第45話 大山罪(オオヤマツミ)の情報

「先生、ちょっといいですか」

訓練校での授業の後、安城朝日は鯉口美穂を訪ねて職員室の戸を叩いた。

「もちろん。何かありましたか?朝日さん

 ああ。雨宮洋君はどうですか。授業はおとなしく受けてくれていますが」

机に向かっていた鯉口はペンを置く。

「彼は毎日安城家の道場に来てるみたいです。

 それで、これなんですが...」

朝日が取り出したのは合宿で訪れたリゾートで出会った情報屋、『大山罪』の名刺。

「調査を頼みたいことがあって連絡しようとしたんですが、連絡が取れなくて...」

「ふぅん。こいつね」

「ご存知ですか?」

ため息を吐き名刺を受け取る。

「神の名前、オオヤマツミを自称するイカれた男よ。

 こんな奴に頼むより安城家を頼った方が......」

「......」

「まあいいわ。名刺のこの部分を見て。」

名刺の側面を見せる鯉口。

「この模様は......?」

「暗号よ。まったく面倒な...これを名刺に書かれた偽の電話番号と合わせて...と」

名刺の余白に11桁の数字を走り書きして朝日に渡す。

「はい。これが電話番号よ。

 でも、こいつに頼むのはお勧めできないわ。腕はいいけど質が悪い典型みたいな奴よ。自分が認めた殺し屋にしか連絡先を教えないし、報酬も金では受け取らないし...」

「腕がいいなら十分です。ありがとうございました。」

頭を下げて部屋を出ていく朝日の背中を見て肩を落とす。

「腕はいいなんて言わない方がよかったかな......」


誰もいない教室に戻ると名刺に書かれた番号に電話をかける。

1コールで相手が出る。

「もしもし。大山さんですか」

「安城朝日君か。

 親父...安城仮次と戦った時の傷はどうかな?

 安城家の跡取りの事情についてどう思った?」

出た瞬間、リゾートのカジノで聞いた声に質問攻めにされる。

「......あの時はカクテルをありがとうございました」

「いやあいいんだよ。

 その様子じゃあ体調はいいようだね。それに安城家の事情も納得してるみたいだ」

何も答えていないのにすべてが筒抜けになる...いや、元から知っていたことをあえて尋ねたのだろうか。あの時とは違う得体のしれない様子に思わず背を震わせる。

「で、今日は何の用?

 ご両親がなぜ殺されたのか知りたいの?誰に殺されたか?」

「......知っているんですか」

「さァてどうかな?」

握りこぶしから血が垂れる。

「いえ。それは自分で調べるので」

「いいねえ。ブラフをかけた甲斐があったよ。

 特別に今回はタダで情報を売ってあげよう。

 守秘義務の範囲外でことの顛末を教えてくれるのが条件だがな。」

「『藪』っていう情報屋を探しています。数日前会ったんですがその時に頂いた情報について聞きたくて」

「へぇ~。無理やりPCから吸い出した情報を『頂いた』ねぇ。」

何故知っているか、とは今更思わない。

「藪の居所なら...ああ。昨日仮次にあいつの行きつけの情報を流した情報屋がいるみたいだな。一応こっちからも送っておくから確認しときな。世間は狭いねェ」

「!そうですか。ありがとうございます。」

「それだけかい?今のは仮次も持ってる情報だからもう一つくらい情報をやるよ」

「それでは...あるリストに載っている人物について知っていることがあれば教えていただきたいんですが」

「ま、分かる範囲なら教えるよ」

ラティーマに頼んで電話番号経由でリストを送付する。

「どうでしょう」

「......リスト自体は見たことがないな。載ってるのも知らない名前ばっかだな。

 知ってる名前も死んだ奴だけだな」

「そうですか...」

「待て!」

肩を落とし通話を切ろうとする朝日を大山が止める。

「この名前知ってるぞ。ちょうど数日前、居所も掴んでる。

 数年前に所属していた研究所を壊滅させた来歴不明の天才研究者にして兵器開発者。

 こんな大物がいるなんてこのリストは一体......」

「本当ですか!?それは誰ですか!?」

「九条光...!こいつだ。

 住所は今送った。」

「ありがとうございます!それではまた」

電話を切る。

「ラティーマ!」

『情報屋の藪の情報については送信しました。

 九条光、安城竹光氏についての情報はこれから送信します。』

「......ラティーマ。ここからその場所までどれくらいかかる?」

『車でだいたい一時間かと。』

「裏路地には個人タクシーのような仕事の人がいたはず。

 ここに車を一台呼んで。」

『反対します。

 何があるかわかりません。仮次氏や竹継氏に話してから、少なくとも誰かと一緒に行くべきかと。』

「話せばきっと家で待っていろと言われるでしょ。

 仕事場に見学に行くのとはわけが違うでしょうし。」

『......危険だとわかってはいる、ということですね。

 わかりました。データの送信は保留にしましょう。しかしその場所に到着し次第、マスターが居ること込みで報告いたします』

「それでいいから早く。タクシーを呼んで。」


「今日は本タクシーをご利用頂きありがとうございます。運転手の神崎です」

黒塗りの大型車から降りてきたのは黒いタキシードを着た壮年の男性だった。

黒いもじゃもじゃしたひげが顔の下半分に生えており、鍵がじゃらじゃらついたベストをつけているせいでタキシードが全く似合っていない。

「さ、お乗りください。行き先は聞いております」

「はい。お願いします。」

後部座席に乗り込んだ朝日がシートベルトを締めるとスピーカーから声が聞こえる。

「音声はシャットアウトしておりますのでご安心してお寛ぎください。

 ご希望ならば運転席との間のガラスをスモークにいたします。

 何かありましたらそちらの受話器をお取りください。

 それではクソッタレな陸の旅をお楽しみ下さい」

車が動き出す。

「ラティーマ。あの場所の詳細な情報はある?」

『はい。もともとは薬品の研究所があった地上三階の建物ですが現在は廃業。

 電力の供給も途絶えているようですが...非常用電源の備えもあったでしょうし不思議ではありません』

「内部の地図は?」

『3Dマップを投影します』

膝の上に置いたラティーマから光が放たれる。

『彼がどこにいるかもわかりません。やはり誰かの到着を待つべきでは?』

「...いや、とりあえず一通り自分で見て周る」

『マスター。焦ることはありませんあなたはまだ学生です』

「わかってる。これがわがままだってことも......」

『マスター...』


一時間後

「ではお帰りの際はまたご一報を」

目的地に着くと神崎は車に乗って去っていった。近くの駐車場で最大12時間は待ってくれるらしい。

「じゃあ、入ってみましょう。ラティーマ、安城家に連絡は?」

『もう既に。折り返しの連絡が来ていますが...』

「無視して。どうせ止められるに決まってる」

AIであるラティーマはともかく、安城仮次と安納竹継は思春期の少女の心情を汲み取ることはできなかった。

自分の両親のことなのに自分が蚊帳の外にされているという疎外感。

安城朝日は怒っていた。

太もものベルトからナイフを引き抜く。

「ラティーマ。周囲の警戒をお願い」

『...了解しました』

正面の扉に手をかける。

「まあ、鍵かかってるよね。ラティーマ、隙間からワイヤーを通せそう?」

通電したワイヤーを操りドアの下から通し内鍵を開けようとする。

「どう?」

『......掴みました。本体をひねってください』

ラティーマを右に捻ると「カチッ」という音がする。

『マスター。くれぐれも慎重に』

「どうしたの?何かいた?」

『いえ、逆です。廃棄された建物ならば虫や鼠などの小動物が居てもいいはずですが...そのような足音がありません。何者かが未だに管理している可能性があります。』

「わかった。」

ゆっくりとドアを開ける。

ラティーマのライト機能で辺りを照らしてみる。

リノリウムがところどころ剥がれている床は汚れてはいるが埃や土はない。

「ここが廃業したのって2年くらい前でしたっけ」

『はい。やはりおかしいですね』

一階の部屋を見て周る。実験室や会議室などの部屋があったが割れたビーカーや試験管、薬品以外に危険なものは無かった。

もちろん人の影、気配もである。

『マスター。仮次氏がこちらに向かっています。

 なにかするのであれば急いだ方がいいかと。』

「うん。じゃあ二階と三階を......」

二階への階段を慎重に上がる。

「キャッ!」

『これは......』

ライトで照らされたのは階段を登り切ったところにある鼠の死骸だった。

『死んでからかなり経っていますね...しかし...』

「どうしたの?」

『いえ、虫に食べられていないのが少し妙かと。

 とにかく急ぎましょう』

二階、三階を見て周るが人影はない。

「......もしかしてもうここにはいない、とか」

『そうかもしれませんね』

一階まで降りてもう一度部屋を見て周る。

『地下階があるかと思われます。情報にはありませんでしたが』

「......周辺警戒の応用で何か探れる?」

『私の機能で調べられる範囲では地下に空間があることはわかりますが...』

「でもだいたいこういう本棚に、」

本を何冊か抜き取ると本棚の奥に小さなスイッチがある。

「本当にあるなんて......ラティーマ。」

『はい』

ラティーマから伸びたワイヤーがスイッチとその外枠の間に入り込む。

『何々......なるほど?』

「わかった?」

『爆破装置につながっている類のスイッチではありません』

スイッチに指をかける。

「......どう思う」

『押すべきではありません。

 地下への扉が明らかになる可能性もありますが、どう開くかも不明、中に何がいるかも不明です。

 二階の鼠の死骸を憶えていますか?あれに虫が近付けないのも、一階に小動物の気配がないのも地下に原因がある。そう推察できます』

「......」

朝日の背筋を汗が伝う。

『マスター』

「......そう、だね」

指を離す。

「父さん達の到着を待とう。

 ついでに神崎さん、だっけ?彼は帰ってもらっても大丈夫そうだから連絡をお願い」

『了解しました』

建物の外に出て入口の階段に座る。

焦る気持ちはあったがスイッチは押さずにいれたことに朝日は恥ずかしく思っていた。

自分の両親への気持ちはただの悪い予感に負けるものなのか。

ヘリコプターの音が近付いて来る。

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