終わらない戦いの狭間で①

 北海道旭川市、その郊外を晴れやかな日差しが照らしていた。

 そこに広がるのは焼け落ちた民家、崩れ落ちた橋、外壁を抉り取られた小学校の校舎。

 二十年前、アメリカが大規模な事故で力を失った。十五年前、中国から宣戦布告を受けた。それを“戦車よりも頑丈な歩兵”と合法化した傭兵の力で追い返したものの、さらに五年後、ロシアが攻め込んできた。

 言うまでもなく絶望的な状況だ。日本はじわじわと押し込まれ、司令部を潰されて、一度は半ばまで北海道を踏みにじられた。

 さらに三割程度の戦力を損耗し、進退が極まった日本はある切り札を投入する。

 その一つをこの身にまとって、俺は通信に耳を澄ませた。


『ソウハさん! 一機、見つけました! そちらに近づいています!』


 耳慣れた少女の声が敵の接近を告げる。同時に目元を覆うディスプレイの片隅が点滅した。そこに表示されたレーダーに赤い光点が加えられ、敵の詳細な位置を知らせる。


「なんでバレてんだよ……」


 ぼやきながらも俺は背部の動力源を意識する。霊脈炉と呼ばれるそいつは俺の意志に応じて、力の源たる人工光素を吐き出した。

 温かな熱が体中に行き渡ると、壁面からゆっくり身を起こす。


『――来ますッ!!』


 身を潜めていた廃屋が内側から膨れ上がるように弾け飛んだ。その破片に巻き込まれるより早く物陰を飛び出す。


「ミーナ、お前はいったん離脱しろ!」


 叫びながら、装甲をまとった足で地べたを踏みならす。

 全身を覆うのは、機械化された甲冑とでも呼ぶべき堅牢な外骨格。その裏に張り巡らされた霊脈の中を光素が駆け巡り、溢れ出して鎧の内側を満たす。

 それが俺の肉となり手足となって、重々しい巨体を突き動かしていた。

 その表面を焦がすように無数の弾頭が追い縋ってくる。


『ソウハさん,無茶です!』

「何とかなる!!」

『でっ、でも――』

「“でも”もクソもあるか!」


 鋼鉄の四肢を自らの手足のように繰り、降り注ぐ弾から逃げ惑う。背部の動力源とインナーアーマーを通じて一体化した鎧は生身よりも軽やかに地を駆けた。

 けれど辺りを更地に変えるほどの弾雨はそもそも逃れきれるものではない。

 足下で立て続けに爆風が巻き起こり、熱波に揺すられて巨体が大きく傾いだ。


『ソウハさん!』


 耳元の通信機からミーナの悲痛な叫びが響く。

 いちいちうるさいヤツだ。

 ――これくらい乗り切ってみせる!

 爆風に巻かれながら俺は“鎧”の背部を意識した。そこに搭載された霊脈炉へと意識を絡みつける。

 自身と、そこに宿る光輝を重ね合わせて。


「こんなもんじゃないだろッ!?」


 俺の呼びかけに応じて力の根源が脈打つ。それを閉じ込めた霊脈炉が活性化して、各部に伸びる霊脈へ莫大な光素を流し込み始めた。

 内側から溢れかえる力に鎧は打ち震え、腰部のスラスターと全身各部のバーニアを展開する。

 それぞれから青白い炎を噴き上げ、地を蹴り飛ばすと自らを撃ち出した。


「ぐ―――っ、ぅおおおおおおおおおおッ!!」


 襲いかかる加速度に体を締め付けられる。

 それを振り切るように出力を引き上げると、弾雨を置き去りにして荒野を駆け抜けた。

 目指すはこの弾幕の発射地点。蛇口を潰さなきゃいつまでも攻撃は途切れない。

 無論、近づくほどに弾幕は密度を増していくが――


「これくらいでっ、仕留められるかァああああああッ!」


 この鎧は、“ミカゲ”は最高速で敵の懐に飛び込み、暴れ回るためにある。

 そのための重装甲と大出力の霊脈炉のおかげで並大抵の攻撃は寄せ付けない。

 今回だってその例外じゃなかった。

 俺は追い縋る無数の射線を見据え、頭の中にその予測図を描く。そこから導き出した進入路に躊躇いなく飛び込んでいった。


「うおおおおおおッ!!」


 押し寄せる爆発を薙ぎ払い、巻き上がる粉塵の中を征く。


「ミーナ! 方角はこっちで間違いないな!?」

『はい! けれどもう一機が――』


 目の前に飛び込んできた弾頭を片腕で叩き落とす。それが起爆するより早く全身のブースターを全開にして、さらに前へ。

 降り注ぐ鉛の雨を置き去りにして、前方四百メートルほど先の廃病院に目をつけた。

 今にも崩れ落ちそうな廃墟の物陰から強烈な光素の波動を感じる。それはすなわち、強力な俺の同類――『魔導鎧装』が駆動しているからにほかならない。


「おいミーナ! 敵の親玉を見つけたぞ! 俺はこれから……」


 その先を続けようとして、俺は形容しがたい違和感に襲われた。それは危機感と言い換えても差し支えない。

 気のせいかも知れない。けれどミーナにしては反応が遅すぎる。

 あいつは俺が戦っている間、どれだけ些細な連絡にも飛びついてくるのだ。どうしたんですかソウハさん無事ですか、てな具合に。

 これはもしや。


『ひぐっ……うぅ、ごめんなさいソウハさん。わたし、捕まっちゃいました……』


 案の定だった。

 しかしこの状況はまずい。なにせ、この先に待ち構えているのは――


『――覚悟はできた?』


 廃墟を跳び越し、その上に一機の『魔導鎧装』が降り立つ。

 一際大きな外装部に追加の霊脈路を背負っているのが特徴的だった。二基の霊脈路から引き出した桁違いの光素で重火器を運用する遠距離戦向けの鎧である。

 “ニギハヤヒ”というのがそいつの名前だった。劣悪な操作性と整備性で現場からは忌み嫌われる鎧であり、乗りこなせる纏い手は国中を見回しても数えるほどしかいない。

 その一人が、いま目の前に立ち塞がっている。


『今日こそお前を仕留める』


 無骨な風体に似合わず、響くのは冷たく澄んだ少女の声だった。剥き身の敵意と殺意に胸の奥がきゅっと縮み上がる。

 落ち着け。

 理由の知れない害意には、これまでだって何度も晒されてきただろう?

 そう自分自身に言い聞かせるように強ばった胸の中に深く息を吸い入れた。そうして暴れ回る鼓動をどうにかなだめすかす。


「……よう、ハルカ。お前はなんだって俺をそんなに嫌うんだ?」

『答える義理なんてない。それより、降参しないんだ? したって認めてあげないけど』

「お手柔らかに頼むよ」


 軽口の応酬を交わしながら彼我の距離を計る。

 “ニギハヤヒ”の武器は射程の長さだった。一方で“ミカゲ”は格闘戦に特化している。十分に接近した、この距離でならば相手の銃火を掻い潜って接近することも可能だった。

 相手の腕前も考えれば、少々危険な賭けにはなるが。


「行くしかないか」


 そう思って踏み出そうとした俺の鼓膜に、敵機の接近を知らせるアラートが鳴り響いた。間髪入れずに足下で土塊が爆ぜる。


「い――っ!?」

 

 今の砲撃は“ニギハヤヒ”のものではない。

 繰り返し打ち鳴らされる警告音。

 ヘッドマウントディスプレイに背部のカメラ映像が拡大表示され、立ち上る砂煙が映し出される。

 その中で銃火が閃くと俺は反射的に飛び退いていた。それとほぼ同時に目の前の砂地が爆ぜる。


「やばい……っ!」


 俺は全身のスラスターを点火させると、襲いかかる砲弾から逃れつつ状況の把握に努めた。

 焦る俺の耳元に、こちらを揶揄するように女の声が流れる。


『大人しく捕まりぃや! 挟み撃ちや! チェックメイトやでぇ!?』


 惚れ惚れするほどの悪役っぷりだった。


「つまり俺は誘導されたってわけか」

『あんた、ミーナの誘導に頼り切ってたやろ? やりやすかったわぁ』


 なるほど。すると“ニギハヤヒ”は囮だったらしい。

 ミーナは魔導鎧装に対して広範囲に及ぶ索敵能力を持つ。今回はそれを逆手に取られ、ここまで誘き寄せられたようだ。


『さすがに自分もあたしら二人からは逃れられんやろ? 今日こそ仕留めさせてもらうで!』


 そう宣言すると砂塵の中から比較的軽装の魔導鎧装が現れる。

 この国において最も普及している汎用型の魔導鎧装“キビツヒコ”。

 そいつに自動散弾銃や手榴弾といった近接戦向けの装備と改造を施された専用機である。

 確か、ピーチカスタムとかふざけた名前の。

 ちなみにミーナが乗っていたのは“キビツヒコ”の一般機である。

 ……などと考えている余裕があるのはそこまでだった。


『タマキ。わたしはここから援護する』

『よっしゃ、詰めは任せてな!』


 そんな二人の宣言を待つよりも早く俺はその場からの離脱を試みていた。

 “ニギハヤヒ”はもちろん、“キビツヒコ”の纏い手も、あれで最前線を駆け抜けたエースだったと聞いている。化け物二人を相手に真正面から立ち回れるとは思えない。

 せめて市街地なら二人を引き剥がすことも可能だったろうが。


『逃げても無駄。ここに隠れ場所なんてない』


 そうなのだ。このうち捨てられた街には遮蔽物になる建物がもうほとんど残っていない。


「クソっ! 覚えてろよぉおおお!」


 俺はもう振り返りもせず“ニギハヤヒ”による狙撃と“キビツヒコ”の散弾から遁走するのだった。

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