第13話 安城仮次の技

裏路地の見学から一週間後、朝日は安城家本家に招かれていた。

仮次が仕事のため安城家が寄越した車で本家に到着した朝日は当主の部屋に通される。

そこには部屋の主である安城竹継が待っていた。

勧められるままにソファに座る朝日の前に竹継がノートPCを置いて開く。

そこに映るのは歩道を歩く安城仮次が男と曲がり角でぶつかる様子だった。

「この映像が何か?」

「朝日ちゃんにはあいつの現在の実力を確認してもらおうと思って」

朝日は彼らがぶつかる瞬間から巻き戻してもう一度映像を確認する。

「実力も何も、ただうっかりぶつかっただけに見えますが」

「もう少し見てみるんだ」

映像に目を戻す朝日。

男は一瞬仮次を振り返った後歩き出すが胸を押さえて倒れる。

「!?これは一体」

「もう一度見てみようか。今度は別のカメラで。」

仮次は別のウィンドゥをアクティブにすると再生を始める。

それは彼らの頭上からの映像だった。

ぶつかる瞬間、仮次と男の体の間で仮次の右腕が動いている......ようにも見える。

「この瞬間に何かをした、と?

 でもこの男はぶつかってから十数秒たってから倒れてるじゃないですか」

「それだけ小さい傷口で殺されたということだ」

竹継は次に、PDFファイルをいくつか開く。

見るとそれらは何かの文書で、いくつかには『部外秘』の透かし文字が入っている。

「資料を見る限り被害者の胸には小さな刺し傷のみが残され出血はない。凶器については不明だがおそらく針のような細い刃物だろう。

 映像を見る限り被害者が危害を加えられたことに気づいた様子はない。

 少なくとも並みの殺し屋が痛みを感じない最小限の刺突を見えない角度から繰り出している、と思われる。

 俺もこの技の正体は知らないからこれらは想像だが。」

「?直接聞けばいいのでは」

「殺し屋は自分独自の技について教えることない。

 他人の目の前で動くことも嫌がるやつもいる。

 だからこそ鯉口美穂のやり方は彼女以外には考えられないんだが。」

「そうですか......

 あれ?それではこの映像はなぜ存在しているんです。

 父......」

朝日は小さく息を吸う。

「......父も嫌がるはずでは」

「こういうことが得意な奴もいるってことだ」

「まあいいです。で、これを見てどうしろと?」

「どうしろという話ではない。あいつの実力を見て、どう思った?」

「......正直、今のままでは勝てないと思います。

 裏路地の見学の時、おそらく殺し屋であろう男に絡まれていた友達を助けようとしました。彼女を掴んでいた男の腕を蹴り上げてすぐ逃げました。」

「やるじゃないか。で、初めての実戦はどうだった」

「信じられないほど体が動きました。

 訓練を初めてほぼ3週間ですが私は急激に強くなっています。」

朝日は膝の上で小さい手を握りしめる。

「でも、この映像を見て思い知りました。

 昨日の訓練での父の動きとは全く違います。

 もちろん力の差があるとは思っていましたが」

これほどとは、と朝日は口の中でつぶやいた。

竹継は肩をすくめてPCを閉じる。

「それが自覚できたならいい。それでここからは提案なんだが、朝日ちゃん」

朝日は両手を開き目を閉じてたっぷり一呼吸おいて落ち着きを取り戻す。

「なんでしょう」

「うちの道場に通う気はないか」

朝日は前回安城家に来た時に道場に寄った時のことを思い出す。

「それは......」

「効果のほどは保証できる。俺も仮次も子供の時分はあの道場でよく訓練したものだ。

 それに今の時点で仮次と訓練するより効率がいいと思う」

「でも、迷惑ではないでしょうか」

「正直少しはそうかもしれん。だが仮次を殺されることはもっと困ることだ。

 気にすることじゃないさ」

あっさりと朝日のたくらみについて言及する竹継。

果たして自分の弟を殺そうとする姪のことをどう思っているのか、胡散臭い笑顔の奥を朝日が洞察することは敵わない。

「で、ではお言葉に甘えて......」

「そうか。じゃあ今から挨拶に行くといい」


「おお!よく参られましたな。話は聞いてますよ。」

朝日を迎えたのはスキンヘッドの筋肉......ではなく筋骨隆々の大男、岩岡だった。

よく見ると組み手をしている男たちは前回より若年層の人たちが多い。

「今日はデビュー直後の人間が主なので若手が多いですね」

「その、女性はいないんですか」

「今はいません。過去には何人かいましたがここ十年はいたことがないですね。」

朝日の不安げな顔を見て岩岡は言葉をつづける。

「更衣室やシャワー室も男女別でありますし、厳密には皆別のメニューで訓練していますので大丈夫です」

そういうと岩岡は黒い道着の襟を正して構える。

「ではとりあえず私に攻撃してみてください。私は防御しかしないので安心してください」

「そう言われても......」

「鍛錬の方向性を決めるために必要なことです。

 打撃、投げ、締め、極め、パンチ、キック、肘、膝

 この道場では素手での格闘技能のすべてを伝授しますが、ある程度の方向性を定めた方が効率がいいですよ」

さあ、と岩岡は改めて構える。

「では......」

若い門下生が朝日のそばに寄り手荷物を受け取る。

「胸を借りるつもりで行きます」

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