真実
「真面目な話……なんだよな?」
あまりにも突拍子がなくて、反応に困る。
「そういう反応を予想していたから、言おうかどうか迷っていたんだ」
「そいつは悪かったな。けど、何だってそんな発想に至ったんだ?」
「なんでだって?」
開明は盛大に溜め息をついた。それからやれやれと首を横に振ってみせる。殴ってもいいだろうか?
「逆に問おう。君は、あの鎧を動かす力がどこから湧いていると思う?」
「光素じゃないのか? 霊脈炉の中には塊が詰まってるんだろ?」
世界には、特異的に光素が集まるパワースポットが存在する。そこで生まれる光素の集合体を“核霊”といった。
俺たちはその“核霊”を霊脈炉に閉じ込めることで動力としているのだ。
「そうだね。一般的な認識としてはそれで間違っていない」
「回りくどい言い方だな。今の答えのどこが不満なんだ?」
「人工光素などただの素粒子でしかない。あれ自体に、無尽蔵のエネルギーを生み出す力はないのだよ」
「なら、その無尽蔵のエネルギーってのはどこからやってきたんだ?」
俺が問いかけた途端、開明が口の端をつりあげる。
「未観測のエネルギー体だよ。この世界には、まだ我々の誰も観測できていない不定形のエネルギー体が存在している。まるで空気に溶け込むようにね」
「まるで神さまか幽霊みたいだな」
「君の見立ては正しい。希薄な存在であった彼らには依り代が必要だったんだ。そしてその役割を光素が果たした」
まるで神話か物語だった。
けれど現に、この男はその理論をもって世界を変革してきたのだ。
「どういうヤツなんだ、その神さまってのは?」
「はっきりとした意思は持っていないよ。彼らは人間を模倣することで、少しずつ自分たちの自我を取り戻そうとしている」
いつだか、ミーナからも似たような話を聞かされた気がする。
そのとき、あいつはこんなことを言ってたっけ?
「君も感じたことはないかね? あの光の中に脈づく意思を」
どこかの誰かと似たようなセリフだった。
ふと視線を感じて振り向けば、灰色の瞳と目が合う。その持ち主たる少女は、気まずそうに顔を伏せた。
あぁ、本当に父娘なんだな。この二人は。
「分かったよ。ここまでの話は全部信じてやる。けれど、それがどうして“タテヌイ”の阻止だなんて話に繋がってくる?」
「“タテヌイ”には霊脈炉とも異なる新方式のジェネレーターが採用されている」
「そいつに何か問題があるのか?」
まさか欠陥品だなんてことはあるまい。“タテヌイ”はミサイル防衛の切り札なのだから。
「私はね、あくまでも霊脈炉を檻として作ったんだ。“核霊”を拘束し、そこから最低限の力を引き出すための装置としてね」
「そいつは初耳だ」
「公表はしていないからね。けれど君なら知っているはずだ。霊脈炉には例外なく出力制限がなされている」
出力制限だ? どうやってそんなことを……。
「そうか、リミッターか」
「その通りだ。もっとも、私の意図を無視してリミッターを解除するものもいたようだがね」
開明は、何か言いたげに俺の顔を見つめる。
「誰なんだ、そいつは?」
「いいや、話を戻そう。おそらく新造された“タテヌイ”の動力源には、その手の安全装置が設けられていない。理論上最高の出力で光素を散布するはずだ」
「すると、どうなるんだ?」
「君だって覚えはあるはずだろ? リミッターを解除したことのある君ならば」
何やら俺に恨み言があるようだが、そいつはこの際どうでもいい。それよりもリミッターの件だ。
確かに俺は、過去に何度もリミッターの解除を強行してきた。ほかに仲間を救う手立てがなかったから。
けれど、あれは大きなリスクを抱えた諸刃の剣である。体が動かなくなるくらいならまだいい。過去には全身の光素が暴走して、そのまま力に呑み込まれかけたこともあった。
仲間がいなければ、俺の戦いはあそこで終わっている。
「何度も繰り返すが、霊脈炉はただの動力などではない。中にある“核霊”が解き放たれれば、人間はたちまち呑み込まれてしまう。そして“タテヌイ”はそれを全国規模で引き起こす可能性があるのだ」
「言いたいことが少しだけ見えてきたよ」
なんでこの男が“タテヌイ”にこだわっていたのか、ようやく理解できた。
リミッター解除した俺と同等のリスクを全国民に背負わせてしまう。“タテヌイ”とはそういう装置なのだった。
「実際のところ“タテヌイ”の起動がどこまでの事態を引き起こすのか、私自身もシミュレートできているわけではない。だからこれは、起きるかも分からない災害を防ぐためのお願いとなる。どうか“タテヌイ”の起動を阻止して欲しい」
もちろん、断る。それが一人の兵隊としては正しい選択だった。
でも俺は傭兵であって、国に仕えているわけじゃない。
「二つ、確認したい点がある」
「なんだね?」
「まず、“タテヌイ”がなくなれば日本は無防備となる。ミサイルを防ぐ手立てがない限り俺は従えない」
「それならば安心してくれ」
開明はタブレット型の端末を取り出すと、素早く何かを打ち込む。それから裏返して画面をこちらに見せてきた。
「こいつは……」
おそらくこの基地の格納庫を移した映像だった。そこに眠るのは三機の見覚えのあるシルエット。近年ロシアが配備を始めた全翼のステルス輸送機である。
「“セマルグル”という。君たちも一度遭遇しているはずだ」
一度? いや、俺たちはこいつらに二度襲われたはずだが。
「信頼のできる者たちを乗せておいた。彼らにミサイルの発射施設まで君たちを案内させよう。“セマルグル”ならレーダーをかいくぐって施設に接近できる」
「ずいぶんと大盤振る舞いだな」
「緊急時だからね。私も処分は覚悟している。それより、もう一点というのは――」
――開明が先を続けようとした途端、致命的な破裂音とともに衝撃が襲ってきた。足元が揺さぶられて、全員がバランスを崩す。
「ひゃあ!?」
「――っ!」
俺は咄嗟に、傍にいたエレナへ腕を伸ばしていた。よろめいていた彼女の体躯は、あっさり俺の腕の中に収まる。
「す、すみません」
「構うな。それよりケガはないな?」
「はい、おかげさまで。それよりミーナさんは……」
顔を上げてみれば、開明が娘の手を取っていた。転びかけた彼女を支えたらしい。
「あ、ありがとうございます……お父さま」
「いいや。これしきでは何の埋め合わせにならない。すまなかったな、光奈。私は……」
父娘の時間を邪魔したくはなかったが、そろそろ刻限だ。
「二人とも、悪いが早くここ出よう。いつ崩れるか分かったもんじゃねぇ」
この部屋どころか、建物自体が軋みを上げていた。おまけに砲音も少し鮮明になっている。どこかの外壁が破壊されたのだ。
「そうだな。よし、“セマルグル”をすぐに飛ばそう。君たちは外で彼らと合流してくれ。それから残る一点というのは……」
開明からの質問。今のでその答えは見え透いていたのだが。
「“タテヌイ”のコアユニットに入った人間はどうなるんだ?」
「それはつまり、どういう……」
「ようするに、“タテヌイ”が起動したらミーナはどうなるんだ?」
この答えだけは確実に聞き出しておきたかった。なぜなら、そこからミーナに対する想いを読み取れると思ったから。
「そういうこと……けれど考えてみたまえ。日本全土を巻き込む装置の中心部だぞ。その発動者は誰よりも破滅的なリスクを背負うことになる」
「なるほどね。よく分かったよ」
だから、こんなところまでミーナを誘拐してきたわけだ。
「俺たちはもう行くぞ。悪いがミーナも連れて行く」
「待ってくれ! 娘は……」
「安心しろ。こいつに“タテヌイ”は使わせない」
その一言で納得してくれたらしい。開明はミーナの手を放して、そっと何事かを告げた。
「……っ!」
ミーナは目を見開いて、驚愕のために背筋を伸ばす。
「さぁ行け、光奈……いいや、ミーナ! 私はここで自分の務めを果たす!」
「待って下さいお父さま!」
「時間がないんだ! 急ぐぞ!」
踏みとどまろうとするミーナの手を引いて、出口を目指す。
彼女は何を聞かされたのだろう。
俺には想像のしようもなかったが、彼女が目尻に浮かべた涙はとても透き通っていた。
魔導装甲武者“ミカゲ” 妄想神 @ito_ko
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