第41話 新入り

「おはよ〜」

「おはよう朝日君!」

訓練校の教室に入ると西東恵と横田熱男が席についていた。

恵は女性用のスーツを着ているがはだけてはいないものの前のボタンを4つも外しており豊満な北半球と水色の下着は全く隠されていない。

申し訳程度に首から垂れ下がっている真っ赤なネクタイが眩しい。

熱男は襟詰ではなく作業員が着るような緑色のツナギを上半身だけ脱いでおり、厚い胸板を白いダボダボのTシャツに仕舞い込んでいる。

「2人とも夏休みはどうだった?」

「今その話してたとこ~私はほとんど家の手伝いだったかな~」

「僕は修行とアルバイトしかしてなかったが、朝日君は仕事したんだって?聞いてるよ」

「まぁ......」

「どんな仕事だったの~?」

守秘義務もあるのでざっくりと仕事の内容を話しているうちに教師、鯉口美穂が番傘を持った少年を連れて教室に入ってくる。

「みなさんおはよう!今日は新人がいます。はい挨拶」

「あ、雨宮洋です」

軽く頭を下げた少年と朝日の目が合う。

「あっ」

「テ、テメェはあの時のメスガキ......!」

番傘を上段に構えた少年の手首を鯉口が捻り上げる。

「あ、あだだだだっ!!!は、離せ!」

少年は釣り上げられた魚のように宙に浮いた両足をばたばたと動かす。

「はいはい。これは没収ね」

鯉口は少年を朝日達の方に向けて投げ飛ばすと、朝日の前の席にふわりと着地させられる。

鯉口は傘を肩に担ぎ黒板に向かっている。

「はい。じゃあ今日の授業は無線通信時における――――」


授業の後に職員室(という名前を鯉口が付けた小部屋)に向かう朝日。

職員室はノックはしなくていいことになっている。

「失礼します」

「テメェ!返せ!」

出迎えた声は部屋の主のものではなく、椅子に座っている鯉口に突っかかっている雨宮のものだった。

「教室で暴れないと約束しないとダメです。

 と言うか殺し屋同士での死闘は場合によっては罰せられますよ」

「知るか!返せ!」

うんざりしたような鯉口が朝日の方を向く。

「全く......ああ朝日さん」

「何!?素手のところを狙うとは卑怯な!」

「せ、先生......」

「ちょっと待っててね」

鯉口が無造作に左手を振ると雨宮の体が横に回転し、止まった時にはロープで縛られていた。

「あっ!おい!ほどけよ!!」

「で、どうしたの?」

「えっと、その......」

縛られて横たわる雨宮を見る朝日。

「ああ、防音室もあるけど」

「いえ、隠すことではないので」

朝日は深呼吸する。

「その......私の両親を殺した殺し屋を探しているんですが、そういう情報を探す時に先生はどうしているのかと聞きたくて」

鯉口は一瞬だけ目を見開く。

「そうか。あいつやっと諦めたんだね」

「事情を知っていたんですか」

「一応ね。

 あれが一般人の夫婦を殺した、ってところが嘘じゃないかと疑ってたけど当たってたか。ごめんね。確証がなくて教えられなかったから」

首を振る朝日。

「いえ。いいんです。それで、」

「ああ。情報についてだったね。 

 残念ながら私はほとんど裏路地の情報網頼りでね。一応、後でフリーの情報屋の連絡先を教えるけど期待しない方がいいわ」

「そう、ですか」

「......!そうだ。朝日さんに頼みたいことがあるんだけど」

「先生が私に?」

鯉口は自分の足元に転がっている雨宮を指す。

「この子と立ち会って欲しいの」

「!」

静かに聞いていた雨宮が縛られたまま上半身を起こす。

「訓練の一環であればいいですが、何故ですか」

「前の仕事でこの子と戦ったみたいね。

 本来仕事場以外に仕事での恨みを持ち込むのはNGなんだけど、2人ともまだ新人だからあまり厳しい処分をするわけにもいかないし......

 でも、恨みじゃないんでしょ?」

「そうだ!」

体を捻り、回転した反動で縛られたまま立ち上がる。

「あの時は爺さんからの撤退命令があったから退いたけど、勝ったのは俺だ!

 だけど何故か俺が負けたことになってる! 

 それが許せねぇんだ!」

「とまあこんな感じなの。一局面での勝ち負けじゃなくて仕事としてどちらが成功したかが大事なんだけど、まあそれは置いておいて、このままだと流石にね」

「それで決着を、ってことですね」

「そうだ!早くほどけ!」

「じゃあ実技室に行きましょうか」

そう言うと鯉口は雨宮を片手で担ぎ上げ、もう片方の手に机の上に置いていた番傘を持つ。

「や、やめろ!下ろせ!」


―実技室―

「2人とも準備はいい?」

「はい」

朝日は右手にナイフを持ち、左手は太もものベルトに手を置きいつでもナイフを抜けるように構える。

「早くしろ!」

雨宮は番傘を下段に構える。

「確認します。

 勝敗に関係なく洋君は訓練校では当然のこと、外でも朝日さんを襲わないこと。

 朝日さんが勝ったら洋君は朝日さんの命令を一つ聞くこと。」

「その、本当にいいんですか?」

「俺が勝つに決まってるからいいんだよ!」

鯉口が肩を竦める

「で、洋君が勝ったら朝日さんは今後その仕事の話をするときは勝ったのは相手の方だと明言する、と。」

「そんなことでよければ」

「そんなこと、だと?」

青筋を立てる雨宮を鯉口が鋭い視線で抑える。

「...早く始めてくれ」

鯉口の目くばせに朝日も黙って頷く。

「......始め!」

鯉口の合図にまず反応したのは雨宮。すべてが金属で作られた番傘を軽々と軽々と持ち上げ上段に構えたまま突進する。

「うおおおおおおおお!!!」

番傘が振り下ろされるに合わせ、後ろに飛び退く。

鋼鉄製の石突きが実技室の床を粉砕する。

「おっと」

「!?」

飛び退きながら投げたナイフは雨宮の傘の持ち手に弾かれる。

「無駄だ!飛び道具相手の訓練はしてきてある」

「......」

ナイフを抜き今度は4本同時に投擲する。

「温い!」

30キロは優に超えているだろう番傘を片手で振り回しナイフを弾き落とすが、その時朝日はすでに移動していた。

雨宮を中心に円を描くように移動しながらナイフを次々と投げる。

「ぐっ、卑怯な......!」

手元(太もも)にあるナイフヲすべて投げ切ったころには、かすり傷ではあるものの腕や足からだらだらと血が流れていた。

「だが、弾切れみたいだな...」

「......」

朝日は宙で右手を握ると握りこぶしを太ももに当てる。。

「何を...!?」

朝日が太ももに装備したナイフホルダーに触れると、弾かれて床に落ちたナイフが引っ張られ、朝日や雨宮の方に飛んでくる。

(投げナイフに付いたワイヤーか!

 投げたナイフを回収する様子がないと思ったら...!)

雨宮の周囲を回りながらナイフを投げることでワイヤー同士が絡まり、そのワイヤーが引き絞られたことでナイフはその絡まった原因である雨宮を通って朝日の元に戻ろうとしている。

(そうか、手元にナイフを戻す過程でそのナイフをぶつける、もしくはワイヤーで拘束するつもりか!)

「うおおおおおおお!」

床に突き立てた傘を支えに天井めがけて跳び上がった雨宮が見たのは、ラティーマをこちらに向けた朝日の姿だった。



仮次は裏路地の本部にある医務室で手当てを受けた後、会議室に向かった。

「遅くなりました」

会議室の中ではコの字型に置かれた机の前で十数人の男女が携帯端末や書類を睨み付けていた。

「おう仮次!こっち座れよ!」

その中にゴルフバッグを足元に置き濃紺のスーツを着た男もいた。

仮次はその男の右の席に腰を下ろす。

「今日は裏路地の仕事を請けたのか。小戸田。」

紺色のスーツの男、小戸田武明は大げさに肩を竦める。

「最近抗争が多くてな。

 流石の俺も寄らば大樹の陰さ」

「何かきな臭いか」

「まーまだ俺の勘でしかないけどな

 そんなことより、前にった時より顔色がいいな」

「......いろいろあってな」

「あの子供のことで何かあったか?」

仮次は一瞬眉にしわを寄せる。

「あー。話さなくていいぞ」

「いや、いい。彼女のことだ。

 そういえばお前、子供は?」

「いる。

 あ、そうか仲直りしたとかか?確かに前の時なんかぎこちなかったもんな」

「いや......いや、そうだな。仲直りとも言える」

「?ま、よかったじゃねえか」

部屋のドアが荒々しく開かれ、宮木雄一と秘書が部屋に入ってくる。

「そのままでいい」

椅子を立とうとする部下を制して椅子にどかっと座る。

「今日はご苦労だった。

 お前らのおかげで目障りな組織を一つ潰せたことになる。

 遠慮なく成功報酬を貰っていけ」

宮木は斜め後ろに立つ秘書、本間に目配せする。

「では皆さま、お手元の資料をお開きください。次回の作戦では......」

一時間後。

説明が終わり殺し屋や裏路地の職員が部屋を部屋を出ていくが、仮次は本間に呼び止められ部屋に残ることになった。

宮木は椅子に座ったまま机に足を載せる。

「まずいことをやってくれたな」

口にくわえた煙草に本間が火を付ける。

「なんのことだ」

とぼける仮次の顔に煙を吹き付ける宮木は瞬き一つしない様子に舌打ちをする。

「警報装置だ。そんなものを鳴らす手筈じゃなかっただろう」

「仕事がスムーズに済んだだろう」

「新人が負傷した」

「......それで?」

紫煙を天井に吹き上げる。

「......」

「......」

宮木はため息をつき煙草を秘書に向かって指で弾く。

「謝らないならそれもいいさ」

「もちろん補填はする、」

「新人枠に空きが出た」

仮次の言葉を遮った宮木は口に咥えた煙草に今度は自分で火を付ける。

「お前の娘をこっちに寄越せ」

「......」

「今日の仕事に同行していたのもわかってる。」

「それは、」

「もちろんお前や安城家のバックアップも無しだ。コストがかかりすぎる」

「普通の新人として扱うってことか」

宮木は眠そうに背もたれに体重を預けて煙を燻らせている。

「わかった。だが訓練校のスケジュールに影響が出ないよう配慮してくれ」

「そのくらいは融通を聞かせてやろう」

そう言うと部屋の扉を指す。

仮次が部屋を出ると本間が宮木のそばに近づく。

「その、本当によろしいので?」

「予定通り例の仕事を請けさせろ」

「......了解しました」

携帯端末で部下に連絡する本間を見ながら不味そうに煙草を吸う宮木は立ち上がり部屋を出る。

負傷した新人の過失を調査しなければいけない。

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