた。チヒロのやつが“ティラン”の霊脈炉に干渉して、どうにかあの化け物を斬り伏せたのだ。

 けれど、もうあいつはいない。あいつだけじゃない、俺の仲間たちはもうどこにもいないんだ。

 だって俺がこの手で“ティラン”ごと葬り去ったから。

 悔いる間に足並みが鈍っていた。目前で榴弾が爆ぜる。その爆発を手甲で受け止めながら炎の中を突っ切って“ティラン”を睨みつけた。

 ――やっぱり俺独りきりじゃ、何も守れないのかもしれない。

 それでも、託されたものがあるんだ。誰よりも大切だったあいつらから。


「投げ出すわけにはいかねぇんだよ!」


 叫びながらシステムに介入、仕組んでいた裏コードを利用して出力制限を解除する。

 膨大な力が胸の底から湧き上がり、意識が押し流されそうになった。崩れ行く意識の中で、溢れる力をまとめ上げ、全身に纏わせる。

 それらを推進力に変えると全身から放出して“ティラン”目掛けて跳び出した。


「うォオオオオオオオ!!」


 “ティラン”の三面がぐるりと巡ってカメラアイで俺を捉える。同時に六本の腕が蠢き、ミサイルの発射筒と150ミリ滑空砲を構えた。そこから硝煙とともに、超音速の鋼と火薬の塊が撃ち放たれる。

 俺は光を刃に束ねて、真正面から弾雨にぶち当たった。衝撃が溢れ出し、体中の装甲と意識を削り取られる。

 それでもブースターを全開にして、全身を引き絞り。

 

「喰らえェえええええええッ!!


 叫びながら、溜め込んだ力を解き放った。体中からかき集めた力と光素を刃に乗せて、“ティラン”の腹に突き立てる。

 重たい感触が刃を通してのしかかり、力場がが侵入を阻んだ。

 システムが次々とパワーダウンを起こし、ディスプレイが閉じていく。過剰な光素を注ぎ込まれた刃に無数の亀裂が走る。

 ――それでも。

 こんなものじゃなかったはずだ。俺が背負ったものの重さは!


「チヒロ、みんな……!」


 あと少しだけでいい。俺に力を貸してくれ。

 そんな、届くはずのない願いに、けれど霊脈炉は応えた。光を噴き上げて俺を光素で押し包み、白く染め上げる。その奔流が刃にまで流れ込み、“ティラン”の力場にヒビを入れた。

 これなら行ける。あいつらと一緒なら、俺はどこまでだって。

 おびただしい光素を散らせながら、願われし剣が絶対の防御を突き破った。

 その光を纏いし刃が“ティラン”の腹を貫き、そこに大穴を穿つ。その中を突き抜けて、“ティラン”の背後に飛び出した。

 その先に着地すると土埃を巻き上げながら大地を滑る。

 やがて体が止まった瞬間、光の粒子が散ると同時に“フツノミタマ”の刀身が崩れ去った。

 振り返れば、土手っ腹に穴の空いた“ティラン”が崩れ落ちていく。


「目標を、破壊……したんだよ……な?」


 気が抜けて、思わず大地に膝をつく。

 これで、あいつらに顔向けができる。守るべきを守り抜けたのだから。

 せめて、この一瞬だけはあいつらのことだけを想っていたい。

 けれどそんな俺の油断は、あっけなく砲声と衝撃が塗りつぶされた。

 目の前で地べたが爆ぜ、土煙が舞い上がる。隠れ潜んでいた敵影が続々と姿を表す。

 一基の霊脈炉と強固な装甲を備えた、ロシアの主力兵器。

 “ティラン”と比べれば遥かに劣るが、それでも。


「また“ヴェルカン”かよ……いったい、何機いやがる!?」


 もう大太刀は残っていない。鎧もボロボロだってのに。

 それでも、立ち止まることなど許されるわけがなかった。


「やるしかねぇ」


 そうだ。

 俺は託されたのだから。この地を、守ろうとした彼らの誇りを。


「俺がやるしかないんだ」


 そう自分に言い聞かせると、意識を背部の霊脈炉へと結びつける。

 深く、より深く。

 暴走した炉は、望んだ以上の力を吐き出す。その強すぎる光が、端から俺を焼き尽くしていく。

 そのまま燃やしきってしまえばいい。

 生き残っても、あいつらには逢えるわけじゃないんだ。みんな、俺の目の前で散り果てたから。

 それならせめて俺だって、あいつらのように命を燃やし尽くしてやる。

 そうすればきっと、俺も同じところへ――


「――グゥあァアアアアアアアアアッ!!」


 壊れた鎧と炉から、光素が溢れ出す。流れ出た光の奔流が、次々に“ヴェルカン”を絡め取っていく。

 その霊脈炉を乗っ取って、出力をでたらめに引き上げた。並び立つ巨兵が内側から爆ぜ、火と煙を噴き出しながら倒れていく。

 一機、二機、三機、……反応が一つずつ潰えていく。

 もう、自分で止められる一線はとうに超えていた。抑えがきかず、ただただ出力を上げることしかできない。

 溢れ出る光の洪水に身を任せながら、それでも不思議と俺は満足していた。

 あと少しでこの戦いは終わる。一人の傭兵と引き換えに、絶望的だった戦線が勝利に終わる。

 俺はちゃんと守り抜けたんだ。あいつらが守りたかった場所と誇りを。

 ここまでやればきっとあいつらだって――そうだ、チヒロのヤツだってこう言うはずだ。


『――まだ終わっちゃいけません!!』


 記憶の中の少女が怒鳴りつけてきた。

 その声が現実と重なる。聞き覚えのある誰かの声が、俺に訴えかけてくる。


『あなたは、もう独りなんかじゃないはずです!!』

「なん……だ?」


 近づいてくる。何かが、温かな光をまとった誰かが。

 誰かだと?

 俺はこの声を知っている。もう何度も、うんざりするくらい聞いてきたはずなのに。


『しっかりしてください! なんでいつも、そうやってボロボロになるまで独りで頑張るんですか!?』


 そういう性分なんだよ。そう答えたいのに頭がガンガンと痛む。 

 似たことを何度も言われてきた。

 けれどそんな口うるさい少女は、とっくに俺の前から居なくなっていたはずなのに、なんで――


「ミ……ぃナ……?」


 我に返った瞬間、無数の銃弾が飛来して俺の周囲を薙ぎ払った。


『道は私が切り拓く。ミーナ、行って!』

『はい!』


 その威勢のいい返事と同時に、彼女が駆け出す。慌てたように、光の波をくぐり抜けてくる。


『ソウハさん! 戻ってきてください! あなたには、新しい仲間が……あなたを喪いたくない人がたくさんいたはずです』


 ――ッ。

 喉が引き攣った。

 馬鹿が。大人しそうな顔をしてるくせに、なんでそこまで頑固なんだか。

 文句は山ほどあるのに、ひっく、ひっくと不器用な嗚咽だけが漏れ出して、うまく言葉を紡げない。

 こみ上げるものに呑まれながら、それでも言わなければいけないことは分かっていた。


「離れろ……! 霊脈炉が、イカれちまって……このままじゃ、お前まで――」

『だったら、なんで仲間を頼ってくれないんですかッ!?』


 なんだと?


『あなたが失敗したなら私たちが補えばいい! そのために私たちはここにいるのにッ!!』


 ミーナは叫びながら、もうあと一歩のところまで俺に近寄っていた。その身にまとった鎧が俺へ手を伸ばそうとする。


「ミーナ……だけど、俺は……」

『そんなに悲しそうな声しないで下さい! 大丈夫、私たちがあなたを救ってみせます!』


 インナーアーマーと装甲を纏った分厚い彼女の手のひらが“ミカゲ”の力場に触れる。そこから光の波が幾重にも広がって、俺と周囲の光素を包み込んでいった。

 そうだ、こいつは霊脈炉との感応率が誰よりも高い。それこそ、俺なんかよりもよほど。

 その温もりを受け容れる資格なんて俺にはないっていうのに。


『――っ、これがソウハさんの感じていた痛みだったんですね』


 火花とも、稲妻ともつかない閃光がバチバチと弾ける。俺の気持ちを代弁するように、ミーナの手を弾き飛ばす。

 だって、こんな俺が幸せになってもいいのか?

 大切だったはずなのに、そんな仲間を誰一人救えずに。

 そんなこと、許されるはずがないのに。


『ソウハさん。私はあなたのお仲間とお話ししたことはありません。けれど一度だけ見かけたことがあるんです。あのときの仲間と笑い合うあなたを』


 今ならば分かる。

 ミーナは霊脈炉の開発者の娘だ。だから父親に付き添って盾速の本社を訪れたのだろう。

 きっと、その時に見かけたのだ。もうどこにもいない、俺の仲間たちを。


『憧れたんですよ。私もあんな仲間が欲しい、あんなふうに誰かと笑い合えたらって』

「勘違いするな。“ミカゲ”隊は、あくまでも、この鎧を完成させるための――」

『誤魔化さないで下さい!』


 なんだと?


『そうじゃないはずです! ねぇソウハさん。昔のあなたは、何のために戦っていたんですか!? どうして最後まで戦い抜けたんですか!?』

「それは……」


 それはちょうど、いつかハルカに聞かれたのと同じ質問だった。


「俺は、あいつから……昔の仲間から、最後まで戦い抜けって、そう願われたんだ。その想いを果たしてやりたくて、だから俺は……!!」

『それだけじゃなかったはずです!!』

「なんだと?」


 お前に何がわかる?

 こうして戦い抜くことでしか、あいつらがここにいた証を刻めない。

 一緒だった、あの掛け替えのない時間が薄れて消えていってしまう。


『ねぇソウハさん。私はあなたとも、他の誰とも別れたくなんてない! だから命を振り絞るんです! あなたは違うんですか!?』

「いや、俺は! 俺は……!!」

『逃げないで下さい! あなただって仲間を喪いたくなんかないはずです! そうですよね、だって何度も私のことを助けてくれたじゃないですか!?』


 そんなの当たり前だ。

 仲間を助けるだなんて、そんなの。


「助けるに決まってんだろ!? 俺だって、誰も喪いたくなんかないんだよ! 本当は、本当ならあいつらだって……!」


 チヒロ、タトミさん、みんな。

 ずっと、ずっと傍に居たかった。この鎧も、何を守るかだってどうだってもいい。

 俺はただ、最期まであいつらと一緒にいたかったんだ。

 それなのに、俺の手元に残ったのは。


『だったら私の気持ちだって、ハルカさんやタマキさんの気持ちだって分かるはずです!! 私たちは、あなたと別れたくなんてない……ッ!!』


 その叫びと共に、もう一度ミーナの手が突き出される。その手のひらから、温かな光が広がってきた。

 それがじわじわと、固く閉ざされた俺の殻を溶かしていく。


「チヒロ……みんな」


 俺が、俺だけが救われてもいいんだろうか?

 ――分かってるさ、その答えは俺自身で見つけるしかない。

 けれど、あいつらの考えることならすぐにだって想像できるはずだ。

 というか、最初から分かり切っていたんだ。

 あいつらなら、こんな俺を――


『――ひとりになんてさせません!! 戻ってきてください、私たちのところへ……!!』


 彼女がそう訴えた途端、荒れ狂っていた光の渦が舞い散っていく。

 その一粒一粒を再び支配下に収めると、光素はもとの通り鎧の中に吸い込まれていった。

 自分のものに戻った手を握り締めて、感触を確かめる。


「戻ってきたのか、俺は」


 溜め息をついた途端、それなりの質量を持った物体が抱きついてくる。


「うごふぅ……!?」

『捕まえましたよソウハさん!』

「おまっ、ちょっ、離れろ……!」


 鎧を纏ったままなんだぞ! 何キロあると思ってんだ!?


『ダメです! もう絶対に放しません!!』


 ぎゅうぎゅうと、“キビツヒコ”を纏ったミーナが俺を締め上げてくる。

 やばい、マジで苦しい。息がちょっとずつ苦しくなって……あかん。これ、何かに目覚めそう。


『二人とも、アホなことしてジャレとるな!』


 タマキからの通信だった。

 ミーナに捕獲されたまま、何とか首をもたげてそれに応える。


「何の用だ社長! もうボロボロなんだが!?』

『司令部のほうがてんてこ舞いやねん! あたしらの助けが必要や!』


 ちっとは休ませろ!

 ……そう、言いたいところだったが。


『ソウハ。お前のために離脱してきたの。これ以上は味方を待たせられない』

「ハルカまで……ったく、勘弁してくれよ」


 俺が、……いや、俺たちがやるしかないらしい。

 溜め息をついていると、耳元からミーナが囁きかけてきた。


『ソウハさん。あんなふうに皆さんはおっしゃいますけど、休むというなら反対はしないはずです。どうされますか?』

「決まってるだろ?」


 ここで休んだら、賞与が減らされかねない。


「やってやるさ。行こう!」


 散り散りの力をかき集め、俺はもう一度仲間の手を取った。

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