第44話 気配

「情報部長はいるか?」

安城仮次は仕事の後、裏路地本部を訪れていた。

やけに明るい一般の会社のオフィスのようなフロアが裏路地本部情報部である。

窓口の女性に話しかけると、彼女は眼鏡をかけ直し受話器を取る。

「部長は戻ってきていますか?...はい。...はい。了解しました。」

受話器を置く。

「残念ですが現在席を外しております。アポイントメントを取れるよう申請なさいますか?」

「そうか。それならいい。伝言も不要だ」

「了解いたしました。お手数をおかけしまして申し訳ありません」

頭を下げる女性に会釈をして明るいフロアを離れる。

「嫌われたもんだな...」

受付に座っている人間が部長の不在を知らないわけがない。

大方、居たとしても誰が訪ねてきたかをチェックしてから会うかどうか決めているのだろう。

仮次は裏路地を出ると携帯端末を取り出し電話をかける。

『...何の用だ』

「情報が欲しい」

『自分の家の部下か裏路地のエリートさんに頼むんだな。

 ああ、裏路地には断られたか。嫌われ者はつらいねェ

 そっちの情報部は前の代表の...』

「......」

『で、何の情報が欲しい』

「藪というフリーの情報屋の現在のヤサ、もしくはよくあらわれる場所、もしくは最近現れた場所、もしくはそれに準ずる情報を買う」

『藪か。そういや最近見ねェと思ったが...何か巻き込まれてんのか』

「情報を買うのはこっちの筈だが」

『ああそうかい。

 さっき言った通り最近あいつの姿は見てないし、連絡も取れない。

 だから俺が教えられるのは行きつけの場所を何か所かくらいだ。

 まあそのうち一つはお前が潰したわけだが』

電話の先の男の声に棘が混ざるが、それを気にせず仮次は別の端末を操作する。

「今送ったURLに情報を転送してくれ。

 あと一応、添付のリストを見てくれ」

『?容疑者リスト...?』

「それについて何か知ってるか?」

『いや、知らねェな。

 ...オッケー。今送った。料金はいつものところに』

「ああ。何か知ってることがあれば、」

『わかってる。』

電話が切れる。

「...一か所は近いが、まさかこんな裏路地本部のそばにいるわけないか?」

肩をピクリとさせた仮次はため息をつき歩き始める。

角を曲がって最初にあるコンビニに入り、ペットボトルの飲料が陳列されているコーナーの前に立ち、道路に面した窓から外を見る。

尾行はない。

怪しまれないよう念のためペットボトルの水を買って外に出る。

「...」

キャップを開け水を飲みながらペットボトルに反射した背後の様子を見るがやはり尾行の気配はない。

電話の途中でわずかに感じた気配が今は毛ほども感じられない。

「どういうことだ...?」

名簿の情報を外部に漏らしたことが誰かに知られたのだろうか。しかしそれが裏路地に不利益な情報とも思えない。

殺し屋の中で索敵能力が劣っている仮次だがそもそも裏路地側の人間に本部の近くでちょっかいをかけるような人間はこの業界に存在するわけがない。

「......」

少し迷った仮次はUターンすると裏路地本部への道を戻ることにした。

上長に投げることができるのは組織人の権利である。


「当主!例の調査の途中報告が上がりました!」

「ああ。お疲れ様。」

「それから、岩岡から道場の件で話したいことがあると言っておりました。」

「時間がある時に当主室へ来るように伝えておいてくれ」

「はい。失礼します!」

一人になってから当主室の机に足を載せた竹継は端末を立ち上げる。

「ふむ...」

ラティーマが探し当てた容疑者リストに名前があった人間の調査経過報告書を読む。

「何...!?」

調査開始から一週間、すでに8割の人間の死亡が確認されている。

そのうち半分は殺されており、残りもほとんどが疑問の残る事故死だった。

「さて、調査中の人間の中に生き残りが居ることを願うか、それとも...」

容疑者リストが何なのかリストに載っている人間から手がかりを得るはずだったが、彼らが殺されているとなれば幸か不幸か彼らを殺した人間、組織を突き止めることができれば朝日の両親が誰に殺されたのか、なぜ殺されたのかがリストが作成された理由を探るより一足跳びに分かることになる。

しかし裏社会の人間による殺害の場合、その犯人の調査は難しく複雑になる。

裏路地のような大きい組織ならばその隠蔽は完璧なため、真相を知るにはその組織自体に圧力をかけるしかないがそもそも組織の正体を掴めていなければ圧力のかけようがない。

「しかし裏路地の関与はない、はずだ...」

つまりは別の組織の...そう竹継の思考が行き当った時、扉がノックされる。

竹継は足を机から下ろし端末の電源を落とす。

「どうぞ」

「失礼します!」

当主室に入ってきたのは道着を着たスキンヘッドの男、岩岡だった。

「時間をいただきありがとうございます」

「何かあったか」

「それが、ここ数日で入門希望者が十数人も来ておりまして」

「いつもの通り経歴に問題なければ入れてやればいいだろう」

「裏路地や下部関連組織でもない人間でして」

竹継は目をほんの少し見開く。

「...珍しいな」

「おそらく雨宮洋、あの雨宮家の人間を受け入れたことが原因かと」

「ふむ......」

「どうしましょう。理由を付けて断りましょうか。

 幸いと言いますか、向こうも半ばダメ元のような雰囲気でしたので...」

「いや、受け入れてやれ」

「よろしいので?」

「ああ。ついでに仕事の口がなさそうな奴がいたら仕事を振ってやれ。

 他の門下生と同じようにな。」

岩岡は驚いて何か言おうとしたが結局何も言わず当主室から退出した。

先代が代表だった時から安城家に仕えている熟練の殺し屋である彼から見ても安城竹継の組織運営能力はずば抜けていて信頼に値すると考えている。

それを抜きにしても安城家は武の家である。彼にとって未だ最強の存在である先代を倒した竹継に意見はしても反対する気は彼には無かった。

「それにしても...」

それだけに部下を使ってまで一つの事件について調べているのが彼には意外だった。

養子とはいえかわいい姪の出自のことだから神経質になるのもわかる。

岩岡も可愛がっている(この場合の「可愛がる」とは血反吐を吐く訓練を施すことをいう)門下生の末っ子だからできるだけ力になるつもりだが、当主としてはどうだろうか。

「それとも当主には別の狙いがあるんだろうか...」

「岩岡さん!また入門希望者が...!」

廊下の先から門下生が走ってくる。

「ああ。その件については当主の許可を貰えた。一般の希望者と同様に対応するように。」

結局岩岡の疑問は答えが出ない性質だったこともあり頭から薄れていくことになる。

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