第36話 夏季休暇 その7
朝日は椅子に座った状態で目を覚ました。
「ここは?」
辺りは暗闇だが不思議と自分の手足はよく見えた。
「朝日。」
椅子の後ろから声がして振り返る。
「ママ!パパ!」
そこには朝日の父親と母親が立っていた。
椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「わ、私......」
朝日の言葉を遮って両親が話し始める。
「朝日、私はあなたとはもういられないの」
「朝日。元気でな」
両親の姿がゆっくりと闇の中に消えていく。
「ま、待って!」
朝日が手を伸ばすがその手は黒スーツの男に阻まれる。
黒スーツの男、安城仮次は手にしたナイフを振り上げ......
「......ター」
「マスター!」
布団から跳び起きる。
「......ラティーマ?」
「魘されていたようですが、朝ですよ」
ぼんやりと窓から外を見る。
今の生活に順応している自分を戒めるような夢だった。
「......」
「マスター?」
「いや、なんでもない。それより昨日頼んだ改造は」
ラティーマは小さい金属製のアームを伸ばす。
その先端には昨晩には無かった小さい刃物のようなアタッチメントが付いていた。
「順調です。
作業用アームのアタッチメントは作成しました。作業完了までは20時間程かと」
「わかった。追加で必要なものはある?」
「不要です。昨日伝えたとおりに今日はできるだけ家にいてくださった方がよろしいかと」
了解の返事をし部屋を出る。
ジョギングは今日はせず朝食をとったあと地下室でトレーニングを行う。
筋力トレーニングの後はナイフ投げの練習。
シャワーを浴びる前に安城家の道場で訓練するのは止めておこうと思い、安城家に連絡しようとした時にちょうどよく携帯端末が鳴った。
「うんうん。じゃあ明後日。よろしくね」
安城竹継は通話を切ると座っていた椅子の背もたれに体を預ける。
「仮次。今度ばかりは無茶だと思うがな」
「そうでもない」
来客用のソファで足を組んで寛いでいる仮次は酒の入ったグラスを傾ける。
「身体能力の伸びと直近の戦績から不可能ではないと判断した。
それに朝日に持たせたあれも本領を発揮しそうだ」
「自己改造機能付きの個人携帯兵器......ラティーマ。竹光の遺作がか?」
「......」
「まあいい。俺たちの弟の遺したあれを勝手に持ち出したのも許してやろう。だがな」
竹継は懐から出した大振りなナイフを仮次に向けて投擲するが仮次はそのナイフの切っ先を、手にしているグラスの底で受け止める。
ナイフの刃がグラスを貫通せず人差し指と中指の間で止まる。
「そろそろ諦めたらどうだ?この一撃を凌げるのはこの裏社会でも数少ない。
そんなお前を彼女、朝日は殺せるかもしれないが、殺せたとしてもそれは何十年後だ?
お前にはその何十年を消費させる権利があるのか?」
「......」
「彼女が自分で望んだこと、とでも言いたそうだな」
「......いや、俺が望んだことだ。それにそう長くかからないはずだ」
「さてどうかな。じゃあこうしようじゃないか」
竹継は仮次の前のソファに座る。
「彼女がさっきオファーした仕事をこなせればそれでよし。もし失敗した場合は、」
右手を仮次に向けて広げ、ギュッと握る。
一瞬で閃光が部屋を埋め尽くす。
仮次はソファを乗り越えてその陰に隠れようとするが頭上に跳びあがった竹継に右腕を後ろに取られてうつ伏せに取り押さえられる。
「失敗した場合、お前は『死ぬ』
少なくとも彼女にとっては。茶番だが喪主と弔辞は俺がやってやる」
「朝日は......朝日はどうなる」
「彼女の思う通りにしてやる。お前への復讐以外でな」
「......」
「これに同意しない場合、彼女は安城家のバックアップをすべて失う。
安城家での訓練、訓練校への所属、ラティーマ......」
さっき投げたナイフを拾い上げ仮次の右の首筋に当てる。
「いや、面倒だな。ここで本当に死ぬか?」
プツッと皮膚が切れる音と共にナイフの刀身を血が伝う。
竹継の目はナイフよりも冷たく刺すような眼差しはその切っ先よりも鋭い。
「返事はどうした」
角度を変えるだけでナイフはより深く食い込み、刀身を伝っていた血は多く速くなる。
「......俺が......」
仮次が言葉を小さく漏らす。
「?」
竹継が耳を仮次の口に近付けようと体を乗り出した瞬間、左腕で竹継の首を掴んで両足を前方に踏み込み前回りしながら投げる。
組み伏せられていた状態から無理やり投げたせいで右腕は脱臼し、首筋からは血が吹き出している。
左手で首筋を押さえながら竹継を投げ飛ばした方を見ようとするが、そこには本棚から落ちた本が床に落ちているだけで竹継の姿はない。
「悪いな」
仮次の右側に回り込んだ竹継の右拳が鳩尾にめり込む。
気絶した仮次の体から力が抜け竹継に凭れ掛かり首から吹き出す血が竹継の体を赤く染める。
止血をして床に置き、内線をかける。
「病院の部屋はとってあるな。3日間拘束させておけ。」
『し、しかし明後日の依頼のバックアップは、』
「山城。仮次は依頼とは関係なくバックアップに付くことを黙認されているだけだ。契約は安城家の人間がバックアップに付くだけだろう。」
『ですが!宮木代表の個人的感情を鑑みると危険です』
「そのために入院させるんだろうが。
原因を聞かれたら安城家のゴタゴタが、とでも言えば追及してはこない。」
『わ、分かりました』
内線を置くと当主室のドアが開き部下が3人入室する。
「「「お疲れ様です。」」」
「ご苦労。手筈通りにするように。」
血まみれの当主にも全く動じない彼らが仮次を担ぎ上げ部屋から運び出したのを見送った後、弟の返り血をそのままに煙草に火をつけようした手が震えているのに気付き苦笑する。
結果だけ見れば竹継の完勝だが自分の腕の関節を外し首の血管を切られながらも敵を投げ飛ばす、頭のねじが外れた男である仮次との戦闘は竹継の神経を昂らせていた。
「肉親と戦って昂るとは、俺もあいつの兄か」
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