それぞれが譲れないものB②

 そろそろ時刻は三時を回ろうとしていた。夜の街は変わらず人が行き来している。その大半は、この危うい情勢を利用しようとするアウトローだった。

 存外、顔つきは穏やかななものも多いが、その全員が異質な雰囲気を隠しきれていない。

 それはきっと、公職の傭兵などという歪な立場の人間も例外ではないのだろう。

 この急ごしらえの街の一部として、どこか居心地の良ささえ感じながら雑踏に交じる。

 そして思い浮かべるものと言えば、先ほど社長から伝えられた言葉だった。


「俺にしかないもの、か」


 もちろん、ある。

 俺は仲間を犠牲にして戦果を上げた。

 “ミカゲ”隊の最期は凄惨なものだったが、それでも“ティラン”の撃破は戦況に大きすぎる影響を与えた。死にかけていた戦線が蘇り、結果として我が国の防衛をなし得たのだ。

 あのときの俺は英雄で、そのとき栄光が今もなお俺の人生に深い濃く影を落としている。

 けれど、そうじゃないのだろう。

 ハルカが望むものは。


「――あっ! いました! ここにいたんですね!」


 行き場をなくしていた俺の前に、たった今飛び出してきたかのような簡易制服姿の少女が現れる。いつも通りの朗らかな笑顔で、息を弾ませながら。

 なんとなく予感していたから、さほど驚きはしなかった。


「ごめんなさい、ソウハさん! わたし、話したいことがあって」

「だからってこんな時間にうろつくなよ」


 どうやらここまで走ってきたらしい。

 彼女が荒い吐息をつくたびに、その両肩が頼りなく震える。

 やはり穏やかな物腰の彼女だが、その瞳には決然とした光が宿っていた。


「すみません。でも、どうしてもついてきて欲しい場所があって! お付き合い願えますか?」


 どうも気軽に断れる雰囲気ではなかった。

 無理に振り切ることもできたが、こいつとの間に妙なわだかまりは作りたくない。


「いいけど、手短に済ませろよ」

「はい! それでは私についてきてください!」



 俺たちは狭苦しい路地を抜けて、大通りに出た。そこでタクシーを拾う。

 この辺りは街のインフラが一度ズタズタに切り裂かれているため、民間のタクシー会社ぐらいしか交通機関が残っていないのだ。

 ミーナは運転手に聞き覚えのない住所を告げた。運転手は怪訝そうな顔をしながらも車を滑り出させる。

 タクシーは繁華街を抜けて、もとは住宅地だった一帯に差し掛かった。街灯が一つも見当たらず、辺りの景色がまるで見えてこない。

 こんなところに何があるのだろう? 

 正直に言えば疑問を抑えきれなかった。隣のミーナにだって、何度も尋ねようか迷った。

 けれど、それを知ってしまったら、もうこの先へは行けない気がして俺は口を噤んでいた。


「つきました。ここです、ここで止めて下さい」


 ミーナの声に応じて、運転手がタクシーを止める。

 たどり着いたそこは街の外れにある、一軒家……というよりは屋敷だった。

 高い塀に囲まれ、その向こうには無数の樹木が生い茂っている。夜闇を背景に佇む様は、さながらサスペンスかホラーの舞台のようだった。


「ここは……どういうところなんだ?」

「屋敷です」


 いや、目の前にあるものくらいは俺にもわかるが。


「私の生家なんです。……私はここで生まれ、育ちました」

「そういや、お前の身の上って聞いたことなかったな」

「それは、他の皆さんも一緒なんじゃないですか? ソウハさんだって昔のことは話したがらないでしょう?」


 それは、俺の過去が誇れるものではないから。

 けれど他のヤツらだって似たようなものなのかもしれない。なにせ、俺がいるのは変わり者の集まりなのだ。

 きっと全員が、大なり小なり心の奥底に闇を抱えている。


「すみません、知った風な口を聞きました。先を急ぎましょう。こっちです、ついてきてください」


 ミーナが俺の手をぐいぐいと引いていく。

 それに導かれるがまま、俺はそびえ立つ門の中へと分け入っていった。

 外から見たとおり、塀の内側は雑木に覆い尽くされていた。足下すら覚束ないので慌ててハンディライトを取り出す。


「この奥にいったい何が?」

「見せたほうが早いと思います。さぁ、こちらへ」


 答えを期待していたわけではなかったが、すげなく切り捨てられる。代わりにミーナは、獣道の行く先を指し示した。

 そこをライトで照らすと、雑木のトンネルの奥に巨大な門扉が覗いている。


「あそこが入り口です」


 ミーナと連れ立って屋敷の中へ踏み入る。ほこり臭くて広大なエントランスは、明かりがないこともあって全貌が掴めない。

 それでもミーナは迷う素振りを見せなかった。

 彼女は俺を、広間の奥の書斎へと導く。最低限の調度品と書架の並べられたその部屋の突き当りで、彼女は立ち止まった。


「ここに大事な本でも隠されてるのか?」

「いいえ、私たちの目的地のこの先です」

「この先?」


 目の前にあるのはただの壁だった。

 けれどミーナはそこに手を伸ばすと、表面を手でなぞって何かを探り当てる。それをガチャガチャ回すと、壁の一角が四角く沈み込んだ。

 隠された扉が、目の前に開かれる。


「どうなってんだよ、お前の実家は」

「お父様……父の趣味ですよ。倉庫は見つかりにくいようにしたいって」


 いったい、何を保管するつもりで作ったんだか。単なる男の趣味ってわけでもあるまい。


「驚きましたか?」

「まぁ、さすがにな」

「えへへ……でも、ここの秘密はこんなものじゃありませんよ」


 隠し扉の奥は、地下に続く階段へと繋がっていた。そこへ踏み出しながらミーナが振り返る。


「ソウハさんは、なぜ霊脈炉がこれほど世界に広まっているのか、ご存じですか?」


 単純に、便利だから、などと答えは呆れられそうだが。


「誰かが広めたからだろ?」

「そうですね。はい、その通りです。けれど、日本政府はその技術を秘匿しようとしていたんです。最高の軍事機密として」

「そりゃそうだ。あれは永久機関みたいなもんだからな。できるなら独占しようとするに決まっている」

「はい。だから霊脈炉の開発者は拘束されていたんです。……私の、お父様は」


 なんだって?

 ミーナのお父様とやらが、霊脈炉の開発者だと?

 戸惑う俺に構わず、ミーナは地下へと伸びる階段を降りていく。

 状況が掴めなくなってきた。


「ってことはなんだ? お前は霊脈炉開発者の娘なのか……?」

「はい。私の父が、全ての混乱の源でした」

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