第22話 裏路地の権力者たち
訓練校の生徒たちが合宿しているリゾート施設の一番大きなビル、その最上階にある大きな部屋に十人程の男女がお互い間隔をあけて豪華な椅子に座っている。
スーツ姿の者が多いが中には派手なドレスや和服、普段着の者もいる。
前方に取り付けられた超大型のディスプレイの傍に立つ本間は平静を装ってはいるが、腰の前で組んだ手は汗で湿っていた。
彼らのうち半数以上は一流の殺し屋でもある本間を、彼女自身が気づかぬうちに殺すことのできる実力を持つ。
そうでない者もその権力や権限をもってすれば同様のことが行えることは言うまでもない。
しかし本間が緊張状態にあるのは自分の命を超える力量を持つ人間の前にいるからではない。
「おい西東、おまえの所にうちの若いのが行ってから帰って来ねえ。どうなってる」
「さぁ。私は知りませんが、極楽にいる気分で帰りたくないんじゃあありませんか」
「そんな話よりこの前の仕事だがあの武狭気取りにまた邪魔されたぞ」
「甲斐十三か、どうせ仕事は完了したんだろう」
「ほざくな。依頼者のあたりはついてるんだぞ」
「何を......!」
プロフェッショナルの矜持か、それとも殺し屋という後ろ暗い職業がそうさせるのか、彼らは基本的に仲が悪い。
今にも取っ組み合い......ではなく殺し合いが勃発しそうな中、座ったまま平然としているのは三人のみで、そのうちの一人が安城家当主の安城竹継である。
安城家はボディーガードの仕事を請け負うことが多いため、殺人依頼を受けた殺し屋とかち合うこともまた多い。
それでも安城家への批判は少ない。少なくとも公的には。
安城家の個々人の能力の高さが大きな理由だが、もっと大きな理由がある。
それは安城家当主の座が前当主の殺害によってのみ引き継がれるという裏業界でも異常な家訓に対する忌避感や恐れである。
彼は周りの喧騒に気付いていないかのように足を組んでリラックスしたまま微動だにせずその顔からは微笑を張り付けたままだ。
「口で分からねぇってんなら...!」
一際大きな声で罵り合っていた男の一人が懐に手を伸ばす。
「お?そっちの方がシンプルでいいぞ。お前の腕でやれんのか?」
一触即発から半触即発に状況が動いたその時、部屋の扉が大きな音を立てて勢いよく開く。
「俺の部屋で騒ぐな虫ケラ共」
大股で部屋に入ってきたのは殺し屋仲介派遣組織『裏路地』の代表、宮木雄一だった。
「宮木代表!」
「宮木雄一......」
男たちは不承不承ながら懐に伸ばした手を抜き席に座る。
言い争っていた他の殺し屋達も椅子に座ったまま佇まいを直す。
「雄一。余計なお世話だがこの部屋はこの保養地の持ち物じゃないか」
竹継が茶化した様に言う。
「余計なお世話だ。路地裏の施設の一部であるこの部屋は裏路地の代表たる俺の持ち物だ」
そう言いながら宮木は本間の近く...ではなく他の殺し屋達と同じように椅子に座る。
「あれ?代表が我々を招集したのでは?」
そう尋ねるのは先ほどまでこめかみに青筋を立てていた殺し屋の一人。
「招集したのは俺だが主催は別だ。」
「そう!その通り!」
急に大きな声を出し中央に進み出た宮木の秘書に殺し屋達は眉を顰める。
「殺し屋組織の代表!殺し屋一家の当主や幹部!下部組織の代表!その他有力な殺し屋の方々!」
はっとした顔をした男が銃を構える。
「この声......!良くものうのうと姿を表したな!魔女め!」
その言葉を聞いた殺し屋達は一斉に銃やナイフを向ける。
それを意に介さない彼女は顎の下に右手を伸ばすと顔の皮膚を掴み一気に顔面を引きはがす。
路地裏代表秘書に変装していた鯉口美穂が右手に持ったリモコンのボタンを押すと超大型モニタの電源が入る。
「さてみなさんこちらをご覧ください」
「「「死ね!」」」
十数の銃声が部屋に響く。
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毛の長い絨毯に薬莢がいくつも落ちている。
「話を続けても?」
無傷で立つ鯉口は防弾ガラスの向こうで微笑んでいる。
鯉口の登場に戸惑ったものの椅子に座ったままだった竹継は立ち上がりガラスに近づきノックするように指の背で軽くたたく。
「この透明度の防弾ガラスは初めて見るな。」
「当然我が裏路地の最新鋭技術だ。」
ふんぞり返って座ったままの宮木は鼻を鳴らす。
「宮木代表!どういうことですか!」
「そうです!なぜ裏路地から訓練校を奪い取ったあの女を放っておくのですか!」
宮木の周りに座っていた殺し屋達が宮木に批判的な目を向ける。
前体制において路地裏の支配下であった訓練校をどさくさに紛れて奪い、従業員を全員解雇して裏路地の運営に混乱をもたらした女に対し、トップたる宮木が寛大な態度を示していることに憤りを覚えてすらいる。
「ケッ。許しちゃあいねえよ。
だが、裏路地の予算を使わずに優秀な人材を育成してくれるならどうだ?
悪い話じゃねえだろ」
「そ、それはそうですが」
宮木は腕を頭の後ろで組み笑いながら言う。
「まあお前らの不安もわかる。
果たして本当に優秀な人材が育成できるのか
育成した人材が俺達のために働いてくれるのか
競合他社に引き抜かれたり、鯉口の私兵になったりしないか」
そこまで話すと宮木が顎で鯉口を指す。
「その不安を払拭するために皆様を集めさせていただきました」
彼らの注目が再び集まったことを確認すると彼女は話し始める。
「3年前訓練校をいただいてからこれまで私は優秀な人材を育成した、と自負しています」
『いただいて』という言葉に何人かが眉をぴくりと動かすが何も言わない。
「しかしこうお思いでしょう。『中長期的に人材を育成できるのか』」
鯉口がリモコンを操作するとディスプレイの画面が待機状態から切り替わる。
「これは7日前から行っている合宿の様子です。引退した殺し屋からお聞きした訓練法を私なりにアレンジしたものです」
モニターに映し出されるのはビーチに急遽設営されたアスレチックで必死の形相で逃げ回る朝日たち訓練校の生徒達だった。
「散発的に入学していた今までと違い、比較的若い年代を一気に集めて一定の長い期間育成することによって私ならこれまで以上の身体能力、技能の向上ができます。
技能に関しては数値化ができないため省きますが、合宿前までの身体能力の推移に関しては各々の携帯端末に送付済みです。」
何人かが手元を探ったり手元の画面を注視している。
「こ、これは......」
「な、なるほど。これなら......」
「こんなもので何がわかる」
「そうだ!殺し屋の素質はこんなもんじゃ養われない!」
良い反響と悪い反響が半分半分のようだ。
「こちらの名簿をご覧ください」
モニタの画面が切り替わり何か所か黒塗りにされた名簿が映し出される。
「この名簿は......」
「与謝野響、有藤穣一、古田徹......引退した殺し屋か?いや、現役もいるな」
「これだけの殺し屋を一時的にとはいえ教師として雇いました。
年数を重ねただけの裏路地職員に教師をやらせるよりよっぽどいいとは思いませんか。
ああ。もちろん私以外には呼べない面子ですよ」
沈黙。
先ほどまで文句をつけていた殺し屋はもちろん、感心していた殺し屋も口を噤んだ。
いや、驚きのあまり口を動かせなくなったというのが正しい。
与謝野響といえば合気道と銃を組み合わせた武術を操る超一流の殺し屋だが十年以上前に引退してからというもの姿を消していたはずだった。
他にも授業などする暇がないはずの現役の殺し屋や気難しいことで有名な武器商人など、コンタクトをとること自体が不可能な人間の名前が並んでいた。
鯉口美穂という女の短い現役時代のすさまじさがよくわかる名簿とも言えよう。
長い長い沈黙を破ったのは竹継だった。
「優秀な人材を計画的に育成することができる。これはこの場にいる全員が理解したと思います。」
竹継が周りを見渡すと彼らは黙ったまま苦々しげに頷く。
張り付いた笑い顔をより強烈にして続ける。
「ですがまだ一つ、解決していない問題があるかと思いますが?」
その言葉を受けた鯉口が指を鳴らすと後ろの扉が開き、書類を手にした裏路地職員の女性3人が部屋に入ってくる。
「これまでお見せした映像とこれからお見せする映像で、もし自分の組織に欲しいと思う生徒がいれば、この場で契約書にサインをしましょう。」
配られた書類に目を通す面々。
「記入した名前の生徒に就職先を世話する名目で人材を斡旋する......?」
「あくまで個人の意思を尊重するため確約はできない、だと?
こんなバカな話があるか!何の保証もないではないか!」
「そもそも好き勝手スカウトできる方がおかしいでしょう」
「しかしこれならば......」
「そうだ。大きい組織へごっそり持って行かれる可能性も低くなるな」
数人の殺し屋達から顔色を窺われた裏路地の代表はしかし平然としている。
「さて皆さん。
私の訓練校運営に賛成、ということでよろしいでしょうか」
「それは話が、」
「反対の方はどうぞご退室を。ここから先は人材斡旋の手順についての説明ですから。」
殺し屋達は黙って座るしかなくなった。
この場を立ち去ってしまえば残った他の組織で人材を山分けされてしまい、自分に利益がなくなる。と考えたからである。
自分に集中した害意、悪意を散らすだけでなく他組織への対抗心を芽生えさせられたのである。
彼らは彼女の手の平であることを自覚しながら数十分、すっかり座りの悪くなった豪華な椅子に尻をつけることになった。
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