魔導装甲武者“ミカゲ”
妄想神
願われし剣、耀を纏いて
喪われた日々①
チリチリとランプの炎が暗がりを焦がす。
そこは民間軍事会社の拠点、その東欧における前線基地であった。
隊長用にあつらえられた俺の机上には、なんとも時代錯誤なことに紙の書類が山積みとなっている。
別に俺も、それから上層部だって好き好んでこんなアナログに頼っているわけではない。
俺たちが赴任されているのは東欧の紛争地帯。水道さえ破断された激戦区である。電力の確保など望めるべくもなく、コンピュータの一台さえまともに起動できないのだ。
そして俺が率いる部隊の目的は、新兵器の実地試験とデータ収集である。
悲しきかな、実験部隊の隊長という役職は、こうした雑務と報告をするために存在しているらしい。
昼間の職場は文字通りの戦場だが、こちらも厳しい戦いであることには違いない。
最も、俺自身とあいつらのためには仕方のないことなのだが。
あくびを噛み殺して、かりかりとペン先で紙面を削っていく。
最低でも、この報告書だけは今晩中に仕上げたいところだが――
「こんばんわタイチョー!」
扉が吹き飛んだ。
そう勘違いするほどに勢いよく開け放たれた。
俺は思わず跳び上がりそうになって、けれど寸でのところで堪えて、必死に気持ちを落ち着ける。
それから努めて平静に、さも呆れたふうを装って闖入者を迎えた。
「何の用だチヒロ?」
「やっぱり起きてましたか!」
起きてなかったらどうするつもりだったんだ?
嘆息しながらも彼女を招き入れる。
髪を短く切りそろえた小柄な少女。まるで似合わない軍服に身を包んだ俺の部下である。
「で、繰り返すが何の用だ?」
「今日は、頑張り屋なタイチョーの一日を終わらせに来ました! さぁ安らかに眠って下さい!」
「ようするにさっさと寝ろって言いにきたわけか」
「そうとも言います!」
高らかに業務の妨害を宣言しやがる。
「そんなことで、物騒な言い回しするなよ」
嘆息する俺のもとに部下の少女は、チヒロは歩み寄ってくる。それから俺の手元を見下ろすと「ほーっ」と声を漏らした。
「タイチョー、明日も早いんですよ? 残業もほどほどにしないと!」
「もうじき終わるよ」
「だからって、どうしてあたしたちを頼ってくれないんですか?」
「お前たちの仕事は、明日を生き抜くことだ。お前もさっさと休め」
俺が機械的に返答し続けるとチヒロは頬を膨らませる。
「そういう言い方されると、なんかちょっと寂しいんですけど!?」
「そうは言われてもな」
他に言いようが思いつかない。
「なんでそんなに意地っ張りなんですか!?」
「そうじゃなきゃ生き残れなかったからだ」
「今はあたしたちがいます! そんな気張ることないですよ!」
啖呵を切ったチヒロのやつは俺の腕を引っ掴み、そのままぐいぐい引きずり込んでくる。行く先は埃を被ったベッドだった。
こう書くと、何やらいかがわしく見えるが、実際には色気などどこにもありはしない。
「タイチョーは休まなきゃダメなんです! あとのことはわたしたちにお任せください!」
こんな夜中なのに必死になって俺をなだめようとする。
その口ぶりから察するに、もしかしたら扉の外には他の仲間たちも控えているのだろうか。
「分かったよ! 寝るからそんなに引っ張るな!」
「信用できません! 今日はタイチョーが眠るまであたしが添い寝して上げます!」
「俺はガキか!?」
「同じようなものです! さぁこちらへ!」
どうやらチヒロは本気で俺を寝かしつけるつもりでいるらしい。
まだ仕事が残ってるんだけどな。
抵抗しようにも、彼女の手ががっしりと俺の腕を掴んでいた。
「タイチョーが寝るまで、絶対に目を離しませんからね!?」
こんな不器用なやり方だけど、チヒロは本気で俺の身を案じている。こいつだけじゃない、部隊の全員が俺のことを必要としてくれている。
たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しくて、心を温めてくれた。
その温もりを喪っても、忘れることさえできないくらい。
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