開明
「こちらです」
エレナに手招きされ、細長い通路を行く。
そこは地中に築かれた研究施設の内部だった。天井も壁面も床も、全面が金属に覆われて鈍色の輝きを放っている。エレナの話によると、この外側にはさらに何層もの素材に覆われて、外からの傍受や内部からの漏出を防いでいるらしい。
物理的な衝撃にも高い耐性を誇るそうだが、その壁は今や頼りなく震えていた。
「襲撃者って何者なんでしょうね?」
こちらを振り返るエレナ。その亜麻色の髪は汗で頬に張り付いていた。戦闘服に、拳銃のホルスターとマガジンホルダーを吊るした姿で、凛とした出で立ちと相まってずいぶんと様になっている。
「……隊長。あの、聞いてましたか?」
「聞いてるよ。この基地を攻撃してるヤツらの話だろ?」
確かに気になる話ではあるし、俺たちの障害になる可能性も高い。けれど、ここで判断するには材料が少なすぎた。
「どうしようもないことは後回しだ。今はミーナさえ救出できればいい」
「その真っ直ぐさが隊長の強さの秘訣なんでしょうか?」
「ただ臆病なだけだよ」
俺たちの手は、何もかもを手に入れられるほど大きくも器用でもない。
だからせめて、大切なものだけは取りこぼさないよう握りしめるのだ。
「さ、無駄話はここまでだ。次はどっちに行けばいい?」
「はい。ここまで全く警備兵に出くわしていません。最短ルートで突っ切りましょう! さぁこちらです!」
宣言するなり、エレナの小さな背中は通路の先へと駆け出していく。彼女を追って、俺もまた金属質な通路を駆けた。
何度曲がっても代わり映えのしない景色だが、それでもエレナが足を止めることはない。たぶん間取りが全て頭に入ってるんだろう。
「見つけました。あそこです」
それほど広い施設でもないらしい。二、三分ほど走るとエレナはある扉の前で足を止めた。その傍らのパネルにパスコードを打ち込み、カードキーを差し込むと、扉が左右に開く。
その向こうには、探し求めたプラチナブロンドの少女がいて。
「ミーナ!」
良かった、生きていた! 無事な姿を目にして、ようやく安心感と喜びがこみ上げる。思わず部屋に飛び込むと、視界の隅に見知らぬ男が現れた。
「待っていたよ」
扉の脇で、俺を待ち構えていたようだった。こちらの反応が遅れたにも関わらず、彼は何をするでもなく、ただこちらに語りかけてくる。
「初めまして。君が例の“ディアモノフ”だね?」
「“ディアモノフ”……?」
果たして俺に声をかけたのは、白衣に身を包んだ初老の男性だった。黒い短髪と瞳。日本の町中でも見かけても気にならない顔立ちをしている。
「あぁ、すまない。“ディアモノフ”というのは、我々の間での君の呼び名なんだよ」
なんとなく想像はついたけど、それでも聞かずにはいられなかった。
「……どういう意味なんだ?」
「仲間を次々と斬り倒していく“鬼武者”という意味だ」
ま、そうなるよなぁ。
それよりも気になるのは、こうして自然に会話ができていることだった。
「あんた、日本人なのか?」
「“元”という但し書きつきだがね」
流暢な日本語にはほとんどなまりもない。
なるほど、どういった事情でかろしあに移り住んできたらしい。
「何者なんだ、あんた?」
「……私が、隊長に会わせたかった人ですよ」
俺の質問に答えたのは、あとから入ってきたエレナだった。
なぁ、まさかとは思うが。
「エレナ。お前、最初からこのつもりで……?」
「すみません。それでも、隊長はお会いになるべきだと思ったんです」
マジかよ。また騙されたのか。懲りないね、俺も。
「申し訳ありません。やはりにすぐに制圧いたします――」
「待て待て! 勝手に話を進めるな!」
飛び出そうとしたエレナを慌てて引き止める。
俺に会わせたかった、という気持ちに偽りはないらしい。
それならそうと、事前に相談が欲しかったが……。
「そろそろいいかね?」
「あぁ。俺もちょっと、あんたに興味が湧いてきたよ」
どのみち、ここにミーナがいる以上は避けられない邂逅だったのだ。
それにエレナが何を思ってこんなことをしたかも気になる。
「改めて質問だ。あんたは何者なんだ?」
「そうだね、自己紹介は大切だ。私はここで研究職を勤める五百蔵開明という。日本から亡命して、ここにやってきた――霊脈炉の開発者だ」
あっけなく言い放たれたせいで、理解が遅れた。
霊脈炉の開発者だと?
そいつはつまり――
「――私のお父さまなんです、その人は」
口を開いたのはミーナだった。じっと足元を見つめたまま、俺とも“お父さま”とも目を合わせようとしない。
「ってことはあんたが、あの最大の裏切り者なのか?」
ミーナの父親は、開明は、霊脈炉を作り出して日本に戦う力を与えた。第二次日中戦争では我々を勝利に導いてみせた。
けれど数年前、彼は霊脈炉の製造技術を手土産にロシアへ亡命したのだ。その裏切りが今に続く争乱を巻き起こしている。
「裏切り者……か。そうだね、私は裏切り者だ」
「なんでミーナを置いていったんだ?」
ミーナは父親の罪滅ぼしをするために戦いへ身を投じているのだ。全ての霊脈炉を回収、もしくは破壊し尽くすために。
「いま、この場で説明し切れる話ではない」
「分かったよ。なら、なんで今さらになってミーナをさらったんだ?」
「私の目的は光奈……ミーナではない。彼女を利用した設備を危険視しているのだ」
ミーナを利用した設備だと?
戸惑う俺に、エレナがそっと囁きかけてくる。
「“タテヌイ”のことですよ隊長」
「そうか。そういや、あれは……」
“タテヌイ”には、そのコアユニットを制御する強力な適合者が必要となる。その最有力候補がミーナなのだった。
そして“タテヌイ”は、日本からロシアを守る絶対の盾である。
「結局、あんたはロシアの手先に成り下がったってわけだな」
この男は娘さえ捨てて、このロシアに亡命してきたのだ。その思惑をくじく“タテヌイ”を看過できるはずがない。
「教えろよ。なんで、そこまで故郷を嫌うんだ?」
「君は一つだけ勘違いをしている。“タテヌイ”は、そんなに都合のいいものではない」
「なんだと?」
「いいかい? あれが起動すれば、極大規模の力場が展開されて日本全土を人工光素が覆う。けれど光素は単なるエネルギー源なんかじゃない。あれは――」
男はしばし言いよどむ。
なんでそんなもったいぶるんだ。時間がないんだからさっさと話せよ。
「――肉体を失った、超古代からの侵略者なんだ」
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