私の為に
『いま送ったのが、私が元いた基地の座標です。恐らくそこに行けば……』
それはエレナが初めて明かしてくれた、ミーナの行き先に通じる情報だった。
「なんで、今さらそんな情報を明かす?」
『話してもいいような気がしたんです。あなたになら』
いつになく柔らかな口調でエレナは呟く。
今の話のどこを聞いてそんなふうに思ったんだか。
『詳しい説明はまた後ほど。どうやらクナシリの残存勢力がここに集まっているようです』
「撤退してるんじゃなかったのかよ?」
『あなたを狙ってるんですよ! あなたの討伐には、それだけの価値があるんです!』
「連中は俺をなんだと思ってやがる!?」
叫んでいる傍から周囲で敵弾が爆ぜた。雪色の煙が舞い上がって、辺りが白くけぶる。
『喋ってる暇はありません! 私が説得しに行きます! あなたはその隙に、早く例の座標へと!』
「そいつは難しいって、さっき自分で言ってただろうが!」
『なら、他に方法があるって言うんですか!?』
「当たり前だ! 俺なら片付けられる!」
“ヴェルカン”なんて何機集まろうが“ミカゲ・改”の敵じゃない。
『それは万全の状態であればの話です! ご自分の状態が分かってないのですか!?』
「ちょっと余分なパーツが多くて動きにくいだけさ」
そしてそれ以上に今のエレナを行かせるのは心もとない。
武装を失ったのもそうだが、何より進んで死のうとしているような危うさを感じる。
「いつでも逃げ出せるようにしておけ! 俺は少しだけ全力を出す」
背部の霊脈炉はすっかりと鎮まっていた。
その奥底に意識を集中して、そこに眠る力の根源を呼び覚ます。
炉の回転率をじわじわと高め、そこから流れ出た力を全身に巡らせた。
「システム、オールグリーン……とは行かないか」
どこぞに損傷を負っているらしく、警告灯が激しく点滅する。
気がかりだが今は構ってられない。警告を切ってゆっくりと立ち上がった。
『隊長。敵の通信が騒がしくなっています。どうやら、こちらの位置が特定されたようです』
「早いな。どんだけ待ち構えてるんだか」
レーダーを拡大表示して、敵の位置を探る。大して時間もかけずに続々と“ヴェルカン”たちの姿が浮かび上がった。
別にこちらのレーダーの性能が高いわけではない。それだけ敵が多いのだ。きっと、見つけ出せていない敵もまだまだ息を潜めている。
「こいつはちょっと気合を入れないとな」
炉の出力を引き上げ、両足に力を込める。そして飛び出そうとした瞬間――世界がひっくり返った。
凄まじい衝撃に背中を打たれ、目を焼かれて雪の山に叩きつけられる。
何が起きた?
雪の中からどうにか体を引き抜いて、倒れる寸前で膝をつく。這いつくばりながら鎧の状態を確かめた。
右側のブースターが喪失。先ほどエレナに斬り裂かれたパーツである。
損傷していたところに過負荷がかかって破裂したらしい。
――まずいぞ、敵の注意を集めちまったってのに。
遠くで敵の砲火が閃いた途端、小柄な魔導鎧装が飛びかかってきた。
『何してるんですか!!』
「エレナ!?」
その装甲を纏った両腕に抱きつかれて、雪山の陰に連れ込まれる。
直後、俺がいたはずの場所に無数の榴弾が降り注いだ。立て続けに敵弾が爆ぜ、溢れ出した爆炎が冷気を焼く。
やがて攻撃が止むと、黒ずんだ硝煙が辺りに充満した。それさえもかき消えると、すり鉢状に抉れた地べたが現れる。
『――死にたいんですか!?』
泣きそうな声に意識を引き戻された。エレナの“ヰサセリヒコ”は、俺をかつてない力で抑え込んでくる。
『あのままじゃ死んでたんですよ!! なんであんなことしたんですか!?』
「分かってるよ。それより痛――」
『――なんなんですか、さっきから!? 裏切り者の私を助けて、こんな無茶までしでかして……!!』
苦しげにエレナは吐き散らす。
『私を囮にして、さっさとミーナさんを助けに行けばいいじゃないですかっ! なんでこんな裏切り者に構うんですか!?』
「敵の目的は俺なんだろ? 俺が出なきゃ解決しないだろ」
『そういうことじゃありません! そういうことじゃなくて……っ』
言い合っている間にも砲撃は再開された。こちらをあぶり出すつもりなのか、徐々に激しさを増していく。
これじゃ、直撃するのも時間の問題だ。どうにかエレナを説得しないと……。
「エレナ、このままじゃ共倒れだ。せめて、二手に分かれて逃げよう!」
『そう言って、自分だけ敵に突っ込むつもりなんですよね!?』
「いや、そんなことは……」
ダメだ、なぜか見透かされてる。
それでも、せめてこいつだけは――
『――ちゃんと生きて、私を連れ帰って下さい! あなたが罰してくれないと、どうすればいいか分からないんですよ!!』
なんだそりゃ。お前のために生きろってのか?
どうしようもない理屈だった。呆れるほど身勝手なのに、突き放せなくなる。
こいつも一緒なんだ。自分のために周りの人間を生かそうとしている。
「エレナ。俺は――」
呼びかけた声が砲声に塗りつぶされる。けれどそれをさらなる轟音が、一二五ミリ砲よりも大きい女の声が塗りつぶした。
『ようやく見つけたで不良社員ども! ハルカ、ブチかましたれ!!』
その指示に応えて、放たれたミサイルと徹甲弾が上空を覆い尽くす。
それらは真正面から“ヴェルカン”の弾幕とぶつかって、喰らい合った。薄明の空を真っ赤に灼き尽くし、くぐり抜けた何発かが“ヴェルカン”に降り注ぐ。
突出していた敵機は全身を打ちのめされ、体中の装甲を歪めて沈黙した。
さすがの腕前である。
「ハルカか? 悪い、助けられた!」
『……二人揃って死んでれば良かったのに』
あれ? 今日はまた一段と刺々しいな。
『まぁハルカ、そう言ったるなや! あとはあたしが全部片付けたるから!』
敵の砲撃の勢いが弱まった隙に、桃色の“キビツヒコ”が突貫していく。
両手にバレルを切り詰めた五〇口径の機関銃を携え、徹底的な軽量化が施された専用機である。
通称“ピーチカスタム”。我らが社長の魔導鎧装である。
『まだまだ弾はたんまり残ってるからなぁッ! しっかり暴れさせてもらうでぇぇええ!!』
戦闘狂と化したタマキは、鬼神のごとく目についた敵を撃ち抜いていく。
『いやぁ、素晴らしい戦いっぷりですなぁ』
その声はいつの間にか傍に立っていた“ヰサセリヒコ”から発されたものだった。
『マキナさん!? あなたも来てたんですね』
『とーぜんとーぜん。アタシは隊長殿のファンですからね!』
「実験対象の間違いじゃないのか?」
『なはは、濡れ衣ですよそれは。ところで、いつまでそうやって抱き合っているおつもりで?』
喉を鳴らして、楽しそうに問いかけてくる。
『へっ? ちっ、違いますよこれは!』
悲鳴じみた叫びを上げて、勢いよくエレナの“ヰサセリヒコ”が飛び退いた。
鎧越しとはいえ、俺を押し倒した格好だったのに今さら気づいたらしい。
『おやおや、そんなに慌てなくとも』
『だから違います! マキナさんは勘違いしてますよ!』
きっとマキナは鎧の中で笑いをこらえている違いない。付き合ってられなかった。
体を起こして、こびりついた雪を払い落とす。
『お喋りするのはあとでいい。それよりマキナ、もしかして俺を回収しにきてくれたのか?』
『まさかまさか! そんな勿体ないことするわけないじゃないですかー!』
言うなりマキナの“ヰサセリヒコ”は背部から箱型のバックパックを下ろす。
そいつは地べたに設置されるなり、自動で展開してその中身を晒した。
見れば、いくつもの工具と見覚えのある部品が詰まっている。
「お前、まさか……」
『さて、応急処置のお時間です♪』
バックパックから次々に工具を取り出し、マキナがにじり寄ってくる。
「いや、でも、この場でってのは……」
『ちなみに終わり次第、ミーナさんを追跡しろとの指令です。言ってる意味、分かりますよね?』
それはつまり、戻ってる暇なんかないからこの場でメンテナンスを受けろと、そういった命令を含む指示だった。
「分かったよ! でも少しだけ心の準備を……!!」
『問答無用! さぁ、いろいろとイジらせてもらいますよぉ!』
そこで俺は生まれて初めて、戦場でも感じたことのない恐怖に襲われるのだった。
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