プロローグ

「……ったく、どうしてこうなるんだか」


 雪に沈んだ森。そこにそびえ立つ、切り立った絶壁の傍らで。

 俺たちは吹雪を避け、起動状態の強化外骨格に身を潜めていた。


『どうするんですか隊長』


 恨めしげな部下からの通信。同じく鋼鉄の鎧を纏った少女が隣で不満そうに訴える。


『気温がどんどん下がっています。このままじゃ凍死ですよ』

「俺たちが纏っているのは魔導鎧装だ。悪天候くらいじゃ死にやしない」


 身を包み込む、鎧の重みを感じ取る。

 俺たちが纏っているのは、強化外骨格“魔導鎧装”である。 背部に未知なる動力源“霊脈炉”を秘めた我が国の切り札だ。

 そこから全身に供給された光の粒子が、物理的な衝撃も、極度の寒温差もまとめてさえぎってくれる。そのおかげで俺たちは、寒さに震えずに済んでいるわけである。


「背中のこいつがある限り、俺たちが死ぬことはない。それよりも厄介なのは、この吹雪の中で遭難することだ。じっとしてろ」

『そういうの、不死身の隊長だから言えるのです』


 そう言って、不満そうに鼻息を鳴らす。

 きっと鎧の中では唇を尖らせてるんだろうな。いや、実際に見えてるわけじゃないが間違いなく不機嫌顔をしている。

 そんな彼女の名前はエレナ。俺の所属する、百瀬民間軍事会社に新設された“ミカゲ”分隊の新入りだった。

 俺は、彼女ともう一人の部下を率いて、この極北の地に攻め入ったのだが。


『大ピンチじゃないですか。なんで隊長はそんなに平気そうなのですか?』

「こういう状況に慣れきってるもんでな。正直に言って、ちょっとワクワクしてるよ

『私が言えた立場ではないのですが……頭、おかしいですよね。気持ち悪いです』

「お前な!」


 こいつ、ここ数時間で目上に対する礼節ってものを失いやがった。


「男だってな、心が折れることもあるんだぞ!?」

『隊長に限ってそれはありえません』


 揺るぎない信頼が刃物のように突き刺さる。


『それよりどうするんですか? 本当にこのまま待機するおつもりで?』

「当然だ。話し相手くらいにはなってやるよ。喜べ」

『ありがとうございます。それでは隊長の減らず口を塞ぐ方法をお教えください』

「“お前を消す方法”みたいなことをいきなり聞いてくるな!」

『ふふっ、確かにいい話し相手にはなりそうですね』

「こ、こいつ……!」

 

俺の部下は人のことをおもちゃか何かと勘違いしているらしい。

しかし現状では、今の立場に甘んじるしかないようだった。どのみち、このままさまよい歩いても行き倒れることになる。


『最強の纏い手も、吹雪には無力なんですね……』

「当たり前だろ」


 天候まで変えられるわけがない。せいぜい、小一時間ほど雲を薙ぎ払えるくらいだ。


『今、すごいこと考えてませんでしたか?』

「いや、取れる選択肢を検討してるだけだ」


 俺たちがいるのは、国後島の奥地。そこに存在するロシア側の基地のほど近く……だと思う。実のところ、俺たちは正確な自分たちの現在地さえわからなくなっていた。

 端的に言えば、仲間たちからはぐれていた。というか遭難しているわけである。


『隊長。いつまでここにいるんですか?』

「そりゃ、吹雪が止むまでだろ」

『たぶん、そんなにのんびりしてたら捕まりますよ』

「誰にだよ?」

『近づいてるんです。ロシア側の捜索隊が』

「…………」


 あぁ、さすがにちょっと疲れちまったな。今日は早いところ帰りたい。

 そして、そうだな。帰ったらうまい酒を呑もう。とびきり強くて甘いヤツがいい。たまには気持ちよく酔って――


『――現実逃避しないでください!』

「したくなるだろ、この状況は!?」


 敵が近づいてるって……まさか、この状況で当てもなく逃げ惑えっていうのか?

 そいつは死にに行くようなもんだろ!


『しっかりしてください! 隊長が頼りなんですから!』

「いや、だから誰のせいでこうなったと……」


 いや、こんな言い合いをしていても始まらない。そろそろ打開策を探さないと。


「うおおおおお働け俺の頭!」


 そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ?

 俺はひとまず、今に至るまでいきさつを整理していくことにした。

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