幕間 一般的殺し屋の例 その1

俺の名前?匿名じゃダメなのか?

ああいい。わかった。わかったよ。

一度だけ言うぞ。

春風智明だ。

自分の名前が嫌いなんだ。特に苗字。

で、このインタビューの趣旨は何?

午後の仕事の代わりらしいから、

早めに終わったら温泉にでも行きたいんだ。明日は休日だし。

今の仕事についたきっかけ?

あんたらが俺を誘拐して半強制的に就職させたんじゃあないか。

なんでわざわざ俺に聞く必要がある?

いや、不満はない。諦めかけてた親への仕送りもできるし。

ただ不思議なだけだ。

この仕事をやっているとそういう不自然な、

不思議なことへの忌避感があるからな。

ああ、俺の視点からの話を聞きたいのか。

じゃあ話すぞ。

録音機のスイッチは入れたか?


俺は小さいころ、虫取りに夢中になってた。

バッタやカマキリ、蝶。

そいつらを捕まえて、自分の手で引き裂いてた。

一度親に見つかって怒られてからは隠れてするようにしてた。

高校生になってからは虫を殺すことは無くなったけど、

衝動が治まったと言うよりは、もっと大きなものを殺したいと考えていた。

でも倫理観か何かが育っていたからか衝動が表に出ることはなかった。

幸運なことにペットは飼ってなかった。

もし飼っていたら確実に殺しちまってただろうな。

んで、高校二年の時だった。

弟が生まれた。

流石に弟の名前は匿名でいいよな?

母さんは若いころに俺を産んだから、

表現は変だが普通の高齢出産だった。

生まれて数日は会えなかったけど、病院で親父に手渡された。

「しっかり首の後ろを持てよ」って言われたのを覚えてる。

俺の腕に思ったより重い弟が手渡された瞬間、『殺したい』って声が聞こえたような気がした。

弟を母さんに返して急いで家に帰った。

家のトイレで胃の中をぶちまけたよ。

もうその衝動は抑えられそうになかった。

翌日、仕事に行く前の親父に、「一人暮らしをしたい」と相談した。

さいわい家に金はあったし、学校の成績も優秀だった。

それに、「母親の負担を減らたい」「独り立ちしたい」

っていう動機は父親に受けが良かった。

成績の維持を条件に許可してくれたよ。

俺は退院した母さんと弟と入れ替わりで家を出た。

それから俺は勉強に打ち込んだ。

なんて言えばいいのか、『弟を殺してはいけない』倫理観と、『弟を殺したい』衝動のぶつかり合いで発生した熱量を何処かに向ける必要があった。

当時の同級生は「殺気立ってた」って言うけど、まさかマジで殺気が出ていたとは思わなかっただろう。

そのおかげで一人暮らしは高校の間中続けられた。

離れた都会の国立を受けたのも弟から離れたかったからだ。

大学では少し生活に余裕ができたがその隙間にあの衝動が湧き出ることはなかった。

正直ホッとしたね。

俺はまともな人間なんだって。

弟を抱き上げた時のアレは何かの間違いだったんだって。

一流ではなかったけど安定してホワイトな会社に就職して数年、衝動がないどころかほぼそのことも忘れて過ごしていたある日、久しぶりに実家に帰省することにした。

電車を降りて、改札の向こうに家族の姿が見えた。

向こうは遠くて気づいていないようだった。

少し太った親父、変わらない母さん。

そして十歳になった弟。

俺は駅のホームに戻り、急な仕事で帰省できなくなっとメールで家族に伝えた。

俺は人間じゃなかった。

次の日の深夜、俺は実家の前にいた。

物音はしない。親父も母さんも早く寝る人だった。

玄関の鍵を開け、扉を開ける。

不幸にもチェーンはかかっていなかった。

足音がしないよう慎重に二階に上がった。

俺の名前が書かれたプレートがかけられたドア。

その横のドアには弟の名前が書かれたプレートがかかっていた。

ドアを開ける。

薄緑のランドセルがかかった机にはキャラクターものの筆箱と教科書が載っていた。

ベッドで寝ている弟の顔は俺よりも少し、母さんに似ていた。

滑り止めがついた手袋をはめて、テグスを手に取る。起きないようにゆっくり、ゆっくりとテグスを首の下にテグスを回し、輪を作る。

一回深呼吸した後、弟の顔にタオルをかけて馬乗りになると、両手に持ったテグスに力を込めた。

両手にかかる力が、赤ん坊だった頃の弟の重さに似ているな、と考えていたのを覚えている。

弟の首にテグスが食い込んでいくのが見えた。

数秒後、弟は起きたのか手足をバタバタと動かす。

喉からヒューヒューという音が聞こえた。

だんだん動きが鈍くなっていった。

その時の気持ち?

.........糞ったれ。

あんたに言ったんじゃない。そんな気分だった。

殺したい相手を殺すんだから、気持ちいいと言うか、少なくとも気分は良くなると思っていた。

あんなのは糞だ。そのくせ衝動から解放される安堵感はしっかりとあったね。

あんな思いはもう二度としたくない。

その時、ベッドサイドに置かれた写真が目に入った。

その写真は病室で撮られたもので、まだ腹が大きかった時の母さんと、まだ痩せていた時の親父と、

高校生の時の俺がいた。

俺はテグスから手を離すとベッドのそばにあった窓を開けて逃げ出した。

当時もあんたらに話したが、何でかは知らん。

もうあと少しだったんだ。止める理由はない。

でも止まれてよかったと思う。

で、逃げて逃げて逃げて......『裏路地』に捕まった。

最初は警察かと思ったが、ホテルに泊らせられるし、テストを何回も受けさせられたし変だと思った。

で、殺人鬼の『C-2型』だと告げられた。

殺人鬼にも色々あって、衝動の強さ、禁断症状、対象等でタイプ分けできるらしい。

受けたテストの内、いくつかがその診断だったんだろうな。

で、特定の肉親つまり弟以外へは殺害衝動が発生しないことがわかった。

しばらくすると『裏路地』にスカウトされた。

自慢じゃないが頭はいい方だが、殺人鬼だからこそスカウトされたんだろうな。

『裏路地』は社会福祉として殺人鬼を就職させて囲い込んでるのは裏社会では有名だ。

給料も良かったし何よりあの衝動に理解のある職場だ。その場でOKしたよ。

前の職場とも揉めなかったから円満な転職だったな。

で、今に至る。

弟?

今も元気で生きてるよ。

幸いなことに後遺症もないみてぇだ。

今思えば『裏路地』が手を回したからかもな。

会いたがってると親父やお袋がよく電話で言ってる。

上手くかわしてるつもりだ。

今の仕事内容?

『裏路地』での事務や渉外交渉、作戦構成の手伝いなんかもしてる。

最初の方に言った通り、満足してるよ。


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C-2-R 型殺人鬼の事後観察記録

能力十分、暴走の危険性低、常識の欠如無しのため『裏路地』にて雇用して五年。

殺人衝動の発露は無し。

対象に接触しない等、自衛の手段を自ら取っている。

処分の必要は無いと考えられる。

また、監視レベルを一つ下げるよう要請する。


     路地裏内部監査部 細川正

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