第14話 安城家道場(入門編)

門下生に荷物を渡した朝日は両手をだらりと下して目を閉じリラックスする。

ごく薄い水色の薄いブラウスに膝丈の紺のキュロットスカートを合わせた朝日はその体格から背伸びした小学校高学年に見えないこともない。

ゆっくり目を開けると朝日は軽くステップを踏み後ろに軽く二歩下がり岩岡との距離をとる。

距離をとる朝日の様子を見て岩岡の体の緊張が緩んだ瞬間、一歩で距離を詰めた朝日は右こぶしで腹部を殴る。

伝統空手の刻み打ちの要領で放たれた渾身の打撃は岩岡の黒い道着に跡を残すのみでその内側への影響はないに等しい。

それもそのはずひいき目に見ても小柄な中学生ほどしかない朝日の体格から繰り出される打撃は、身長180m以上、体重も3桁はあるだろう岩岡には通じない。

それでも岩岡からの評価は高い。

「若いのに力任せでない、いい攻撃です。

 いったん引いておいて急激に距離を詰めることで意表をつきみぞおちを突く。

 実践向きの鍛錬を積んでいる証拠です」

朝日は腕を戻しさっきより遠く三歩距離をとる。

「お世辞はやめてくださいっ」

「ふふっ」

戦闘に入り硬さがなくなった朝日の口調に喜んだのか不敵な笑みを浮かべファイティングポーズをとる。

「まだまだ。もっと朝日さんのことを教えていただきたいので手加減しますがこちらからも仕掛けますよ。

 

朝日に合わせたのか口調を変えた岩岡の目つきが鋭くなり、その言葉を受けた朝日も表情を一瞬暗くさせ歯を食いしばる。

岩岡を中心として円を描くようにじりじりと右側に移動しながら慎重に距離を詰める。

岩岡が朝日に相対するように体制を変えようと右足を動かそうとした瞬間朝日の右ローキックが直撃する。

先ほどとは違いバシィィィッと音が響くが表情を変えず攻撃を受ける足にかまわず右拳の下突きを放つ。

朝日は右にわずかに避けながら前進し返す刀で左ストレートを当てるが間合いが近すぎたか手ごたえがない。

岩岡はにやりと笑い朝日の腕を片手で掴む。

力を入れていないように見えたが掴まれたと思った瞬間朝日の両足は床から離れその床が頭上にぐるりと回転して移動した。

衝撃の予感に掴まれていない方の腕で頭部を守るが岩岡が手首を捻ると朝日は背中を下にして仰向けにふわりと着地する。

急いで立ち上がる朝日の見たものは心臓を狙った渾身の右ストレートだった。

何のことはない右ストレートだったが朝日はしかし左右後下のどこにも回避することを選べなかった。

の攻撃に背を向ける自分を朝日は許すことができなかった。

岩岡の右ストレートが自分の左肩の上を通るよう身をかがめて左手で岩岡の右袖をつかみ体を引き寄せる。

朝日の腕力では100kgはあるだろう岩岡の体は動かせないがストレートの勢いを利用することで体勢が崩れる。

そして接近する岩岡の腹部......でなく頸部に思いきり額をたたきつける。

岩岡が膝をつくのと門下生たちが歓声を上げるのはほぼ同時だった。


朝日が目覚めた時には自分が思ったより強く当たったのか朝日の頭には包帯が巻かれていた。

「朝日ちゃん、大丈夫かい」

手当をしてくれた若い門下生が声をかける。

「まだ頭がくらくらします」

「そりゃあそうです」

声の主である岩岡はもうすでに道着ではなく、私服に着替えておりシャワーも浴びたのか濡れた短髪のままだった。

「私と朝日さんの攻撃の勢いがそのまま額に当たったわけですからね」

「むしろなんで岩岡さんは平気なんですか......」

「動きは見えていたので筋肉で首を固定して衝撃に耐えただけです。

 多少効かされてしまいましたがね。」

顎の当たった部分をさする岩岡。

「朝日さんの鍛錬方針が決まりました。

 ナイフの使用を前提とした格闘術を前提として、相手の動きを前提としたカウンターを出せるために不安定な姿勢でも動けるよう下半身の筋力と柔軟を強化しましょう。」

いつの間にか用意されていたホワイトボードに鍛錬方針が書き込まれている。

門下生の何人かが手を挙げて発言する。

「アクロバティックのために三半規管の強化も必要では」

「身長が低い分より低い姿勢で戦えるようにするべきでは」

ブレインストーミングによってホワイトボードが埋まっていく。

「とりあえず今日はここまでで。

 次回からは門下生にも協力してもらうかもしれん」

「応」

「応!」

「はい」

岩岡の言葉に門下生が応える。

「協力してもらえるのはありがたいんですが、皆さんまでいいんでしょうか」

「貴重な妹弟子だし」

「この道場にもやっと潤いが」

「才能があるし」

道場に犇く男たちの目に思わず後ずさる朝日。

「よ、よろしくお願いします」

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