第2話 父娘契約

少女、吉田朝日はソファーの上で目を覚ました。

応接室のような部屋で、膝ほどの高さの机を挟んでソファーがある。

「おっ、目を覚ましたか。」

体を起こし、ソファーの後ろを見るとグラスを持った男がドアの前に立っていた。

仮次は朝日が寝ていたソファーを回り、向かいのソファーに向かって歩く。

「あの、ここはどこですか?」

彼女は頭の芯が痺れるようで寝る前のことが思い出せない。

「まあここがどこかはどうでもいい。どうせ二度とは来ない。

 で、今どんな気持ちだ?」

彼女は頭を抱えてうつむいたまま動かない。

「ん?記憶障害か?まいったな」

ソファーに座った仮次は顔を覗き込む。

血を流して倒れる両親と家にいた男の顔を思い出した朝日は、

仮次の鼻に額をたたきつける。

「おおっと。よかったよかった。覚えているようだな。」

仮次は鼻を押さえがら右手で少女の首筋にナイフを突きつける。

「よくも!私のパパとママを!」

「落ち着け。まず自己紹介といこう。

 俺の名前は安城仮次。君の名前は吉田朝日だな?」

口を開かずにらみつけると男はナイフを懐にしまい、ソファーにもたれかかる。

「1つずつ疑問を解決していこうか。君の両親だが、そう。俺が殺した。」

「なぜ私のパパとママを殺したの?」

仮次は右手の人差し指を立て、目の横でくるくると回す。

「俺の番だ。君の名前は?」

「なぜ私のパパとママを殺したの?」

仮次はため息をつく。

「あーーー、じゃあいいよ。まず君の疑問にすべて答えよう。

 そのあとで俺が質問する。これでいいか?」

余裕そうな表情を浮かべる仮次に神経を逆なでされた朝日は両こぶしを机に叩き付ける。

「何で!私の!パパとママを!殺した!」

「仕事だ。俺は殺し屋でね。」

「何で私は殺さないの!?」

「仕事の対象外だ。君、ついでで人を殺すのかい?それはどうかと思うね」

「この人殺し......!」

からかうような男の口調が朝日の感情をさらに逆撫でする。

「こっちの質問の番でいいかな?」

「吉田朝日」

「?ああ、君の名前か。じゃあ年は?」

「16歳」

仮次は目に見えて困惑している。

「高校、1年生かな?」

少女、朝日は無言で睨み付ける。

朝日は自分の体は絶賛成長中であり、困惑する仮次に対し憤慨している。

「よし。こんなものかな。」

学校の成績や友人関係などの質問をした後、会話を一方的に切り上げる。

「待って!まだ聞きたいことが」

「じゃあ最後の質問だ。」

不満げな朝日をよそに仮次は懐からさっき見せた物とは違うナイフと二つ折りの携帯電話を取り出し、机の上に置く。

朝日から見て左側にナイフ、右側に携帯電話を配置する。

咳払いをして仮次は芝居がかった口調で話し出す。

「君には二つの選択肢がある。

 一つは携帯電話を手に取り、一つだけ入っている連絡先に電話する。

 電話先の彼は君の新しい家を用意し、君は南の国で今後一生平穏で豊かな生活を保証される。望むなら北の国でもいい。」

仮次が私の目を見て笑う。

「しかしその場合、君は絶対に復讐を果たすことはできない。

 電話先の人間は俺のことを直接は知らないし、間接的に俺にたどり着くこともできないだろう。」

「......」

朝日は表情を変えず仮次の顔を睨み続ける。

何故かがっかりした様子の仮次はナイフを指し示して言葉を続ける。

「もう一つはそのナイフを手に取り、復讐を遂げることだ。

 君にはそこそこの才能がある。さっき俺にボディーブローを食らわせたしな。

 もちろんただで殺されるつもりはない。君には殺し屋としての訓練を受けて強くなって、殺し屋として生きてもらう。」

仮次は朝日の目を見てさっきより凶悪に顔をゆがめて言葉を続ける。

「具体的には俺の娘として生きてもらう。『安城家』の一員としてな。」

屈辱で朝日の握りしめた手に力が入り体が震える。

この仮次という男は父を殺しておきながら、自分の娘になれと言っている。

二つの選択肢など知ったことか。

もうこの男が息をしていることが許せない。

朝日は頭の中でそう考え、密かに覚悟を決める。

「じゃあ選んでもらおうか。」

「......少し考えさせてください。」

「君の一生にかかわることだ。ゆっくり考えるといい。」

考えるふりをして朝日は部屋を確認する。

窓はなく、棚には書類。扉は座っているソファーの後ろ。

テーブルには酒の入ったグラスとボトル、そして携帯電話とナイフ。

朝日の向かいのソファーに座る仮次は少なくとももう一本ナイフを持っている。

朝日は意を決してソファーから立ち上がる。

右手をゆっくり携帯電話に伸ばしながら仮次の顔をちらりと見ると、朝日の右手に注目しているように見えた。

携帯電話に触れる寸前、仮次がほっとしたように息を吐くのを朝日は感じた。

その瞬間、朝日は左足でナイフを蹴り飛ばすと同時にグラスを掴み仮次の顔に打ち付けようとする。

「選んだのはナイフということでいいな。」

仮次は朝日がナイフを蹴るのと同時にテーブルを少し蹴り上げてナイフの軌道を変え、肩口を通り過ぎようとするナイフの柄を右手で掴み取っていた。

仮次の左手は朝日の右手をグラスごと握って止めていた。

仮次は朝日の腕を捻り上げてグラスを傾け、中身を飲み干した。

グラスを置いた男は朝日の右手にナイフを握らせて笑う。

「じゃあこれからよろしく。安城朝日。わが娘。」

花の香りがすると思った時には朝日の意識は遠くなっていた。


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『一軒家のセーフハウスの手配に訓練校への編入か。』

「よろしく。兄貴。」

仮次の電話に出た仮次の兄、安城竹継たけつぐは部下に指示を出しているようで、とぎれとぎれに仮次と会話する。

『まあ安城家の人間のためだ。で、その子の名前は?』

「朝日だ。」

か。よし。訓練校にねじ込んでおこう。

 だが訓練校の校長はお前の同期だろう。直接交渉したらどうだ。』

「安城家の当主のほうがねじ込みやすいだろ?」

『そういうことにしておいてやろう。セーフハウスの座標はメールで送る。』

「ありがとう。金はいつものとこから抜いといてくれ。」

『わかった。だが仮次』

「なんだ」

『本当に彼女、朝日をおまえの娘にする気か?』

「そうだ。何を今更」

竹継は躊躇いながら言った。

『お前は、もう安城家にこだわる必要はないんじゃないか』

「それは、」

それは父を殺して『安城家』を継いだ者が言うにはあまりに残酷な言葉だと仮次は思った。

「ただの気まぐれだよ。兄貴が心配することはない。」

『そうか、いや、いいんだ。じゃあな。メールはもう送っておいた。』

明らかに納得のいっていない竹継が電話を切る。

メールを確認する。セーフハウスはこのあたりより都心の方のようだ。

朝日を抱え上げ、ビルの裏口に用意していた車に乗る。

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