第33話 夏季休暇 その4
ドスッ
『ミス。右に50cm、上に23cm』
左手で逆立ちをした朝日は残る片腕でナイフを構えて投げる。
『命中。右に5cm、下に2cm』
足元、いや手元は滴り落ちた汗で水浸しになっている。
向かいの壁には円形の的が設置しており、数本ナイフが刺さっている。
『命中。右に3cm、上に3cm』
的にナイフが刺さるのと同時に朝日の手元に置かれたナイフの持ち手型の機器、ラティーマから音声が発せられる。
『私がAIだからでしょうか。この特訓にどんな意味が?』
「不安定な姿勢でのナイフ投げの練習。
それとっ!」
力を入れて投げたナイフが的を貫通しコンクリートの壁に刺さる。
「単純な腕力。」
掌が地に着いたままの左腕を腕立て伏せをするときのように曲げ、腕を伸ばした勢いで跳び上がり空中で半回転して足から着地する。
『意味は分かりましたが......』
的と壁からナイフを抜いて太もものホルダーに戻した朝日は逆立ちしていた場所に戻る。
「ラティーマ。傘使いの立体映像を。」
『はい』
電子音と共にラティーマから光が放たれ、10秒後には地下室の中央に朝日が戦った傘使い、雨宮洋の姿が投影される。
金属製の折り畳み傘を朝日に向けて広げている姿だが以前とは違い等身大だ。
「いい?私は左に回り込もうとする。」
その言葉通り雨宮の左に回り込む。
『彼は前に話した通り、傘を更に広げるギミックを使い防御します』
「この時点で私は彼の視界から外れる。」
『ええ。そうなります』
「じゃあ見ていて。」
朝日は更に左方向に走り込む、ではなく頭から飛び込むと左手一本で着地。
振りかぶった右手から斜め下からの軌道で放たれたナイフは大きな傘の縁を擦り、雨宮の立体映像を通り抜け壁に刺さる。
「どう?」
雨宮の右脇腹はナイフが通過したことを示すように赤く表示される。
『ナンセンスです』(−_−;)
しかしラティーマは立体映像の中心に顔文字を表示させる。
『彼からマスターの姿が見えないのと同じく、マスターから彼の姿も見えていません。
そこにいるかどうかが不明な以上、今のナイフ投擲が有効だと断言はできません。』
顔文字を消し、雨宮の姿を前後左右4方向と上方向に表示させる。
『実際、傘の陰に隠れたふりにマスターは一度引っかかっています。』
「後ろなら私からよく見えるはず。距離も離れているし問題はない。」
後ろに退がった雨宮を指差すとその像にバツマークが付く。
「右に移動したら私の正面に立つことになる。武器を捨てた彼に私の投げナイフは防げないはず。」
「前に移動、つまりは傘を閉じて攻撃かそのまま押し潰そうとするか。
どちらにしろ私はそれを避けられている。」
「上に跳んだならこれ以上移動はできない。遠慮なくありったけのナイフを投げる。」
右、前、上に移動した雨宮の像にも同様にバツマークが付く。
「最後に、私と同じように左に移動した場合。
私のナイフは横になった傘の陰に阻まれる可能性が高い。だけど遮蔽がある以上、彼もすぐ攻撃には移れないはず。」
左に移動した像には三角のマークが付く。
「これでもナンセンス?」
『なるほど。確かに問題ないでしょう。
しかし......』
「何?」
『例えば彼も投げナイフを持っていたら?
遮蔽から飛び出したあなたは格好の的です。』
後ろ、右に移動した像のバツマークが外れる。
『それに逆立ちの状態から頭上にナイフを投げるのは非常に難しい。
普通に立ち上がる間に上に跳んだ彼も体勢を整える可能性が高いでしょう。
それから前に移動した場合ですが、』
「細かいことはもういい。で、私の勝率は何パーセント?」
『......片手倒立ナイフ投げを習得する前を20パーセントと仮定するならば、今は80パーセントといったところでしょうか』
「問題点を指摘した割に高いと思うけど」
『私がお話ししたのはあくまで可能性ですから。』(*^^*)
「そう。じゃあ特訓の意味はあった。」
部屋の入り口に置いておいたタオルで汗を拭いて部屋から出る朝日。
『私は置いてきぼりですか?』
ラティーマの電子音声が地下室に響く。
返事がないことを確認するとラティーマは立体映像を消去した。
同時刻、仮次は前回の仕事で雨宮唐という傘使いの老人を逃した埋め合わせで安く受けた仕事の最中だった。
一軒家の玄関を路地から見張っていると、中から黒いスーツを着て手持ち鞄を持った中年の男が出てくる。
通りに出たのを見計らい声をかける。
「久しぶりだな、木村」
「あ、安城!?」
男は慌てて周りを見渡す。
「こんな真っ昼間に声をかけるな!」
小声の男に合わせて仮次も声を低くする。
「歩きながら話そうか」
男、木村に歩調を合わせる。
「で、引退した俺に何の用だ。」
「率直に言う。あんた、復帰しただろう」
鞄を持つ手に力が入るのを仮次は見逃さなかった。
「なんのことだ?」
「しらばっくれるな。復帰の際はまず
「......」
「しかも同業他社に転職とはね」
「で、始末しに来たのか」
両者の間に緊張が走る。
木村の右手はいつでも獲物を抜けるよう構えられている。
「ふん。まさか。」
仮次は両手を広げて一歩後ずさる。
「あんたは腕のいい殺し屋だが組織からしたら重要人物じゃない。」
木村の体から力が抜ける。
「そうか。いや、正直ほっとしている。宮木代表の懐刀に目をつけられたかとおもったよ」
「宮木はその辺りには寛容な方針のようだな。しかし、」
「な、何だ?」
「前の裏路地の権力者達は裏切り者に敏感でな」
仮次は右手でナイフを抜く。
「くっ!」
木村は慌ててナイフを抜こうとするが間に合わない。
仮次はナイフを振りかぶると木村の背後に向けて投擲する。
「!?」
「ぐあっ!」
右目を押さえて倒れ込む男の手足を仮次は手早く拘束する。
「てっきり仮次、お前がその権力者の手先かと思っちまった」
「実はこれが今回の任務でな。
おい、誰の指示で木村を襲った?」
拘束した男に詰問する。
「き、規則違反だ!裏路地の依頼に私事で干渉するのか!」
「俺が誰の差し金でここにいるのか想像できないか?
そんな依頼がないことは確認済みだ。」
「なっ!?み、宮木の犬め!」
「心外だな。それにお前こそそいつらの犬じゃあないのか」
男は顔を背けて何も答えない。
その様子を見て仮次は木村の方に向き直る。
「どうだ、裏路地に戻るか」
「いや、こうなっては戻っても同じだろう。
今世話になっている組織に匿ってもらうさ。
礼はまたいずれ。」
そう言うと木村は早足で歩き出す。
仮次はそれには応えず回収班に連絡した。
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