第25話 休暇から戦場へ

光陰矢の如し、と言うほど大袈裟な話ではないが、こと休暇というものは半分を過ぎると残り半分は駆け足で過ぎて行くものである。

ロビーのソファーで目覚めた安城朝日と西東恵はレストランで食事を取り結局大部屋に戻ってこの日何度目かの睡眠を取った。

その後は風呂やエステなど恵に連れ回され、気づけば休暇の終わりまで一時間を切っていた。

集合場所であるレストランに向かうと他の生徒たちもほとんどそこにいた。

「朝日くん!恵くん!一日ぶりだね!」

横田熱男もそのうちの一人で、大きな皿に乗ったこれまた大きなステーキを貪っている。

「皆はどうしてた?」

「あの後風呂に入ってから爆睡して、起きたら早朝だったよ。軽く遠泳して朝風呂に入って今に至るね。」

「俺は露天商の集まるバザーに行ったぜ。

 掘り出し物のパームピストルが戦利品だな。」

「バーで飲んでた」

「俺も」

「カジノで50万スッちまった......

 これ、親に連絡行くよな......」

「起きてからずっとここで飯食ってる」

数人はこんがりと日焼けまでしている。

殺し屋の仕事がチームで行われるようになったのはここ100年ほどのことだからなのか、一部を除き殺し屋という生き物は協調性にかけるようで朝日と恵以外は単独でバカンスを楽しんでいたようだ。

「皆揃ったみたいね。

 じゃあ少し早いけど出発しましょうか」

鯉口美穂がレストランに入って来た鯉口が指を鳴らすと、生徒たちの前に一枚ずつ紙が出現する。

の内容はマンハント。

 指定されたエリアにいる標的を生死問わず捕らえること。

 裏路地が規定する悪人度が高いほど得点が高くなることになってるから、詳しくは書面で確認すること。」

「て、定期試験!?」

「いきなりか......!」

殺し屋の卵とはいえ生徒たちも騒然としている。

「殺し屋というのは昔から計画を立てて綿密にブリーフィングをして臨むものです。

 しかし時間の余裕がないこともよくあります。

 今回はその想定です。」

朝日達が椅子に座ったまま書類に目を通す。

「あと、試験エリアは裏路地の協力でさりげなく封鎖されています。

 そしてそのエリアから裏路地の殺し屋は全員退去しています。

 その上で一人につき一名監視員が付きますが、彼らの助力があった場合は当然ポイントは認められません。

 何か質問は?」

「はい」

朝日が手を挙げる。

鯉口が頷き席から立ち上がる。

「その......マンハントの対象、標的ですか?

 その指定が無いようなんですが」

「ああ。試験エリアについて話していませんでしたね。」

鯉口は厚目のコースターのような機械を懐から取り出すと、テーブルの真ん中めがけてそれを放る。

朝日の皿の近くに落ちたそれの中心から青い光が放射状に放たれ、テーブルの上にどこかの町の立体図が浮かび上がる。

「東京都の『甘山区』のC町を中心とするこのエリアは民間人は居住しておらず非合法組織のたまり場です。裏路地とは関係ない、ね。」

「つまり、標的は...」

「そう。このエリアにいる人間全てです」


そこからの流れはスムーズだった。

そのまま空港まで移動し小型の飛行機で本土の空港まで飛び、一般客とは別の通路を使い地下の駐車場に降りると待機していた大型のバスに乗せられ、一人ずつ別の場所で降ろされた。

「合宿はどうだった?」

朝日を出迎えたのは義父の安城仮次だった。

「......なんでここに?」

「俺がお前の監視役だからだ。」

朝日は仮次の差し出した手を無視してバスを降りる。

「で、どうするんだ」

「あなたには関係ありません」

朝日は配られた資料に視線を落とす。

「なるほど。ポイントは身柄を回収後に裏路地の監査役が判定......見かけが強いだけの不良を倒してもダメか」

資料を丁寧に折り畳みポケットに仕舞う。

「まだ実戦は早いというなら、今回はやめておくか?なんなら父自ら、」

ワイシャツの袖を捲る仮次を無視して歩き出す。

「なんだ、つれないな。

 授業の一環とはいえせっかく現場で一緒になれたんだから、頼ってくれてもいいんだぞ」

朝日は立ち止まり、ため息を吐く。

「賞品に興味はありませんが、大物狙いで行きます。

 これだけ伝えれば監視役としては十分でしょう」

「父としては不満だが、別に監視役にプランを伝える必要はないぞ」

意地悪く笑う仮次に思わず舌打ちをしてしまう。

それを見てますます機嫌を良くした仮次は前を指差す。

「ほら、早速一人目だ。

 お手並み拝見。」

そう言うと気配を消す.......のではなく、通り過ぎた一般人に自らを偽装する。

無精髭を剃り眼鏡をかけ、スラックスにワイシャツを身につけたその姿は仕事帰りに治安の悪い地域に迷い込んだサラリーマンそのものだ。

そんな仮次には目を止めず、金髪で青いアロハシャツを着てサンダルを履いた浅黒の若者が近寄ってくる。

「お嬢ちゃん。ここらは物騒だぜ。家に送ってあげようか」

「?どうして?」

若者は周りを見渡しながらさらに近寄る。

「見てわからねぇか?

 親はどこにいるかわかるか?

 まさか一人じゃねぇよな」

朝日は5秒前まで、迷子を装って適当な不良に近づき一撃で気絶させてから、その携帯を奪って仲間もしくは上の立場の人間を呼び出し各個撃破してまた携帯を奪い......という作戦を取ろうとしていた。

しかし運悪く最初に目についた若者が、更に運悪く彼女の芯を食ってしまった。

朝日は右手でスカートの右側をさっとたくし上げスパッツの上から巻きつけたホルダーから投げナイフを二本抜き取ると、一本を若者の太もも目掛けて投擲する。

「ぐあああああ!

 !?な、ナイフ!?」

「名前は?」

右の太ももを押さえて仰向けに倒れる若者に近づく。

「な、なんだ!?」

朝日は右手に残ったナイフを振り投擲。

見事一本目のナイフのすぐそばに命中する。

「ぐわああああああああ!」

「あなたの名前は?」

悲鳴に構わずさらに二本のナイフを手に取りもう一歩近づく。

「た、田川。田川一郎だ!

 なんなんだお前!

 どこの組の......いや、本当になんなんだ!」

朝日の足が止まる。

「どこの組?」

「い、いや、何でもねえ!許してくれ!」

上体を起こし腕の力で必死に後ずさろうとする若者の右手の甲にナイフが深々と突き刺さる。

「ぐぅぅぅっ、がぁっ」

「田川さん。あなたはどこかの組に所属している、と言うことですか」

「違う!近いうちに下で使ってくれる予定だっただけだ!殺さないでくれ!」

「なるほど。

 ではその組の名前と、あなたの上司になるはずの人の名前、連絡先、持っている武器、構成員の人数を教えなさい」

田川は顔色を変える。

「そ、そんなことできるか!

 それこそ殺されちまう!」

朝日はナイフを振りかぶるが、田川は目をつぶって顔を背けるだけで話そうとしない。

「はぁ......

 では組の名前と事務所か何かの住所。これくらいは話してもらえますね。」

「あ、ああ。

 名前は虎藤組。

 事務所の場所は、」

彼が震える左手を懐に入れると反射で投げたナイフが彼の左頬を薄く切り裂き、路上に刺さる。

「うわっ!な、なんだよ!」

「怪しい素振りをするからです。」

男は手から落とした財布を朝日の方へ蹴る。

「その中に名刺が入ってる。」

拾い上げた朝日はカード入れの中を探る。

「これですか?」

なんの装飾もされていない名刺を取り出すと田川は何度も頷く。

「藤寅興行(株)

 代表取締役 藤寅和之...

 名前が入ってますけど」

「偽名だよ。

 いや、だと思う。俺みたいな下っ端にわざわざ偽名は使わないと思う」

頷き、名刺をポケットに入れ、財布を田川の腹の上に投げる。

「なるほど。それでは......」

「つつつ......いい加減、救急車か何か呼んでくれ、」

気が抜けて油断した隙に近づき、拳で顔面を二回、三回と殴る。

「ぐはっ!?」

気を失ったことを確認したのか仮次が姿を現す。

「いい手並だが、相手がこれじゃああまり判別できんな」

そう独り言を言うと携帯端末を操作し、裏路地の回収人員を呼ぶ。

その間に朝日は男に刺さったナイフを回収し血を拭ってセットし直すと、名刺にあった住所に向けて歩き出す。


その地区の一番高いビル、といってもせいぜいが十階だが、その屋上に三つの人影があった。

一人は訓練校唯一の常勤教師、鯉口美穂。

一人は裏路地の代表である宮木雄一。

残る一人は若くして市長となった人物で、青と水色の細いストライプ生地のスーツを身につけた黒髪の若い男だ。

「どうです市長。この地区の不良や暴力団、その他非合法の組織などは今日の内に全滅でしょう。」

設置したモニターに映る、生徒達が不良を倒していく姿を見せながら滔々と語る宮木に対し、市長は苦い顔のままで応じる。

「ただし君達を除いて、だろう」

「我々のことは必要悪とでも考えてください。毒も使いようによっては薬になると言うでしょう」

「薬ならばいい。勝手に人の口に飛び込んだりはしないだろう。

 しかし君達は君達の意思で動く人間だ。

 使っているうちはいいかもしれないが、他の誰かに使われる可能性を考慮せざるを得ないね」

「まあ我々も一枚岩ではありませんし、そういう心配も無理なからぬことでしょう」

クククと笑う宮木の態度は仕事の依頼主へのそれとは到底思えない。

「それではいかがです?殺し屋相手に怯まない、屈強なボディーガイドが必要では?」

「その手には乗らない。君達との関係も今回きりだ。

 宮下くん。私は下の部屋で休ませてもらうよ」

市長はそう言い、階段を降りる。

「ごゆっくりー」

市長の足音が聞こえなくなってからたっぷり1分後、宮木が変装用のマスクを取ると落ち窪んだ目をぎょろりとさせた本来の顔が汗だくで現れる。

宮木は小型の無線機を取り出す。

「おい!涼しいタイプを用意しろと言っただろう!」

『無理を言わないでください』

「フン。で、録れただろうな」

『もちろん。非合法な組織の怪しげな男女と取引をする新米イケメン市長の図が撮れました。

 音声もバッチリです』

「そうか。本間に代われ」

しばらくゴソゴソと音がする。

『はい。本間です』

「現場の映像は大丈夫だな?」

『浄化対象が身元不明の少年少女に暴力を振るう姿を十数件撮れました。

 これだけあれば撮り逃した対象も合わせて検挙できるかと』

「そのまま続けろ」

宮木が電話を切る頃には鯉口も変装を解いていた。

「相変わらず狡い交渉紛いは得意ね」

「逆に何故お前達は得意じゃないんだ?」

鯉口の嫌味にも余裕の態度で応じるほどに宮木は上機嫌だ。

「しかし、お前が生徒を実践投入する作戦に同意するとは思わなかったな。

 案外狡さではお前の方が上じゃないか?

 今回の依頼料は丸々お前の懐だろ」

「経費でほとんど搾り取っておいてよくそんな口が聞けるわね。

 合宿の費用でトントンよ。」

その時、宮木の携帯端末が震える。

「なんだ?」

『安城朝日が対象Tと接触しました』

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