第46話 研究所の地下
「神崎はいるか」
『神崎はただいま席を外しておりまして...』
「ヘリを頼みたい。今すぐ飛ばせる社員はいるか」
『すぐに派遣します。派遣先は安城家の庭でよろしいですか』
「急いでくれ」
『もう既に向かっております、もう少々お待ちください。安城竹継様』
電話が切れる。
「仮次、すぐヘリが来る。だから落ち着け」
当主室のソファに座りナイフを出してはしまうを繰り返している安城仮次に声をかける。
「俺のせいだ、俺が朝日をこの件から遠ざけたせいで...」
「積極的に関わらせた方が危険だっただろう。お前は間違ってない」
仮次の肩に手を置いて諭す。
「それに、まさか大山の連絡先を持っていたとは思わなかった。
俺がわざわざ保養地まで探しに行ったのに見つからなかったからあの場所に居るとも思わなかったしな」
「......」
無言で立ち上がり当主室を出る仮次
「おい!そろそろヘリが来るぞ」
「わかってる。兄貴、藪については任せてもいいか」
「ああ。尻拭いしてやるよ」
仮次の姿が消えた後再び通信機器を手に取る。
「岩岡、手の空いている部下を全員召集しろ。」
庭にヘリが近付く音と共に駆け出していく仮次の姿が見えた。
バタバタバタバタ...
研究所にヘリが近付いて来る。
『マスター』
「うん」
着陸寸前のヘリから仮次が飛び降りてこちらに走ってくる。
「朝日!けがはないか!?」
「は、はい」
「そうか......」
仮次はほっとしたようにため息をつく。
「......何か見つけたのか?」
「!こっちです!」
例の奥にスイッチがある本棚の前へ連れていく。
「これは...」
『地下があることはわかってはいるのですが、罠の危険もありましたので』
「朝日、俺は勝手にここに来たことを怒ってはいない。むしろお前に悪いことをしたと思っている」
「......」
「だが、やるなら徹底的にやれ」
離れていろ、と言い無造作に投げたナイフがスイッチに触れる。
ゴゴゴゴゴ、という音が部屋のどこからか響く。
「...大丈夫だな。行くぞ」
懐から出した懐中電灯を構える。
朝日もラティーマを起動させる。
地下は地上階よりも......いや、比べようもないほど清潔だった。
懐中電灯の明かりの範囲には瓦礫やゴミ、小動物の影がなく、それどころか埃さえ積もっていないように見える。
「いったいこれは、」
「静かに」
仮次の中指から糸で括って吊るしてある小型のナイフが揺れる。
「何か来るぞ」
「!」
右手にラティーマ、左手に投げナイフを構える。
「そこの角からだ。足音がないから注意しろ。俺の合図で投げるんだ」
唇を引き締め、黙って頷く。
「3...2...1...今だ!」
シュッ!という二つの風切り音の一瞬後、壁にナイフが刺さる鈍い音が響く。
明かりに照らされた正体は......ロボット掃除機だった。
ナイフが刺さったことで壁から飛び散った細かい破片を吸い取り、2人の脇を通り過ぎていく。
「......少なくとも電力を供給している何かか誰かがいる、ってことですか?」
「危険は少なそうだが今ので気付かれただろう。少し急ぐぞ」
それから2人は地上階と同様に1つずつ部屋を確認していく。
誰もいない。何も残っていない。
何らかの実験器具はもちろん家具も何一つ残っていない。がらんどうの部屋がいくつもあった。
「金目の物どころか全て根こそぎ持って行ったようだが、なぜ整備されている」
「ええと、ラティーマ。この部屋が最後?」
『どうやらそのようです』
一番奥の、構造上一番大きい部屋の前に立つ。
その扉はこれまで調べたどの部屋のものより頑丈そうで、昔映画で見た潜水艦の中にあった分厚い扉や金庫室の扉を思わせる重厚なものだった。
「鍵のようなものは、」
ドン!
朝日がドアに触れようとしたその時、大きな力でその扉が中から叩かれる音がした。
「朝日!」
仮次が急いで朝日を扉から引き離す。
ドン! ドン! ドン!
音は止まらず、扉がひしゃげていく。
「近くの部屋に、いや、ここから逃げろ!!!」
ドン! ドン! ドン!
一瞬ラティーマを強く握るが下唇を噛み、踵を返して走り出す。
朝日の姿が暗闇に消えたのを確認した後、ナイフを構えて扉に正対する。
「これは朝日には見せるのはまだ、」
「ガオァアアアアアアアアアア!!!」
独り言の最中に扉が破られ、怪物がとびかかってくる。
恐ろしい速度で迫りくる爪に対して反射的に投げたナイフが飴細工のように折られる。
「嘘だろ...!」
必死で後ろに飛び退った直後、目の前で床が爆発し土煙が立ち込める。
土煙の中から飛び出してくる拳をナイフでいなしながらじりじりと後ろに下がる。
「......っ!はあっ!」
一瞬の隙を突き、右手に握った十本のナイフをすべて投擲する。
それに遅れて左手からも同様にナイフを投擲。
土煙の中、一本道の廊下を埋め尽くすように投擲されるナイフ。決着は当然だろう。
相手が普通の人間ならの話だが。
ぐっ!!!と仮次の体がナイフに繋がったワイヤー越しに引っ張られる。
その力は今まで仮次が体験した何よりも強かった。
「やはり無駄か」
ナイフのホルダーを体から取り外して難を逃れるが、ホルダーは土煙の中に飲み込まれる。
「怪物め......!」
「ガオァアアアアアアアアアア!!!!!」
怪物の雄たけびが地下に響き渡る。
「はぁ...はぁ...!」
階段を数段飛ばして駆け上がる。
『マスター。すでに移動手段は用意してもらっています。
こちらのGPSを追跡して拾ってくれますから、』
「黙って!私......」
地上階、隠し階段があった棚の裏の隠し階段から出たところで立ち止まってしまう。
「私、また......!また誰も......!」
悔しさと悲しみの涙が止まらなかった。
『......仮次氏ならきっと、』
「ラティーマも見たでしょう!?あんなに厚そうな扉がひしゃげて...!
あんなの...人間じゃない...!きっと、今まで見た誰よりも強い...」
沈黙が流れる。
こういう時に何も言わないところはラティーマの思考能力、その性能を如実に表している。
「やっぱり戻、」
『後ろです!マスター!』
「えっ?」
首筋にひんやりした温度を感じた瞬間、朝日の意識が途切れラティーマが手から床に落ちる。
後ろに立つ少女が朝日の体を抱きかかえる。
身長は朝日より低く顔も幼いがその表情からは幼さは感じられない。
「本気のお前なら俺の接近に気付けただろ?ラティーマ」
『あれはマスターへの負担が大きく...!』
「お前はAIにしちゃあまじめすぎるというか...まあ俺のせいなんだろうが」
『そんなことよりマスターをどうするつもりですか』
「手荒なことはしない。
それどころかプレゼントしてやるつもりさ」
ラティーマを見下ろす少女。
「お前も連れていくぞ」
『!マスター意識不明により自己防衛モード起動!』
ラティーマの各所の外殻が開き、アームを細い足のように使い自立する。
「手荒なことはしないって言ったのはお前に対してもだ。
俺に手荒なことをさせるなよ」
羽織っている白衣の袖から発射された緑色の粘液がラティーマに命中。
アームを動かすと刺激を受けた部分の粘液が白く変色して固まり、動きが封じられる。
『こ、これは...』
「さて、回収回収っと
ああ、放電機能は無駄だぞ」
薄い手袋をつけて粘液に塗れたラティーマを拾い上げると、そのまま手袋を脱ぎながら裏返し白衣のポケットに仕舞う。
『ど...こへ...』
「いいところさ」
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