第7話 訓練校:実地訓練 その3
昼食後、訓練が再開された。
生徒たちはアドバイスを聞きながら3対1で紙谷とナイフで戦っていた。
順番待ちをしている間は鯉口が用意した、センサー付きのマネキンに対して寸止めの練習をしていた。
「はっ!」
朝日がセンサーの手前を狙って突きを放つ。
『キョリ、50テン。スピード、30テン』
ナイフとマネキンの距離、そのスピードが点数として計算され、内部スピーカーからその結果が音声出力される。
ナイフの刃渡りをきちんと確認できているか、そして自分の感覚に自信を持っているかが試される。
『キョリ、70テン。スピード、40テン』
「またダメだった~」
恵は朝日よりもナイフを使い慣れているようだ。
周りを見ると他の生徒達も当然初心者ではなく、朝日よりもスピード、精度ともに別格だった。
正直少し落ち込んでいる。こんな調子で復讐を遂げることができるのだろうか。
「朝日ちゃんどうしたの?」
「いや、なんでもない。
それにしても......」
毎晩の訓練に比べるとうまく体が動かないように感じる。
「ねえ恵さん。
本物のナイフを持った時の方が動けるってことはあり得るの?」
「うーん。実際にナイフを持ったら普通は刃物を怖がったりでうまく動けないと思うけど。
あ、もしかして?」
「うん。毎晩家でやってるんだけど、その時はもっと早く動けるの。」
「どうなんだろう?わたしなら、」
「朝日さん。もしかして仮次さんと訓練してるの?」
「鯉口先生!」
いつの間にか鯉口が二人のそばに立っていた。
「は、はい。ち、父と。」
「そうなの。それはいいわね。
恵さん。そろそろ順番よ。」
「あ、本当だ。じゃあ朝日ちゃん後でね~」
恵が紙谷の方へ走り去る。
「ああ、訓練校ではあの男を無理に父と呼ばなくていいわ。」
「あ、あの男?鯉口先生も仮次をご存じなんですか」
「もちろん。超一流の殺し屋ですし。
それに、あれとは訓練校の同期なの。あなたの事情は竹継さんから聞いているから大丈夫よ。」
「そうだったんですか。同期なのは知りませんでした。」
「なんか一方的に連絡がつかないのよ。
まあそれはいいとして、さっきは右足を前にして左手のナイフで突きをしていたみたいだけど。」
「はい。もしかして足が逆でしたか?それとも腕の振りが?」
「いや、もっと根本的な問題よ。
朝日さん。普段の訓練ではそうやってナイフを振ってるの」
「いえ、かがんだ状態で足を狙ったり、とびかかって首を狙ったりしています。」
鯉口はうなずく。
「やっぱりね。その通りにナイフを振って構わないわ。
センサーは胸との距離ではなく体との距離を計測しているから。」
そう言うとマネキンを示す。
朝日は無言でナイフを構えてマネキンの方に向き直る。
数歩の助走の後、とびかかり頭から落下しながら首を狙って一撃。
両手で着地した後地面に腹ばいになり、起き上がるように見せかけて足首に一撃。
『キョリ、80テン。スピード、80テン。
キョリ、80テン。スピード、70テン。』
周りで他の生徒たちが歓声を上げる。
「あなたは実戦的な動きの方が得意みたいね。
まあ型稽古をするに越したことはないけど、
普段から実践的な動きを意識した方がいいわね。」
朝日がうなずく。
「ありがとうございます。」
「じゃああなたの体格、骨格、筋力での手本を見せましょうか。」
うんうんとうなずいた鯉口は気分を良くしたのかそんなことを言い出す。
「え?」
「ちゃんと見ているのよ。」
そう言った鯉口は瞬時に体を沈み込ませて朝日の視界から消えるとともにマネキンに肉薄する。
右手のナイフで両足首に一撃ずつ加えた後、左足を軸に回転し背後に回る。
後ろから左右の首筋を引き裂き脇腹にナイフを突き立てる。
両肩に手を置いて跳躍し空中で回転、マネキンのすぐ前に着地すると胸を一突き。
朝日に見えたのはその7回の攻撃だけだった。
鯉口が朝日の方を振り返りナイフを懐にしまうと、マネキン内部のスピーカーから狂ったように点数が出力される。
『キョリ、100テン。スピード、100テン』
『キョリ、100テン。スピード、100テン』
『キョリ、100テン。『キョリ、『キョリ、100テン。スピード、100テン』
『キョ『キョリ、100テン。スピード、100テン』リ、100テン。スピード、100テン』ピード、『キョリ、100テン。スピード、100テン』100テン』ン』『キョリ、100テン。スピード、100テン』
『キョリ、100テン。スピード、100テ』
処理が追いつかないのか途中から音が重なって出力され、どこかが壊れたのか最後には音が聞こえなくなる。
「しまった。ちょっとやりすぎたかな。まあこんな感じ。
そろそろ源さんとの手合わせができるから実践してみるように」
「わ、わかりました。」
あっけにとられていた朝日はナイフをしまい、紙谷の方へ行く。
格段に動けるようにはなったが、まだ体の違和感は拭えなかった。
仮次との訓練の時とは根本的に何かが違っていた。
「これは驚異的だな」
仮次は安城家にいた。
朝日と仮次の訓練の映像を見た竹継は仮次の顔を見る。
仮次は正面のソファーに座り、グラスを傾けている。
「確かに才能豊かだがさすがにおかしい」
「そうだ。一週間前まで普通の高校生だったとは思えないだろう」
「薬物か、それともまさか人体改造でもやったのか」
「まさか。愛娘にそんなことはしない。」
「だとしたらもっとヤバいことをしてることになる」
仮次は映像を一時停止し、PCの画面に別の映像を映し出す。
人体のシルエットのいくつかの場所に赤いヒビや破裂のエフェクトが描かれている。
「どれどれ、って何だこりゃ。ぼろぼろじゃねえか。特に手足。」
「朝日の身体情報だ。ベッドに細工してある。」
竹継は愕然とする。
「マジかお前。こりゃ嫌われるわ。」
朝日の両腕両足には無事なところがほとんどないことを示すようにいたるところが赤く染まっていた。
「見てのとおり、朝日は体に無理をさせている。
その原因はおそらく俺への強い復讐心だろう。
強すぎるモチベーションが体を無理やり駆動させている」
竹継はPCを操作し、画像を拡大させて詳細な情報を確認する。
「手足の筋肉組織がズタズタだな。それに関節が今にも炎症を起こしそうだ。
数字を見るに心理的限界を超えて95%、もしくはそれ以上稼働させているように見えるな」
「だが朝日は何も言わない。そりゃあそうだ、復讐相手にそんなことは言わない。」
「それで俺にどうしろと?無理をやめろと説得するか」
「いや、心理的限界を超えたトレーニングによって朝日の体は急成長、いや、進化と言えるほどの成長を遂げている。これを捨てるのは惜しい。
それに聞きやしないだろう。
だから、」
仮次はPCのスペースキーを押し画面を竹継の方に向ける。
「これを譲ってほしい。兄貴が持っていることはわかっている。」
竹継はソファーから立ち上がり机の上にあるボトルを取り上げ口をつけるとそれを思い切り傾けると言う。
「わかっているのか。これは薬物か人体改造その両方、もしくは」
「もっとヤバい。それはわかってる。」
仮次は両手を組み、祈るように額に当てる。
「だがこれさえあれば体を治すだけでなく驚異的な超回復が望める」
「体を直すか。」
ボトルから口を離す竹継。
「まあお前の言う通りの効果が望める、というか間違いなくそうなるだろう。
今更倫理観を気にするお前でもないか。
いいだろう。手配してやろう。もちろん同意書もなしだ」
「感謝するよ」
仮次はグラスを空にすると部屋を後にする。
竹継はその背中を見送るとボトルに残った酒をあおる。
酔ってもいなければ下せない判断を下すために。
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