第42話 安城家道場の新入り
「お疲れ様です」
安城朝日は訓練校の帰り、いつも通り安城家の敷地に建てられた道場に顔を出した。
「朝日さん。今日も訓練で?」
巨体を揺らして出迎えるのは道場の長の岩岡である。
「そうなんですがその......」
「ここが安城家の道場か!?」
小柄な朝日の後ろから顔を出すのは大きな番傘を背負った小さな少年である。
「この子は?」
「すいません。付いて来てしまって...一応竹継さんには了承を貰っているんですが」
「...ちょっとお待ちを」
そう言うと岩岡は裏に引っ込む。
「あいつどうしたんだ?」
「了承を貰った当日に来たから連絡が行ってなかったんでしょ。
体は大丈夫?痺れてない?」
少年、雨宮洋は着ていたTシャツをまくり上げる。
ラティーマから飛んだ電極が刺さった腹筋に小さいガーゼが一枚貼られている。
「ふん!俺だって鍛えてるんだ」
「あっそ」
「そんなことより!約束だ!早く俺に命令しろ!」
「えぇ...命令したいことなんてないんだけど」
雨宮は汗でしっとりした短髪を掻きむしる。
「だめだ!借りがあるのが気持ち悪い!」
「そう言われても...」
「朝日さん、確認が取れたのでその子も入れて大丈夫ですよ」
朝日が困っていると岩岡が戻ってきた。
「おい遅いぞデカブツ!」
道場に入ろうとする雨宮の肩を掴む。
「ああ!?」
「岩岡さんと呼びなさい」
肩を掴む手に力が入る。
「朝日さん。私は構いません」
「ほらこいつもこう言ってる!放せ!」
「......!
命令します。今後他人には丁寧に接しなさい」
「え......?」
手を放して戸惑った様子の雨宮の目を黙って睨み付ける。
「わ、わかった。わかりました。」
「?」
「岩岡さん、気にしないでください。」
この場で一番戸惑っている岩岡の背中を押して道場に入る朝日だった。
雨宮に一通り道場を案内した後訓練に遅れて参加した。
安城家本家の屋敷の周囲を何週も走った後に、現役で殺し屋として働いている安城家の部下や安城家の教えを請いに来た裏路地の職員と入れ替わり立ち代わり組み手をする。
「つ、強い......」
「俺がこんな小娘に!?」
朝日の周りには悶絶した男たちが横たわっている。
「お嬢。ずいぶん強くなりましたね」
朝日は安城家の部下以外とも互角以上に戦えていた。外部の者は言わずもがなであった。
2週間以上前に全力以上の力を出して安城仮次と戦ったことで朝日の動きは以前とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされていた。
「
しかし悪影響もある。
自分のスペック以上の筋力を駆動できることを肉体が覚えてしまったのか力を入れ過ぎてしまい、頻繁に筋肉を痛めてしまうようになったのだ。
「お嬢。今日はこのくらいにしてとりあえず医務室に...」
「っ...そうします」
安城家の部下に連れられて道場から出る朝日。
「......」
「どうかしましたか」
それを黙って睨み付ける雨宮に話しかける岩岡。
「あいつ、俺と戦った時は全力じゃなかった。それが悔しい...」
「...あなたも今日は帰りますか」
「まだやる、いや、やらせてください。ここはいい場所だ...です」
「そうですか。では...」
そう言うと腰を落として構え、にやりと笑う。
「信頼できる相手からの紹介ですから私がお相手させていただきましょう。全力でかかってきてくれて構いませんよ。
ああ、もちろん組手中は言葉使いを気にしないでください」
「じゃあ遠慮なく行くぜ!」
医務室から朝日が戻ってくるまでの十分あまりの間、雨宮洋は気絶と悶絶をひたすら繰り返すことになった。
「洋君、次はいつ来るかな?」
「いてて...俺は毎日来るぞ!来ます!」
「私は本家の方で食事なので。一人で帰れますか?」
「大丈夫だ!です!」
苦々しげに頭を下げて少しぎこちなく安城家屋敷の門をくぐって帰る雨宮を見送った後、朝日は風呂に入ることにした。
大浴場の鏡に映る朝日の高校生にしては小さい体には今日一日でできた痛々しい痣や切り傷見えるが数日たてば簡単に治るのであまり気にしてはいない。
「痛っ」
湯船につかると一瞬痛みが走るがじっとしていると体が温まると共に気持ちよさが上回り始める。
他組織への襲撃任務に同行したのは今日の朝の仕事で4回目だった。
仮次は朝日を自分の娘にした時点で、朝日の両親を殺した人間を探すため裏路地のデータベースを探っていたが手掛かりは何もなかったそうだ。
それではと他組織のデータを仕事のついでに探っているが未だに進展はない。
「今日手に入れたデータに何か情報があるといいけど......」
大浴場から脱衣所に戻ると、服を入れた脱衣かごからくぐもった声がする。
『......ター!マスター!』
脱衣かごから服を取る。
「ラティーマ?何かありましたか?」
上にかぶさっていた服が取り除かれ、音声がクリアになる。
『確実かはわかりませんが、気になる記録が』
「っ!内容は!?」
『マスターのご両親の名前がある名簿に』
ラティーマの外装の一部が開き、立体映像に名簿の一部が表示される。
「その情報だけ?」
『お二人の名前はありませんが関連書類がありました。現在精査中です』
「私にできることは?」
『特にありませんがそうですね...
とりあえず体を拭いて服を着るべきかと。夏とはいえ空調が効いていますので』
顔を赤くしながら手早く体を拭き服を着る。
「ところでさっきのは何の名簿だったの?」
『それが...なぜかはまだわかりませんが、名簿の名前には『容疑者リスト』と...!』
「......え?」
『マスター。大変失礼しますが、何か思い当たることはありますか?』
首を振る。髪からかすかに残った水滴が散る。
「私はなにも...
ママはただの主婦でパパも普通の会社員だったはず...」
『またもや失礼しますが、お二人についても調べるべきかと。
お二人に隠し事があったか、そうでなくてもなにか手がかりが見つかる可能性が発生したと思われます』
「でも、そんな......」
『マスター!』
ラティーマの声にびくっとする。
『マスター。何にしてもまずは竹継氏と仮次氏、御父上に相談するべきかと』
「......うん」
『幸いにも今日の夜はお二人ともこの屋敷にいらっしゃります。』
「そう、だね。ありがとう、ラティーマ。」
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