殺し屋とその義娘

湯湯原椰子

第1話 吉田家の事件

殺し屋の安城仮次あんじょうかりつぎは仕事が終わった後、依頼の委託元に電話をかけた。

「仮次です。先ほど終わりました」

「仮次様、お疲れ様です。清掃班を派遣します。」

オペレータの女性が対応する。

「交通費の申請時に詳細な報告をお願いします。」

「了解」電話を切る。

特徴のない顔の男、仮次は黒いスーツの内ポケットに支給されたスマホをしまう。

時刻は11時前。

今日はもう仕事がないため車を呼ばずゆっくり帰ることにする。


道を歩いていると真新しい血のにおいがした。

どうやら厄介ごとのようだ。

暇な仮次は自分以外の誰かの仕事ぶりを見学させてもらうことにした。

血のにおいを辿る。

吉田という表札がある一軒家に辿り着いた仮次は仕事用の手袋を嵌め、

ドアを開ける。鍵は掛かっていない。

一応靴を脱いでお邪魔する。

リビングには死体が二つ。写真立てを見るに夫婦だろう。

リビングのあちこちに血だまりがある。

妻だったであろう死体には折り畳みナイフが刺さっている。

夫だったであろう死体にはナイフを刺した跡があちこちにある。

夫はかなり抵抗したようで腕にもいくつか刺し傷、切り傷があった。

一応凶器を回収しキッチンにあったラップで引き抜いたナイフを包んで懐に入れる。

ラップを棚の元あったところにしまい、彼は兄に電話をかけた。

どうやら身内の犯行ではないようだ。

余計なことに首を突っ込むなと軽く怒られた後に電話を切る。


仮次は気づいた。

写真に一緒に写っている少女の姿がない。

腕にかかるかかからないかの黒い髪の少女、冷静な黒い瞳に無邪気な笑顔。

おそらくあと数年すれば美少女になるであろう少女。

写真を見る限り、小学校高学年か。

連れ去られたようにも思えなかったが、

平日だから学校に行っているのだろうと納得した。

4月上旬であることを考えると始業式かもしれない。

幸か不幸か生き残った少女のことを考えながら二階に上がる。

夫婦の寝室と思われる部屋に入ると引き出しという引き出しが開けられていた。

もう一つの部屋のネームプレートには『朝日』と書いてある。


娘のであろう寝室のドアに触れたその時、階下で扉の開く音がした。

インターホンを鳴らさないところを見ると訪問客ではないようだ。

彼が階下に降りる途中で悲鳴が聞こえた。

一階に着くと、少女が両親の死体のそばでうずくまって泣いていた。

近づいて声をかける。

「ここの娘か?」

少女はとっさに顔を上げる。涙がこぼれている。

「警察の人ですか?」

「いや、違う。ちょっと気になってお邪魔しただけだ。すぐ出ていくよ。」

車を呼ぶためにスマホを手に取ろうと懐に手を入れる。

少女がその手を右手で掴む。

「何かな?ああ、君の両親のことか。それは、」

彼は言葉を続けることはできなかった。

少女の握られた左拳が鳩尾に直撃する。

大した威力ではないが不意を突かれた仮次は一瞬息が詰まる。

事情を説明するため距離を取ろうと後ずさるが

少女の右手はまだ彼の腕をつかんでいて、

後ずさる彼の動きを利用し飛びかかった。

重心が崩れた彼は少女にマウントポジションを取られた。

彼女は左拳を振りかぶり、彼の右目を狙う。

流石にこれはくらっていられないと思った彼は腰で少女を跳ね上げ、

後ろに回り、頸動脈を締め上げる。

暴れて仮次の体にいくつか青痣を作った後、少女は気を失う。

拳を握る力が強すぎたのか、少女の手のひらには爪が食い込んでいた。

仮次は少女の体をソファーの血が付いていない部分に横たえる。

どうやら少女は仮次のことを両親を殺した犯人だと勘違いしたようだ。

当初の予定通り通りすがりを装い警察に電話しようとして、指が止まる。

気絶している少女の横顔を見て少し考え、

清掃班に電話を掛けた。

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