第8話 訓練校:実地訓練 その4

「源さん。お疲れ様です」

「おおミス美穂」

実地訓練が終わった後、紙谷源太は教室の近くの部屋で一足先に待機していた。

鯉口美穂は一礼して部屋に入ると紙谷の正面のソファーに座ると鞄から書類を取り出した。

「事前に行っていた通り報酬は『裏路地』経由で支払われます。」

紙谷は二枚の書類にサインをして一枚を返し、もう一枚を自分の鞄に入れる。

「それでは今日は、」

お疲れさまでした、と帰りそうになる紙谷を鯉口が呼び止める。

「安城朝日はどうでしたか」

「......知り合いか何かで?あまり肩入れしすぎるのはあなたの職業としてはよくないのでは」

「いえ、少し前まで一般人だった子なので少し気を付けているだけです。」

紙谷は少し驚いた様子でソファーに座り直した。

「ほう。それは驚きですね。そうですか。」


数時間前。

朝日はナイフを持って紙谷に正対する。

他の二人は早々にリタイアしており朝日だけが紙谷と戦っていた。

朝日は距離を詰めてくる紙谷を待ち構える。

紙谷のナイフは朝日の胴体部、脇腹を狙っている。

そのナイフをかがんで避け、地面をかすめる程の低い蹴りで足払いを放つ。

最小限の跳躍で避けた紙谷はいったん距離を取ろうとする。

朝日はかがんだ姿勢から勢いよく飛び上がり追撃をしようとした瞬間、紙谷の姿が朝日の視界から消える。

朝日が着地した瞬間腹部にちくりとした感触がする。

敵を逃さんとする朝日の執着心を逆手に取って朝日から距離を取ろうとするような動きをあえて見せ、朝日がとびかかる瞬間身を屈めて視界から逃れたのだ。

朝日の腹部に当てたナイフを引いた紙谷は今度こそ距離を取る。

「君は標的を早く倒そうとしすぎだな。

 例えば私が屈んだことに気づかないのは君の視界が狭まっていたからだ。冷静になっていればすぐ気づいたはずだ。

 それに距離を取る動きがわざとらしいことにも。」

「はい......」

「いや、それ以外の動きはいい。

 ナイフでの攻撃をなかなかしないことも好感が持てる動きだ。獲物への執着心も悪いことではない」


「あれで一般人とはね。私も衰えたな。しかし、」

「しかし?」

「戦い方が気になってはいた。あれは自分より強い相手を何としてでも倒す戦い方だ。殺し屋らしくないとは思った」

「そうですか」

「まあ彼女に直接言った通り評価としては悪くない。ただ、」

「彼女の事情からあの戦い方は理解できます。ですのでそのまま訓練させようと考えています。」

鯉口は安城仮次から、朝日が彼を殺すために殺し屋になろうとしていることを聞いているので格上相手との戦い方をすることは予想できたが、まさかそのまま伝えるわけにもいかなかった。

「殺し屋の先達としてはあまり推奨はできないが、まあ好きにするといい。」

紙谷は腕時計を見る。

「そろそろいいかな」

「はい。源さん、今日はありがとうございました。」

席を立って部屋から出る紙谷を見送る鯉口。

しかし紙谷はドアを開けると立ち止まり振り返る。

「ああ。一応聞いておこうか。

 彼女が殺そうとしている殺し屋は誰だ?」

「知っていらしたので?」

「いや、戦い方からそう思っただけだが。

 その反応ならそうなんだろう。それで?」

「あなたの弟子だった安城仮次です。

 てっきり彼から聞いているものかと」

「はっはっは。そうかあいつの娘か。

 そうかそうか......」

紙谷は笑いながら部屋から去って行った。


「ふぅ......」

「朝日ちゃん最後の紙谷先生との訓練すごかったねぇ~

 アクロバティックで~」

女子生徒たちはロッカー室に併設されたシャワー室で汗を流していた。

朝日はシャワーを止め、髪をふいてまとめる。

「そんなことない。やたらと跳んだり這いつくばったり、結局ナイフが触れもしなかったし」

「でもでも~褒められたのは朝日ちゃん一人だったんだよ?」

「そうなの?」

「そうだよ~。 もっとすごい動きの人もいたけど。」

「現役の人だったんじゃない?」

二人は髪を乾かして着替える。

「そういえば朝日ちゃんの服ってどこかの制服なの?」

そういう恵はミニスカートのワンピースの下に黒いスパッツを履いている。

殺し屋の学校らしく訓練校は普段着の人が多い。というか一部以外は普段着だ。

「そう。前にいた高校のね。一日しか通えなかったけど」

朝日は特注サイズの黒いセーラー服に袖を通す。

「普段着の人に混ざると、そういうお店の娘みたいに見えるね。」

「一応思い出の服なんだけど......」

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