第23話 合宿所 休暇

その日の午前中、鯉口美穂は生徒たちの前に現れず、代わりに裏路地の見学の時に案内役だった本間という女性が代わりに教官役をしていた。

「どうしたんだろ~」

初めの方では途中で倒れていた西東恵も合宿開始から三週間経った今では涼しい顔で砂浜を走っている。

「さぁ?でも今日の朝、ホテルに師匠達がいたみたいだ。何か関わりがあるかもしれないな」

姿を隠した教官役の殺し屋が投擲したボールを殴り飛ばしながら話すのは横田熱男。

彼は元から合宿について行くだけの実力があったが、それに加えて安城家が目を見張る程のスタミナとパワーを身に付けつつある。

「......!」

朝日が太ももに装着したホルダーから引き抜いたナイフを投擲する。

熱男が空中に弾いたボールに突き刺さり地面に落ちる。

「しかし朝日くんは随分投げナイフが上手くなったんじゃないか」

「最初はボールに刺さらなかったもんね〜」

「毎朝練習してたから。」

ホルダーに軽く触れるとワイヤーが急速に巻き取られることでナイフが朝日の元に飛ぶ。

そのナイフを掴んだ朝日は振り向きざま背後に迫るボールを上から下に斬る。

ナイフを振ることでゴムの破片を払うと前を向き二人を置いて再び走り出す。

「もっと......もっと......!

 こんなんじゃまだ......」

追いかける恵と熱男はお互いの不安な気持ちが外に出ていることに気づき、顔を見合わせる。


12時になり、生徒たちはホテルのレストランでビュッフェ形式の昼食をとっていた。

ほぼ全員が高級そうな料理をトレイに山盛りにして胃に詰め込んでいる。

高い強度の訓練から来る空腹というより損傷した細胞そのものが栄養を求めているといった方が正しいだろう。

訓練中には会話する彼らも一様に口を噤み食器同士がぶつかるカチャカチャという音が周りに響いている。

生徒たちが栄養を取り込む生物になって十分ほど経っただろうか、午前中は姿を見せなかった教師......鯉口美穂が本間を伴ってレストランに現れた。

「皆、食べながら聞いて。」

数人は食事から顔を上げるが、大多数は言われた通り食事を続る。

「今この場をもって合宿は終了します。」

生徒たちの手が止まる。

さっきまでは聞こえなかった他の客の話し声がよく聞こえる。

「24時間の休暇の後、島から出てその足で、」

生徒たちの頭部や顔面が皿に衝突するガチャン、ガチャン!という音がレストラン内に響く。

「......どうする?」

疲労の極地で緊張の糸が切れた生徒たちは料理や皿に顔を突っ込んだ状態で寝息を立てている。

鯉口は聞く人によっては溜息に感じるように小さく息をついて本間に言う。

「想定通りね。

 資料を配布したら撤収していいわ」

生徒達が目を覚まして資料に目を通すまで最短でも2時間を要した。


「ん、んんん......」

顔を上げた朝日は頬についたレタスを払い落とした。

「ああ、そっか」

眠ってしまったんだったとひとりごち、周りを見渡すと他の生徒たちはまだ眠ったままだった。

「恵。」

隣の席でヨーグルトが入った大皿に側頭部を埋めている恵みを起こそうとする。

「ん〜

 あと十分〜」

のんびりとした声でテンプレートな寝言を言う彼女の膝の上に一枚の紙が置いてある。

椅子を引き自分の膝の上にもおそらく同じであろう紙があるのを確認すると、それを手に取り、裏返す。


生徒諸君

明日の12:14分まで休暇とします。

時間までにこのレストランに集合すること。

宿泊場所は昨日までと同じように大部屋を使用してもいいし、個別で部屋をとっても構いません。

宿泊や食事の代金やお土産の購入などの

支払いは全てあなたたちの体内に埋め込んだ

チップで行われ、訓練校の予算から引き落とされます。

利用額の上限はありませんが、100万を超えた場合は保護者に連絡さします。(間違っても武装ヘリ等は買わないように!)

それではいい休暇を!

追記:しっかりと休むように!


所々とんでもないことが書かれているが、気にしても仕方がない。

読み終わった頃には他の生徒たちも目を覚まして顔面から食事の滓を払い落としている。

「おはよ〜」

恵も目を覚ましたようだが、勢いよく皿に倒れ込んだのか、顔だけでなく髪や服にもヨーグルトが付着してしまっていた。

「ついちゃってる〜

 ん。美味し〜」

指で頬についたヨーグルトを拭い、それを口に運ぶ恵。

「......とりあえず、お風呂に行こう」

朝日はテーブルナプキンで彼女の顔や髪を軽く拭き、手を取った。

「や〜ん。だいた〜ん」

「いいから行きますよ」

「は〜い。じゃあね〜」

2人は女子生徒たちとまだ立ち上がれない男子生徒たちを残して浴場へと向かった。


「はぁ〜〜〜♡」

分家出身とはいえ恵にも西東家の自覚がある。

髪はもちろん足の先まできっちり磨き上げてから湯船に浸かる。

「じゃあ私は先に」

一方朝日はシャワーで汗や食べ物のカスなどを洗い流すとさっさと大浴場を出ようとする。

「だ〜め♡」

恵が腕を一振りすると、髪を纏めていた長いタオルの先が朝日の細い二の腕に巻き付く。

「湯船にゆ〜っくり浸かって疲れを取らないと〜」

そう言いタオルを思い切り引っ張る。

朝日の体は宙に浮き、湯船にいる恵の体に着地する。

「いいえ。これから外に出てまた訓練を......」

もがく朝日の腰を後ろから両手で優しく包み、耳元で囁く。

「ゆ〜っくり息を吸って〜。

 吐いて〜」

「こんなことをしている場合では、」

「いいからいいから

 ほら、吸って〜」

しばらく抜け出せないかもがくが、力が弱いはずの恵の腕が粘体の生物のように動き、朝日の動きは悉く封じられる。

諦めて波立つ湯船の中で腕をだらりと下げ、息を荒くする。

「はぁー。はぁー。」

「そうそう。

 そうやって体の力を抜いてね。

 もっとゆ〜〜〜っくり息を吸って〜」

「はー、ふー

 ......スー。スー。」

「うんうん。

 朝日ちゃん上手だね〜

 もっと力を抜いてね〜

 私が支えてるからね〜

 安心していいんだよ〜」

恵の両腕にはもう力は入っておらず、朝日の腹の上にそっと添えられている。

「スーーーー......

 スーーーー......」

「よしよ〜し

 頑張ってえらいね。

 でも、今日はゆっくり休んでね〜♡」

いつの間にか朝日は恵の胸に頭を預けて半目になりうつらうつらし始める。

その耳元で恵はだんだん声量を下げながら囁き続ける。

「流石ね。

 睡眠後なのに数十秒で落とすなんて。

 頼んでよかったわ」

いつのまにか大浴場にいた鯉口が湯船に入り、恵達の隣に腰を下ろす。

「先生に頼まれなくてもこうするつもりでしたよ。

 どう考えてもオーバーワークです。」

「そう。どちらにしろ助かったわ」

「......」

「......」

二人(正確には三人だが)の間に沈黙が流れる。

「あの」

恵は、乳白色のお湯を手で遊ばせる鯉口に思い切った様子で話しかける。

「先生は、朝日ちゃんの殺し屋になった理由についてどう思いますか」

その質問は暗に、復讐のため必死で強くなっていることについても含まれていた。

「個人的には他人が止められる事ではない、と思ってる」

「......」

「先生としては、モチベーションと能力を持ち合わせた生徒の将来を案じずにはいられない、と思ってしまうわ」

「つまり、止められるなら止めたいと?」

それには何も答えず、湯船から立ち上がる。

「そろそろ出ましょう」

「は〜い。

 朝日ちゃん起きて」

そう言うと朝日の両耳元で指を鳴らす。

「はっ!?

 あれ?先生?」

「のぼせちゃうからもう出ましょう」

「は、はい......」

湯船での催眠療法の後遺症でボディータッチに抵抗がなくなっている朝日は肩に恵の胸を押し付けられながら大浴場を出る。


「あ、あれ?服が......」

脱衣場に戻った朝日がロッカーを開けると、午前中に来ていた服がなくなっていて、見覚えのないドレスがハンガーにかかっていた。

「ああ、あなた達の服はクリーニングに出したから私がレンタルしたドレスを着て出てくるのよ」

「えぇ......

 わ、わかりました。」

「サイズぴったりですね〜」

先に着替えていた恵の声に朝日が振り返る

首から股下まで肌にぴったりとフィットした赤黒い布地は上半身の露出こそ無いものの胸、腰や尻、さらには鼠蹊部までその形状を露わにしている。

臍の周りは雪の結晶のような模様に切り抜かれており、半透明の布を通して下腹部が見えるが下着は巧みに隠されて見えない。

肘の上まである同じ色の薄い手袋と肩の間のみ地肌が見え、その白さを際立たせている。

ミニスカート故に股下数センチからは生足が見えるが右足にのみ装着されたガーターベルトが肉付きのよい太ももを締め付けてさらに肉付きの良さを強調している。

ピンクの長い髪はまとめておらず、年相応の奔放さを醸し出している。

唖然とした朝日のドレスを取った恵は朝日の後ろに回る。

「着せてあげるよ〜」

「い、いえ!大丈夫です!」

「え〜」

朝日のドレスは艶消しのような黒のロングワンピースに近いものだがよく見ると同じ色のリボンが至る所に散りばめられている。

膝下までのスカートから伸びる足は何故か赤いストッキングで覆われている。

それを見る鯉口と恵は何度も頷く。

「うんうん。可愛い可愛い」

「私には似合わなそう〜」

そう言うと恵はスカートの上から朝日の太ももに手を伸ばす。

「あっ!

 フェチなポイント見っけ〜」

「キャッ!」

一つのフリルの内側に手を入れるとストッキングに包まれた太ももを直接撫で回す。

「あれ?何か固い物が......」

「ナイフ!ナイフです!」

実はそこにはスリットが空いていて、スカートを捲り上げずに太ももに付けたナイフを取り出せるようになっている。

「な〜んだ

 それ用のスリットじゃないんだ〜」

「それ用ってなんですか......」

スカートをパタパタと叩き乱れを直す。

実は胸の部分に自然に詰め物ができる服は気に入っている。

「着替え終わったわね。」

普段通りの黒いパンツスーツを着た鯉口が二人の方を向く。

「これから20時間弱、よく遊んで休むこと。

 100万円使い倒すつもりでね」

そう言うと一足早く脱衣所から出て行く。

「そう言われても......」

「んっふっふ〜」

「考えがあるの?」

「せっかくだからここでしかできない楽しいこと〜」

「?」

「そ、れ、は〜〜〜」

ごくりと唾を飲む。

「カ、ジ、ノ♡」

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