終わらない戦いの狭間で②

 場末の居酒屋にビールの中ジョッキが掲げられる。

 

「いや~、今回もあたしの大勝利やったな!」


 高らかに叫ぶ我が隊の隊長、百瀬タマキ。

 伊達メガネを押し上げ、女性にしては高い上背でふんぞり返る。

 そこは、『百瀬民間軍事会社』の宴会場であった。

 百瀬は、金で雇われて軍事力を提供する――平たく言えば、傭兵業を営む民間警備会社である。

 先ほども戦火で焼けた荒れ地を使って、仲間内での模擬戦に勤しんでいたのだった。

 その一戦を、相手方の勝利という形で終えた俺たちは、手近な酒場になだれこんでいた。


「ソウハも見たか? あたしの射撃術! 見事やったやろ?」

「そんな暇なかったよ!」


 なにせ、狙われてたのは俺なんだからな!


「マジで死ぬかと思ったよ!」

「まぁまぁ、そう褒めんときぃや。あんたの逃げっぷりも悪くなかったで?」


 ふふん、と上機嫌にタマキは鼻を鳴らす。

 我らが隊長にして社長の彼女は、見た目だけならモデル級の守銭奴であった。

 アップにまとめた栗色の長髪を下ろして、それっぽいドレスを着込めば、たぶん社交界にも違和感なく溶け込める。

 最もそんな姿を晒したら、腹を抱えて笑い転げてやるのだが。


「圧勝? ……どこが?」


 ジョッキを傾けるタマキの傍らから、囁かれる冷ややかな声。

 その声の主は、冴えた瞳の奥に苛立ちを燃やしながらタマキを見上げていた。


「どういうことやねんハルカ。あたしら、徹底的にソウハを追い詰めたやろ?」

「そう。追い詰めただけ。トドメはさせなかった」


 そう物騒なことを言いながらテーブル越しにジロリとこちらを睨めつけてくる。

 彼女の名は朱子織ハルカという。先の模擬戦における、もうひとりの対戦相手だった。

 隊の誰よりも色が白く、それを無造作に伸ばされた黒髪が際立たせ、おまけに表情の変化に乏しい。

 そんな佇まいから受ける印象の通り普段のハルカはとても冷淡で、というか俺にだけ攻撃的だった。

 その氷点下の視線に晒されて、柄にもなく凍え上がる。


「あのぅ、何か気に障ることでもしたか?」

「今度もお前を仕留められなかった」

「…………」


 思わず閉口する。


「あれって模擬戦だよな?」

「…………。そんなこともわからないの?」

「その割に殺気を感じるのはどうしてなんだ?」

「隠しているつもりだった」

 

 全然隠せてねぇよ、だとか、そもそも殺意を抱くな、だとか言いたいことはたくさんあるけれど、多すぎてどれも言葉にはならない。


「よく分かったよ。だからそんなに睨むなっての」

「別に睨んでなんてない」


 そういうやつに限って険しい目つきをしてるもんなのだ。

 俺は目を合わさないように努めながら嘆息する。

 さすがは爪弾きものの寄せ集め、百瀬民間軍事会社の一員である。

 魔導鎧装は日本最大手の民間軍事会社“盾速国際警備”によって製造・運用されている。百瀬はその子会社であり、というか問題児の左遷先であった。

 アクの強いこの二人とこの場にはいないもう一人、それが俺の同僚である。


「なぁ、それよりソウハぁ。あんた、ミーナはどこにやったん?」

「あ? お前らが隠してるんじゃないのか?」


 先刻の模擬戦における相方にして、百瀬唯一の常識人。

 それがミーナという少女だった。

 その性格ゆえ、彼女はよくタマキの悪ふざけに巻き込まれる。


「嫌やなぁ、なんでそないなことせなあかんねん。あの子はあたしらの大切な仲間やで?」

「あんたの言う仲間って虐めたい相手のことだろ」

「可愛がってるだけや」


 タマキは豊かな胸を張って、白々しく言ってのける。

 何だって俺はこんな上司のもとで働いているんだか。

 確かに、自分で選び取った道ではあるが。


「ようハルカ。お前もなんとか言ってやってくれよ」


 一応は同じ上司に仕えている身だ。

 多少の同情や共感が得られるかと思っていたのだが、彼女はムスッと目を背けてしまう。

 それを酔っ払った目で眺めていたタマキが一言。


「よっしゃ! ならあんたが探しに行きぃ!」

「なんで俺が!?」

「お姫様を迎えに行く王子様やで! あんたも萌えるやろ?」

「勝手に燃え尽きてろ!」


 この女の軽口に付き合っても得られるものはない。

 だからというわけではないが、憎まれ口を叩きながらも俺は席を立っていた。

 あのミーナがどこかに消えたとなると……その理由が何となく想像できてしまって。


「早く行ってあげて。わたしもこの酔っぱらいを沈めたら合流するから」


 ハルカは鬱蒼としそうに手をひらひらと振る。

 不器用だし、俺への当たりは妙に強いがそれでもハルカは仲間想いの少女である。

 きっと本当は自分で迎えに行きたがってるはずだ。

 それでも衝動をぐっと堪えているのは、ミーナのパートナーが俺だったからで。


「そうなる前に連れ戻してやる」

「……何でもいいから、早くあの子のとこに行って」


 不器用な仲間に背を押されて、俺は夜の街に繰り出した。

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