第24話 はじめてのカジノ

一ヶ月近く滞在していながら、安城朝日は泊まっているホテルの地下に降りることはなかった。

合宿と自主訓練で忙しかったこともあるが彼女の場合、「復讐」に向けて集中し過ぎることで視野が狭くなっていたことも大きい。

兎に角、西東恵に連れられて朝日は大人の遊び場に足を踏み入れた。

想像より明るい照明の下、フォーマルな衣装に身を包んだ男女が賭博に興じている。

所作の上品さ故にか地階とは時間の流れがゆっくりであるようにも感じられる。

そんな中にも私服の者もいるが不思議と場違いな印象はなく、アロハシャツの男も堂々とタキシードの男と同卓していて他の者も気にしていないようだ。

ハイヒールを鳴らして堂々と歩く恵と半歩後ろを歩く朝日は入り口近くにある、透明の板で向こう側と区切られたカウンターに向かう。どうやら交換所のようだ。

「いらっしゃいませ。ゲームチップの取引ですか」

「は〜い」

受付の女性が二人から見えない手元の端末を操作する。

カジノに入場した段階で顔認証により二人の名前は割り出されている。

「西東恵様と安城朝日様ですね。

 どちら様もお預かりしているチップがございませんので購入という形になります。

 何枚を何払いになさいますか」

女性が手で示した先には今現在のチップと各種通貨の交換レートが示されたディスプレイがある。

「じゃあとりあえず十万円ぶん〜」

「わ、私は......」

正直人の金でギャンブルすることに抵抗があるが、レストランで配られた書類にあった使い過ぎると保護者に連絡が行く、という 記述を思い出す。

「私も、じゃあ同じで」

「了解しました。」

少し待つと二つのトレイに乗せられたチップがカウンターに差し出される。

「防犯の関係上、当遊戯場外へのチップの持ち出しはご遠慮ください。」

殺し屋組織の保養所にある違法カジノの防犯とは一体、と思わないでもない朝日はチップを手にカウンターを離れる。

「それじゃあ一つずつ回ってみようか」

それから1時間ほどルーレット、ブラックジャック、ポーカーを楽しむ。

ルールわからないが麻雀やバカラ、見たことのない絵柄のカードを使ったものもあった。

あまり勝った覚えもないがチップがあまり目減りしていないところを見るとチップの買いすぎかもしくはあくまで遊戯の枠を出ない賭博場なのかもしれない。

初めての経験で少し疲れたか、恵に一言伝えてバーカウンターに座り遠くから恵を見る。

どうやら勝っているようでチップの山が倍の大きさになっている。

「あんた、訓練校の生徒だろ?」

振り返るとバーカウンターの内側でタキシードの袖を捲り上げ、胸元を緩めた浅黒の男が酒を飲んでいる。

「合宿中にこんなところでサボってていいのか?」

「どうしてそれが......というよりあなたも仕事中?なのでは」

男はショットグラスに注いだ琥珀色の液体を飲み干す。

「俺は酔わない体質だからいいんだ。酒代も払ってるしな。

 あんたもどうだ?」

男が差し出すボトルを押し返す。

「いえ、未成年なので」

はっはっはと男が笑う。

「見りゃわかる

 だがこんな業界じゃあ未成年飲酒は珍しいことじゃねぇよ。

 今回は特別にお嬢ちゃんでも飲めるのを作ってやる」

そう言うと返事も聞かずに手元や背後にあるボトルを次々に開けていく。

「ノンアルコール?なら」

「勿論だ。そっちのレディーはどうする?」

「私も同じの〜」

ゲームが終わった恵が朝日の隣に座る。

「チップは?」

そう言う朝日の目はカウンターに乗る恵の胸を睨んでいる。

「強い人がいて、ほとんどなくなっちゃった〜...って朝日ちゃん、胸ばっり見過ぎ〜」

そう言うが何かで隠す様子はない。

「ほらヨッ!

 ピンクレモネードオオヤマツミ流だ!」

大きめのグラスに色とりどりの氷がピンク色の液体に浮かんでいる。

「で、お嬢ちゃんにはこのパラソルと、」

男が右のグラスに黒い傘を刺す。

「そしてレディーにはこれを。」

そう言うと細長い棒を刺すとその先に火をつけてウィンクする。

花火に火がつき、パチパチと火花が静かに散り色とりどりのグラスを彩る。

「わぁ〜綺麗〜」

見る限りガサツそうな男が洒落た飲み物を出してくるのに朝日は少し驚いた。

しかし、

「何で私は黒い傘で恵が花火?」

ジト目で男を睨むが男はそれを気にする様子もなく鼻を鳴らす。

「あんた、あんまり楽しめてないだろ?

 中身は似てる二人なのにお嬢ちゃんは心に傘、レディーはフェスティバルだ」

「あ、おいし〜」

男のウィンクなど一瞥もせずドリンクに夢中な恵を横目で見た朝日は納得する。

「まあいいか。

 あ、美味しい...」

「後は目印だな。」

「?」

「レディー。貴女は意外に気遣い屋で寂しがり屋だ。

 いつものように酒を飲みたいだろうがお揃いにもしたいんだろ?」

珍しく恵は少し顔を赤くする。

「そうだったの?気にしないでいいのに」

「そうだと思って花火は刺激的な大人の味。アルコール入りさ。

 だが俺の腕で二つとも全く同じ味に仕上げさせてもらった。

 二人で飲んだ思い出の味をお望み......だろ?」

「〜〜〜〜〜っ!!」

恵は赤くなった顔を伏せ、足をバタバタさせる。

「凄い......恵が恥ずかしがるなんて」

男に裸を見られても本気で恥ずかしがる様子を見せない恵がノックダウンさせられている。

「ま、これでも情報屋でね。

 大体のことは見ればわかるのさ」

得意げにグラスを磨く男を見ながらもう一口飲む。

「本当に美味しい......

 そう言えば、オオヤマツミ風って言うのは?」

「俺の名前さ。

 大山罪。

 神様と同じ名前だぜ」

「ふーん」

しばらくすると恵が顔を上げるがまだ赤いままだ。

「ああ〜も〜やだ〜」

うつ伏せのまま顔だけ上げてストローでドリンクを飲む。

「おかわりは?」

気づけば朝日のグラスは空になっていた。

「これと同じもの?」

「いいや、このドリンクはそこで顔を赤くしているレディーの可愛い願望を読み取って作ったものだ」

恵は膨れっ面でドリンクをちびちび飲んでいる。

「次はお嬢さんの願望を叶えてやろう」

「情報屋の眼力ってやつで?」

大山は額に二本指を当てて目を細める。

「まあ見てな

 ......名前は安城朝日

 安城家当主の弟安城仮次の義理の娘。

 元々は一般家庭出身。

 願望は強くなること。

 理由は不明......というより隠されているな

 だが、推測はできる。

 殺し屋になることと関係があり、安城家の事情とも関わっている......だろ?」

「あ、安城家の事情?」

殺し屋の娘になったのは親の仇である仮次に復讐するためだが、安城家の事情とやらについては朝日にはわからない。

「ふむ。まあいい。

 強くなれるドリンクを作ってやろう。」

そう言うと大山はカウンターの下からミキサーとバナナ、牛乳、粉が入った袋を取り出すと、ミキサーで混ぜ始める。

「牛乳に生クリームを混ぜるのが俺流だ」

内側に螺旋状にチョコクリームを塗った大きなジョッキ、ミキサーの中身を注ぐ。

「お待たせ!チョコバナナプロテインカクテルオオヤマツミspだ!」

ドン!とカウンターにジョッキが置かれる。


「ロン。飛びね。」

本間が手牌を倒すと男がうめき声を上げる。

「つ、強えな姉ちゃん

 パンクだ。」

チップを卓上に置きカジノから出て行く。

卓に残った店員二人に目配せをする。

「た、ただいま打ち子を用意、」

「店員さん。ここ、よろしいかの?」

立ち去った男の席の後ろに立っているのは杖をついた初老の男性。

腰が曲がった体をタキシードで包みシルクハットを被っている。

「ど、どうぞ」

店員は助かった、という表情を隠しもせずに答える。

「さぁて......」

帽子と上着を店員に預けた男性が席につき苦しそうに深呼吸をする。

小さい点のやりとりの後、後半に入ったあたりだったろうか、男性が口を開く。

「お嬢さん。ここにはよく来るのかね」

「ええ。休暇の度に」

「そうかそうか。

 ギャンブルはいい。精神が研ぎ澄まされる。

 わしも若い頃は、」

「手品ならカジノの外で披露しなさい」

手品、という単語に男性でなく店員の肩がピクリと反応する。

「流石は最高の秘書にしてギャンブラーの本間百合花だな

 俺の正体を見破ったのは君で三人目だ」

声と口調が変わった初老の男性が皺だらけの顔を一撫ですると、別人の顔が現れる。

「安城竹継......!?」

驚きのあまり瞬きをすると、もう老人の顔に戻っている。

「なんじゃ。わしだと見破ったわけじゃなかったんか」

「それよりその手を開いてください。

 手品は見破りましたよ」

男性......竹継の左手を指差す。

「そうか。イカサマには気づいたと言うことか。で、変装を少し疑ったと。」

竹継は右手を顔の高さまで上げ、手を開く。

その手には......何も持っていない。

「なっ!?」

「はっはっは

 手品をしたふり、という手品じゃ

 からかってすまんのう」

平静を取り戻した本間は竹継を睨みつける。

「で、わざわざ私に会いに来たんですか」

「まあその話は後でいいじゃろ。

 今はこれに集中......せいっ!」

竹継が牌を捨てる。

「それです」

「ぬっ!?」

本間の手配が前に倒される。

「言っては悪いですが、

 弱いですね。」

「ぬぬぬ......」

竹継が悔しそうに差し出した点棒を受け取り箱にしまう。

「昨日といい今日といい、よくも私の休暇の邪魔をしてくれましたね......

 報いをくれてやりますよ......!」

彼女の怒気には昨日卓に付かず要件だけ話して去っていった鯉口美穂への当てつけも含まれている。

「の、望むところじゃ!」

結局、竹継の個人用の財布が空になるまでその局は終わらなかった。


カジノを出たのはそれから一時間後。

大山に進められるがままにドリンクと軽食を延々と味わってしまった。

会計の代わりにと押し付けられた名刺をもう一度眺める。

「”情報屋“大山罪ね......」

「あ〜ん♡

 ちょっと酔っちゃったかも〜」

朝日に寄りかかる恵はノンアルコール飲料を飲む朝日と同じペースで酒を飲んでいたためかだいぶ酔っ払っている風に朝日には見えた。

いつもの露出度の高い服を着ていたらと思うと朝日はゾッとした。

時刻は午後3時。

一旦大部屋に戻って休憩しようと歩き出す朝日の腕を恵が引き止める。

「もう帰っちゃうの?」

いつもとは違う恵の様子に思わず足が止まる。

カジノで大山が見抜いた恵の願望を思い出す。

「わかった。2人でいよう」

一階に上がってロビーのソファーまで、カジノの中とは逆に朝日が前を歩き、手を繋いだ恵が少し後ろを歩く。

ソファーに並んで座り紅茶を二人分注文すると恵は手を繋いだまま眠ってしまった。

朝日は裏路地を見学した時のことも思い出した。

「お気楽なようで意外といろいろあるのかな......」

運ばれてきた紅茶に手をつけることなく朝日も眠りについてしまった。

気づいたホテルのボーイがブランケットをかけて照明を暗くしたことが原因か、目を覚まして夕食を取るまで6時間を要した。

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