第43話 手がかり
夕食後、朝日は安城竹継、安城仮次、安城夕子、安城一夜が揃った場で両親の情報が見つかったことを話した。
「何!?本当か!?」
「はい。ラティーマ。」
『本日、情報屋の端末から奪取したデータの中に吉野一郎と吉野美崎の名前がありました』
「どういう文脈で名前が出てきたんだ?」
竹継と朝日(とラティーマ)が話しているのを、仮次と夕子、一夜は黙って茶を飲みながら眺めている。
『それが...【容疑者リスト】という名簿でして、何の容疑者リストなのかもまだわかっていません』
「朝日ちゃん。こっちの端末にその資料を送ってくれるかい?」
『マスター。よろしいですか』
「お願い、ラティーマ」
『ただいま転送しました。データ全体は安城家に転送していますので後程そちらでも確認していただければと』
「ありがとう。もしかしたらこの名簿にある他の名前から何か分かるかも...」
端末を操作している竹継の動きが止まる。
「誰か見覚えのある名前が?」
「いや、もしかするとなんだが...母さん、仮次。この名前なんだが...」
母親と兄弟たちが集まって話している中、一人放置された夕子はそれを気にする様子もなく携帯端末で遊んでいる。
「夕子さんはその...」
「ああ、気にしないで。
監査役だからあんまり外の事情に詳しくないの」
「それは言い訳にならないぞ。監査室の山城は外の事情にも詳しいじゃないか。
夕子は面倒だから知ろうともしてないだけだろ」
「うるさいなあ。そんなことより何かわかったの?」
「朝日ちゃん、この名前なんだが...」
竹継が見せた端末の画面は両親の名前があった名簿の別のページだった。
「この
「お知り合いの名前ですか?」
「知り合いというか...」
それまで黙っていた仮次が口を開く。
「九条光という名前は偽名だから忘れてもいい。
本名は安城
安城家の末の弟で天才科学者だ」
『安城竹光?そのような名前は安城家どころか業界のデータプールにも存在しないはずですが』
「あいつは元々表に出ることがない奴だったが、書類やデータベース上から自分の痕跡を全て消して失踪した。今ではあいつの生存を確認できるのは新しい発明品が世に出回った時にその名前が噂レベルで漏れ出たり、安城家の人間とごくたまに連絡を取ったりさらに稀に帰省する時だけだ」
「失踪したのに帰省するんですか...?」
「変に律儀なところがあるから盆に返ってきたりすることもある」
「で、でもそれではなぜその名前が彼だと?」
仮次はポケットから携帯端末を取り出す。
「俺が知っているあいつの偽名リストにその名前があった。
律儀なあいつは失踪する直前、俺達三人に偽名リストを預けていてな」
「そ、その」
「あっはっは。私は信用されてないからね」
横目で夕子を見る朝日に、本人はあっけらかんと笑う。
「えぇ...」
「まあとにかく!
数週間前まであいつとは連絡が取れた、というかこの屋敷に居たんだが今は音沙汰無しだ。なので、」
竹継が名簿を大型テレビに映し出す。
「この名簿にいる他の人間から事情を聞き出す。
このリストがそもそも何なのかの調査が必要だろう。
竹光か朝日ちゃんのご両親の情報を得ることができる、かもしれんな」
「それから俺が気絶させたあの情報屋...藪と言ったか。
あいつを締め上げてこの名簿の情報源を探ってみるか。まあ期待できないとは思うが」
『私は名簿の人間についてデータ面で調べてみましょう』
「わ、私は...」
「朝日ちゃんは...」
「朝日は今まで通り訓練校と安城家の道場に通っていた方がいい。」
「パパとママについて何か私の知らないことがあるなら私は...」
焦る朝日の言葉を仮次が遮る。
「今はまだ下調べの段階だ。現場で動く機会があれば必ず声をかける。
今は俺達と」
「で、でも!」
それまで黙っていた一夜が朝日の肩に優しく手を置く。
「焦っても良いことはないわ。
この子たちなら何とかしてくれるはずよ。」
渋々頷いた朝日は布団を敷いてある客間に、一夜も自室に戻った。
それを確認した仮次は兄に詰め寄る。
「で、実際のところどうだ」
「さっき話した通り、朝日ちゃんの治療の時にあいつは戻ってきたがその後すぐに姿を消した
ただ...」
「ただ?」
「治療の際朝日ちゃんにこっそり投与したあれ、【アムリタ】のデータを採っていた。それの分析を今も行っている可能性はある。」
仮次は肩を落とす。
「その程度の手がかりか、まあ憶えておこう」
そう言うと障子に手をかける。
「どこに行く?」
「裏路地の本部だ。藪の情報を洗う」
「お前は言っても聞かないだろうが、母さんと同じことをお前にも言うぞ
焦るな。」
仮次は小さくうなずくと廊下に出て障子を後ろ手にピシャリと閉める。
「2人とも、私まだここにいるんだけど...?」
「夕子は裏路地の知り合いに声をかけておいてくれ。
後々公式に依頼を出すとな。」
夕子の言葉に答えず竹継は茶を飲み干す。
某所の研究室、暗い室内で白衣の女性が船を漕いでいる。
「スピー。むにゃむにゃ...スピー。」
冗談のような寝息を立てている女性の背丈は中学生より低いように見える。だいたい安城朝日と同じくらいだろうか。
薄汚れたぶかぶかの白衣の下に身に着けているのはオーバーサイズの灰色Tシャツに黒いハーフパンツと外見年齢からすると地味に過ぎる出で立ちである。
顔は美女というより美少女のそれであり、安城家の人間ならば安城夕子、安城一夜の面影を感じることだろう。
彼女の眠りは強化ガラスを叩く音で中断されることになる。
「おはよう。今日も元気で大変よろしい。」
ガラスの向こうに向けて話しかける彼女の声は幼いが口調は大人のそれである。
「■■■■■■」
「ああ。もう少しだ。君の知能はまだ完全ではないからね。
教育は私の専門分野ではないが...何、私は天才だ。
それに君も優秀な生徒のようだ。すぐ外の環境に適応できるに違いないだろう。」
そう言うと棚から携帯食料を二人分取り出し、片方を腰の高さにある差し入れ口に入れる。
携帯食料がガラスの向こうに同じように設置されている机の上に落ちる。
「まあまずは食事といこう。
ああ、教育したような立派な食事でなくて済まないね。
私の食生活は専らこんな感じで...」
「■■■■■■■■?」
「ははっ。言うじゃないか。そうだね、君の常識レベルはもうすでに子供レベルまで上昇している。
もう少ししたら外に行って食事することも可能だろう。」
「■■!」
先ほどから聞こえるガラスの向こうの声は明瞭ではないが彼女に困った様子は見られない。
「君はかわいいね。君を見たら兄さんはどう思うかな?
私を殺すだろうか?それとも......」
「■■■...?」
ガラスの向こうの影が彼女を気遣うように鋭い爪が生えた手をガラスにそっと添える。
「大丈夫だ。君も食べたまえ」
包装紙を開けて携帯食料にかぶりつきながら九条光は、
安城竹光は優しく微笑む。
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