第48話 奥の手

「一億だ」

椅子に縛り付けられた男...藪は笑いながら安城家の部下に吐き捨てる。

「あんたら全員雇うほど欲しい情報なんだろ!?一億なんて安いもんじゃねえのか!?」

「......」

サングラスをかけた安城家の部下は何も喋らず手を後ろで組んだまま動かない。

「だんまりか!?

 ああそうか。お前らレベルじゃあこの話はできねえか!

 さっさと上司呼んで来い!」

「ずいぶん元気だな」

音もなく開いたドアから男が入ってくる。

「!ククッ。ボスの登場か

 ずいぶん高い情報みたいだなこりゃぁ」

安城家当主、安城竹継は机の上にペンとメモ帳を置く。

「三好、外で見張っておけ」

「はっ」

三好と呼ばれた安城家の部下の男は短く返事をして廊下に出るとドアを閉めて扉から離れる。

「安城竹継、あんたの弟には世話になったぜ」

「どうやらそうらしいな」

腕を組んだまま固い顔で藪を見下ろす竹継。

「あんたには特別価格、10億で情報を売ってやるよ!欲しいんだろ!?」

「......勘違いさせたみたいだな

 実はその情報、俺は大して欲しいわけじゃないんだ」

「......は?」

「だからお前は何も喋らなくていいぞ。面倒だから尋問は無しだ。ご苦労だった」

「そ、そう、そうかい。じゃあ早くこれ解いてくれや」

「......」

竹継の目つきからは鋭さが消え、空虚なそれに変貌していた。

「......なあ、早く、」

「......まあ藪には消えてもらうか」

藪の目を見下ろしながら独り言を言った竹継は背を向け、廊下に続く扉に歩き始める。

「ま、待て!消えてもらうって何だよ!

 あれか!安城家の評判か!?『安城家に捕まっても口を割らなかった』なんて吹聴しねえよ!」

「......」

「いや!この件全てだ!誰にも話さないと誓う!」

しかし竹継には藪の言葉が聞こえていないようで全く反応しない。

裏社会にもルールがある。

それは「私情で人殺しをしない」ことである。

そのため私情で他人を殺したい場合は相手とバッティングする仕事を受ける、あるいは第三者に仕事を依頼させることで、あくまで仕事で殺した体裁を取る。

つまり安城家が私情で情報屋である藪を殺すのはルール違反になる。

しかし竹継はそんなことは全く気にせず自分を殺すつもりだ、と藪は確信した。

「も、もちろん情報はただでやるよ!あのリストは、」

「それ、嘘だろ。」

「嘘じゃねえよ!あんたなら......安城竹継なら他人の演技ぐらい見破れるだろ!?」

「......さァ......?」

ドアノブを握ったまま肩越しに振り返る竹継の目は半分閉じておりその奥から覗く黒目も興味なさげに濁っていた。

その目は机の上に置きっぱなしのペンやメモ帳の方を向いている。

「俺、疲れてんだ......

 じゃアな。」

ドアが開く。

「ま、待て...待てよ!待ってくれ!」

廊下に出た竹継の後ろ手でドアが閉められる。

「溝口家の隠し金庫の在処を知っているか!?」

一瞬の沈黙の後、再びドアが開かれる。

「加藤。解いてやれ」


「当主、御足労頂きまして申し訳ありません」

加藤と竹継は部下が運転する車の助手席に座っている。

「ああ。気にするな。

 むしろ仮次の都合でお前らを使っちまって悪かったな。」

「いえ。仮次さんにはお世話になっていますからこのぐらいは」

「そうか?まあ安城家の資産を使っちまったが溝口の隠し金庫で釣りが来るだろ。

 表向きはそれを探してたことにしろ」

「...気にしていらしたんですね」

「『安城家は身内に甘い』なんて舐められるだろ」

「たしかに。

 しかし当主、藪が溝口の隠し金庫についての情報を持ってることをご存知だったのですか」

加藤は微笑を消して尋ねる。

「ああいう手合いは自分の命と引き換えにできる情報を持ってることがある。

 もう2、3個あったかもしれねえが......まあ別の機会に頂くとするか」

金に困った時にな、と笑う竹継をよそに加藤は冷や汗をかく。

藪が溝口の隠し金庫かそれと同等以上の情報を持っていなかった場合、竹継は弟のために安城家を動員して情報屋を始末した悪評が立っていたかもしれない。

昨今の裏業界の不安定さ、きな臭さを鑑みるとその悪評は安城家だけではなく業界そのものを揺るがしたのではないか。

加藤がそこまで考えて顔を上げると竹継は楽しそうに笑っていた。

打つ手はある。

 藪がそうだったようにな」

考えを見透かされた加藤はごくりと唾を飲みこむ。

「まあそれは仮次もなんだが、」

竹継の携帯端末が振動する。

いや、加藤や運転している部下のそれも同じタイミングで振動している。

「始めたか」

竹継達の携帯端末の画面には裏路地の通知が光り輝いていた。

『緊急通達

 安城仮次が一般人の夫妻を殺害

 極めて悪質なため裏路地の登録を剥奪

 同時に安城仮次をターゲットとする捜索、監視、暗殺依頼を裏路地から全職員、会員、準会員に発注』

「当主!?これは...!?」

「ククッ。慌てるな。

 全ての安城家の部下、関係者に通達する。

 『仮次に関する依頼の受注は好きにしていい。

  ただし裏路地からの発注のため失敗時の補償については裏路地に確認すること。

  以上』」

「そ、それだけですか?」

「仮次の実力を見誤る奴を篩にかけるいい機会だ」

「そうではなく......!」

加藤は安城朝日の両親については仮次は無関係だから裏路地に抗議するべきではないか、というつもりで尋ねたのだが帰ってきたのは的外れなものだった。

「......?

 まさか仮次の心配をしているのか?

 心配ないよ。それより......」

竹継は全く興味がない様子で別の仕事の話を始めた。


一方その頃、安城仮次は裏路地の依頼を受注した殺し屋から命を狙われていた。

「オラァ!」

日本刀の振り下ろしを半身になって避け、刃の中ほどを踏みつけてへし折ると折れた日本刀の先っぽをその足で蹴り飛ばす。

「うぐっ......!」

腕に刃が刺さった男は傷口を庇いながら走り去る。

追っている余裕はない。彼の方こそ逃げなければならないからである。

裏路地の本部とは逆方向に走り出す。

「いたぞ!」

声のする方向に反射的にナイフを投げる。

仮次の相手になるレベルの殺し屋はまだ現れてはいないが、追跡者を振り切る必要はある。

「ぐっ...ここだ!」

どうやら傷が浅かったらしい。

通信機器が発達したこの時代に大声で仲間に呼びかける理由は......

「久しぶりだな。安城」

超近距離にいる、これ以外にない。

白いスーツを着て長く伸ばした髪を金色に染めている彼は闇に忍ぼうとしている殺し屋には見えない。

「まだ生きていたのか。畑野」

3年前、畑野家は裏路地の旧体制下で重要な位置にあり、組織の掌握を企む宮木雄一のターゲットの一つになり安城仮次に滅ぼされた。

「雄一に尻尾振って生き延びたのか」

「黙れ!てめえはそいつの切られた尻尾そのものだろうが!」

そう吐き捨てると手にしている大薙刀を振り回す。

「そんなでかいの振り回して。目立つだろ。

 どうやって隠して持ち運ぶんだそれ。」

「裏路地にカバーさせりゃどうとでもなるんだよ!」

「お前ら昔の人間がそうやって派手にやってるから隠蔽に余計な金かかったんだろうが」

「黙れ!畑野流薙刀術を愚弄するか!」

「見た目は今風なのに古臭い奴だな......」

畑野は仮次が投げたナイフを薙刀の石突ではたき落とすと突進を仕掛ける。

「だからか?お前の親父と同じ手に引っかかるな」

右手に握ったワイヤーをぎゅっ、と引き絞ると、ワイヤーで繋がれた畑野の足と薙刀が絡み転倒する。

「ひ...卑怯な!」

「お前の親父も同じ台詞を吐いたな」

ワイヤーを切断するよりも早く、仰向けになった畑野の両肘と両膝に投げナイフが刺さる。

「ぐっ...貴様!この俺を殺すつもりか!?」

一瞬後、ナイフによる喉の切断という形で畑野が危惧した通りになった。

「最後の言葉まで同じか。かわいそうに」

複数の足音が聞こえる。

畑野を道路の隅に蹴飛ばしてから手近な廃ビルの物陰に身を潜める。

「......行ったか?」

窓ガラスの破片を拭き、鏡の代わりにして外の様子を伺う。

「よし、移動するか」

身を乗り出したその時、仮次の携帯端末が震える。

物陰に隠れ直して通話に出る。

「何だ?」

「何だじゃないよ!兄さん何やったのさ!?」

知らない番号だったが電話をかけてきた相手はよく知っている相手だった。

「何もやってないはずだ」

「全く......早く屋上まで上がって来なよ」

「そうか。助かる」

通話を切り崩れた階段をもろともせず屋上に上がる。

屋上で待っていたのは白衣を着た小学生ほどの背丈の女性と銀色のヘリコプターだった。

「早く乗って!」

「竹光......!」

バチッ!!!

先に乗り込もうとする女性の首筋に電流が走る。

「兄さん...?」

「光学迷彩ヘリまで持ち出してもらって悪いが家に帰ってきてもらうぞ」

女性...安城竹光を軽々と抱え上げる。

「まさかとは思うけど、私に会うためだけに裏路地と揉めたのかい?」

「まさか」

懐から取り出した端末で電話をかける仮次。

『おう。どうした』

「目標は達した。俺をターゲットにした殺害依頼実施訓練を終了してくれ」

『なんだ、もう息切れか』

「裏路地の旧体制派で、お前に擦り寄った奴らは何人か殺した。契約通りだろ」

『ほんの数人だろ』

「これ以上は超一流が集まってくる。この辺が潮時だ」

『チッ。

 取り下げるぞ......

 取り下げた。』

「ご苦労」

通話を切る。

「へぇ。八百長の指名手配で不穏分子を炙り出すなんてあの男もやるね」

竹光の軽口には応じず再び首筋にスタンガンを当てる。

「竹光、お前にはいくつか聞きたいことがある」

気絶した弟を肩に担ぎ階段を降りていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺し屋とその義娘 湯湯原椰子 @grichill

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ