第35話 夏季休暇 その6

「今日は道案内してくれてありがとう」

黒い服ばかり着ている近頃には珍しく、白を基調とした薄い寒色の服を着た朝日は西東恵と裏路地の本部内を歩いていた。

安城竹継に通行証のようなものを貰って路地裏内で資材を購入していたところ、偶然恵に出会い道案内をしてもらったのだった。

「探してたものは見つかった?」

「まあ、一応」

朝日が抱える半透明のビニール袋の中には先ほど購入した量産品のナイフや細いワイヤー等が入っている(もちろんどちらも裏仕様)。

「それにしても、もう安城家で仕事してるんだ~」

道すがら朝日は夏季休暇にあったことをかいつまんで話していた。

軽はずみに話すことではないとも思ったが思わず話していたのは恵の内から湧き出る魅力のせいかそれとも朝日が精神的に疲弊しているからか......

「あんまり成功とは言えなかったけど」

「仕事全体が成功ならい~んじゃない」

能天気に返す恵は夏らしく薄着で、肉体の豊満さからは意外なほどの細い腰をさらけ出している。

「恵は?夏休みはどうしてるの」

「いつもとあんまり変わらないかな~

 訓練校に行ってる時間は家で勉強させられたりしてるし」

「そう」

「あ、でも今度初仕事があるんだ」

「家の仕事?」

西東家が裏社会において大きな家であることくらいは朝日も小耳にはさんでいた。

「ん~私はそれでもよかったんだけど、ママはいろんな経験した方がいいとか言っててさ~」

「そう。頑張ってね」


恵と別れた朝日は家に帰ると自室に入り鍵を閉める。

安城仮次が今日は仕事で帰ってこないことは確認済みである。

確認とはいっても朝食の際に仮次が言ったことを無言で聞いていただけだが。

「ラティーマ。」

買ってきた資材を机に並べ、ポケットからナイフの柄を模ったデバイスを取り出し音声で起動する。

『お呼びですかマスター』

「どうせ聞いてたでしょ。白々しい。」

『なんのことやら。おお。資材を購入なさったのですね』

「これで足りそう?」

『十分でしょう。ああそれから、

 マスター。ずいぶんいいものをお持ちですね』

「?なんのこと」

『引き出しの中にあるワイヤーのことです』

開けた引き出しに入っているのは手のひらサイズの黒い滑車......に見えないワイヤーがまとめられたものだった。

以前、仮次の師匠だった伊豆銀蔵にもらったものだがどう使えばいいかわからず引き出しの中で腐らせていた。

『それを使わせていただければ、』

「いいよ。」

言いかけたラティーマのセリフを遮って並べた資材の上に滑車を置く。

『それから自己改造の許可をお願いします』

ヴンとデバイス上部に一枚の立体画像が表示される。

『自己改造同意書です。これを了承していただければ作業を開始できます』

「いいよ。不満があった場合には戻せるの」

立体映像の一部が拡大表示される。

『第三項に原状回復不能の改造はマスターと開発者の許可が必要と記載されております。今回の自己改造はマスターの許可だけをいただきましたので元に戻せる範囲での改造となります』

「わかった」

『では早速始めます』

ラティーマの外殻の一部がスライドして開き、中から昆虫の足を思わせる小さい金属製のアームが2本伸びる。

アームの先端が鋼板を少しずつ焼き切る。

「今は何を作ってるの」

『まず作業用アームからです。私のアームは現状これだけですので』

アームを上下させる。

「で、どのくらいかかる?」

「おおよそ27時間50分ほどかと。

 マスターの安全上の理由から作業終了までこの家からは出ないことを推奨します」


仮次は朝日と入れ違いに裏路地の本部に入った。

朝日や恵がいた商業エリアとは違い、仮次が向かうのは通行証のないモグリもいる治安の悪いエリアにある居酒屋である。

準備中の札がかかっている扉を静かに開けて中に入る。

カウンター裏の厨房で作業していた40代ほどの男性が顔を上げる。

「おう、来たか。悪いがちょっと待っててくれや」

仮次は奥のテーブル席に座って店を見渡す。

壁に張られたメニューはいかにも居酒屋といったものばかりだがこのエリアでまっとうな飲食店は少ないため重宝されている。

数分後手を拭きながら仮次の前にすわる男。

「久しぶりだな。」

「そうでもない。二ヶ月ぶりくらいだろ」

「もっと飲みに来いってことだよ」

笑いながら握手する男の右手には中指と小指がない。

よく見ればわかるが左目は義眼で古くなったのか時折薄い光が漏れている。

男の名前は熊井。

ケガが原因で殺し屋を引退した後貯蓄の一部でこの店を開いている。

「というか今日も客として来いよ」

「すまん。で、仲介を依頼していたものだが」

「届いてるぞ。というかお前がわざわざ頼むほどのものだったのか?」

「いや、俺が動いていると悟られては......」

熊井は左手に持っていたバッグを机の上に置く

「やっかいごとじゃないことを祈るぜ。

 俺を含めて仲介人を3人挟んだから大丈夫だと思うが......

 よっと、これがそれだな」

バッグから取り出されたそれは厚底ブーツだった。

仮次がそれを手に取る。

「?重いな......」

「振ってみな」

仮次が言われた通り前後にブーツを振ると中で液体が揺れる感覚が手に伝わる。

「なるほど、無反動ハンマーの原理か」

「そう。インパクトの瞬間に少し遅れて内部の物体が動いて衝撃を大きくする機構だ。」

「ハンマーの場合は金属製の粒やディスクが動いているがこのブーツは液体、それも流体金属か」

「これは試作品だろうな」

バッグから書類の束を取り出してパラパラとめくる。

「資料によれば......体の各所に同様の機構を組み込むことで動作の効率と打撃威力の向上を狙ったようだな」

「しかし......」

ブーツを机に戻し資料をめくる仮次。

「こんなに重い機構を装備に仕込んだら動きが遅くなって逆効果だろう」

「ああ。しかし対処療法的な解決方法はあったようだ」

「ああ。この頁か」

机に資料を広げる仮次。

「『身体バランスを損ねた状態での身体運動に重きを置いた武術の習得により重量のデメリットはメリットに転化できるであろう。該当する武術については添付資料を参照』......添付資料はどうした」

熊井は両手を広げて肩を竦める。

「手に入れられなかったらしいがそもそも添付資料なんてものは存在しない可能性が高いと言っていたよ」

「確かに俺もそんな武術に心当たりはないな。

しかしこのプロジェクトは......」

「ああ。失敗だ。

 この重すぎて使えない武器の解決法がおそらくは架空の武術なんて依頼元が納得するはずはない。

 結果この研究結果と試作品が流出したわけだ」

仮次が懐から写真を取り出す。

その写真には大学生ほどの年の女性が映っている。

「この女がそのプロジェクトをねぇ」

「プロジェクト失敗による違約金こそなかったもののかなりの金を懸けてたようだ。」

「で、その穴を埋めるために殺し屋稼業か」

「泣ける話じゃあねえか」

いつの間に注いでいた酒を呷る熊井。

「武器開発ってやつは全く......」

熊井と握手した仮次は手ぶらで店を出る。

写真の女はすでに裏路地では新人以上の評価を得ている。

とても一般的な研究者の身体能力ではない。

偏重を有効にする武術とやらを不完全ながら形にできたのだろう。

「朝日にぶつけるには弱過ぎると思ったがいい感じになりそうだ」

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