第4話 訓練校:一週間後

訓練校の教室は駅前のビルの中にある。

そのビルは『裏路地』のフロント企業の一つである警備会社の所有物である。

朝日がそのビルに入り3階にある教室に入ると、西東恵が抱き着いてくる。

朝日の顔、というか頭が恵の胸にすっぽりと収まる。

恵がジャンプしたわけではない。

身長差、体格差からそうなってしまう。

朝日は背伸びをして上を向き黒いポロシャツから脱出する。

「んぐっ。お、おはようございます」

朝日を抱きしめながら恵は朝日の頭頂部に顔をうずめる。

さらさらとした髪を顔面で感じながら深呼吸をする。

「すぅー、はぁー。うん。おはよ~!」

「抱き着くのはもう止めませんが、嗅ぐのは止めてください!」

恵は抱きしめたまま朝日を離さない。

「え~。

 でも朝日ちゃん、朝はおひさまみたいなにおいがするんだもん。

 それとほんのり汗のにおいとクッキーみたいなあま~いにおいが、」

「もう!話してください!」

朝日は両手でじたばたするがびくともしない。

「は、恥ずかしいけど朝日ちゃんもわたしのおっぱいの間のにおい、嗅いでもいいんだよ?」

「嗅ぎません!」

恵は顔を少し赤くしながら言うが朝日を解放した後にはすぐ顔色を元に戻しケラケラと笑う。

朝日の鼻腔には甘いミルクの匂いが充満していた。


三人ほどの女子に抱きしめられた後、朝日は席につく。

席は自由だが皆なんとなくいつもの席に座っている。

「おはよう朝日君!」

「おはよう熱男君。」

横田は持ち前の暑苦しさを前面に出した説得で自分を名前で呼ばせている。

「先週までみっちり座学だったが、今日からはついに実技授業だ!ワクワクしてきたなぁ!」

朝日が訓練校に通ってから一週間が経過していた。

その間、殺し屋の作法や必要技能を身に着けるときの手段や『裏路地』での手続きの説明、履歴書の記入などがあった。

「履歴書の時に知ったけど、朝日君は武術の経験もないし運動部だったわけでもないんだったか。大丈夫かい?」

熱男がまっすぐな男なのはわかっているので心配してくれているのを朝日は理解している。

履歴書作成の際、隣の人とチェックする時間があったので朝日も横田熱男の経歴に目を通していた。

熱男はもちろん殺し屋としての経験はないようだが空手に柔道、剣道と武道を納めていた。昨日の話では将来は警察官を目指していたらしい。

「毎晩訓練はしてるからそこそこは動けると思うけど、

 まだ一週間だし、なんとも言えないと思う。

 訓練相手も一人だし」

「そうか。何かあったらすぐ先生か誰かに行った方がいいよ。」

「うん。ありがとう」

「何の話~?」

恵が朝日の前の席に戻ってくる。

「ああ。初めての実技授業のことを話していたんだ。

 恵くんは?」

「私は布槍術を少々~」

朝日と熱男は首をかしげる。

「布槍術?」

「聞いたことがないな?」

「だよね。じゃあ熱男君、腕を出して。」

「こうかい?」

素直な熱男は右腕をまっすぐ伸ばす。

恵は来ているポロシャツの袖から腕を抜き膝を曲げてしゃがむことで一瞬で服を脱ぐ。

脱いだポロシャツを巧みに操り熱男の手首を絡め取り手のひらを上にして外側に捻り上げる。

熱男の体は痛みから逃れようとつま先立ちになり背筋を伸ばしてしまう。

「うわあああギブギブギブ!」

「恵さん!」

二人は同時に悲鳴を上げる。

「ごめんごめんやりすぎちゃった~」

恵は脱いだポロシャツを肩にかけて笑う。

「こんな感じで絡めて関節技をかけたり投げたりするんだ~

 師匠は相手の武器を奪って服で操作したりしたみたいだけど、」

「す、すごい技だ......!」

「いいから服!服を着てください!」

鼻血を流しながら腕をさする熱男の横で、

朝日が必死で飛び跳ねながら恵の上半身、主に胸を隠そうとする。

「はははこれはうっかり。師匠にもよく叱られたなぁ。すぐ服を着なおせって

 それよりこの下着かわいくない?」

黒いレースの下着をみせつける恵にさらに慌てる。

「いいから早く!」

「わかったって~」

さすがに恥ずかしいのか少し頬が紅潮した恵はシャツを着直そうとするが、すんなり脱げたわりに胸がつかえてなかなか着ることができない。

なんとか着ようと体を揺らしながら裾を下げようとする。

「わざとですか?さっさと着てください!」

目の前で揺れる物体に怒りが湧いた朝日は手のひらで下の方を軽く平手打ちする。

「きゃん!やだぁ朝日ちゃん。ちょっとそれはいきなりすぎるよぉ。

 もっと手順を踏んで!でも朝日ちゃんなら、いいよ?」


「はい。それでは今日は今期初の実技授業です。

 朝礼後、地下ある実技室に集合してください。

 今日の講師の方が来るので遅れないように。」

結局、胸を朝日が手で押さえつけている間に恵が裾を下に下ろすことで服を着直すことができた。

朝はどうやって着たのか、そしてなぜ一瞬で脱ぐことができたのか、二つの謎が残った。

熱男や他数十人の男子はまだ鼻血が止まらないのか上を向いていたり鼻にティッシュをつめたりしている。

「それでは朝礼です。

 今日の出席者は呼ばれたら手を上げてください。」

鯉口美穂が受講者の名前を呼んでいく。

そっと周りを見ると先週にはいなかったものが十人ほどいる。

今日の授業を受けに来た現役の殺し屋だろうか。

そんな彼らのうち何人かも鼻にティッシュを詰めていることに朝日は安心した。

安城仮次と暮らしている朝日にとって現役の殺し屋という存在が得体のしれないものに思えていたが、一般人らしい反応を見ることができたからだ。

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