第18話 サプライズ

その日、朝日はいつも通り朝の訓練を終え訓練校に登校したはずだった。

「ん?」

朝日は裏路地が所有するビルに入ったところで甘いにおいがすることに気づく。

すかさずハンカチで口と鼻をふさぐが効果はなく、その場に崩れ落ち意識が暗闇に落ちる。


目を覚ますとそこは大きいプールサイドで、パラソルの下でドリンクを飲む数人の男女が寛いでいる。

「お嬢、目覚めましたか」

朝日が振り返るとポージングを決めたマッチョ...おそらく安城家の者だろう...がいた。

「こ、ここは?」

「特別合宿所ですよ。」

パラソルの下で寛いでいた鯉口が立ち上がる。

「特別合宿所?」

周りで朝日と同じように倒れていた生徒たちが目を覚まし始める。

「ん、んんん?なんだここは?」

「あれ~バカンス~?」

「起きた人はほかの人を起こしてください。

 オリエンテーションを始めます」

鯉口はどこから取り出したのかホワイトボードを頭上に掲げる。

そこには大きく『地獄合宿』と書かれていた。


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仮次は雑居ビルの物陰でナイフを構えなおす。

一年は感じなかった命の危機に手が震えそうになる。

それもそのはず彼の相手は室町時代から続く小太刀の流派、中条流を十代で修めその技術を短刀、ナイフ、暗器に流用した達人である。

その名を甲斐十三と言う。

裏路地等の組織に属さず仕事をしている今では珍しい殺し屋の一人で、仕事を済ませた後に『修行』と称し逆の立場で仕事を受けた者とわざわざ立ち合い、そのすべてを殺傷する危険人物である。

しかし仮次もただではやられず護衛対象はすでに逃がしており、一人で足止めをしている。

「くっ!」

右手に構えたナイフを投擲する。

甲斐は左手が空いているにもかかわらず右手の小太刀を上に放り投げ、空いた右手でそのナイフの柄を掴む。

「フン。この程度のスピードでは当たらんぞ」

ナイフを投げ捨て、落下してくる小太刀を受け止める。

「ならばこれなら......!」

両手の指の間に一本ずつ挟んだナイフ計8本を4本ずつ投擲する。

「学習能力のない男だ」

少しずつ後ろに下がりながら右手の小太刀を振り一本ずつナイフを叩き落とす。

8本目のナイフを叩き落とした甲斐の眉間に、ありえないはずのが迫る。

「姑息だな」

甲斐の左手に握られた銃が音もなく火を噴く。

銃弾により弾かれたナイフが宙に舞い地面に突き刺さる。

銃と小太刀の二刀流。これが甲斐の強さである。

一点への衝撃が強みである単発式の拳銃を防御のために使えるほどの精密さで扱うことで敵の踏み込みを甘くさせナイフよりリーチの長い小太刀で攻撃する。

かと思えば相手の攻撃を小太刀で防ぐのと同時に懐に入れたままの拳銃で心臓を打ち抜いたり小太刀を投擲し怯んだ相手の眉間を打ち抜いたりと二つの武器を攻防自在に扱う柔軟さこそ甲斐の本領である。

しかし技術の柔軟さに反して甲斐の方針は頑固で強固なものだ。

彼はその技術を完璧なものにするため強者との闘いを望んでいる。

「その程度の障害物、この弾丸なら貫けるぞ」

甲斐は弾を装填して引き金を引く。

威力と静音性に特化した結果単発式になった甲斐の銃から音もなく発射された大口径の銃弾がコンクリートの壁を貫通し仮次の肩口を通り過ぎる。

これまた特別製の銃弾は重く、防弾チョッキを着こんだターゲットが5メートル余り吹き飛んだこともある。

小さいコンクリートの欠片や粉がスーツの肩を灰色に汚す。

仮次は装填の隙に手元のワイヤーを思いきり引く。

そのワイヤーは投擲したナイフの柄に繋がっており地面に散らばったナイフが仮次の手元に向けて動き出す。

「ナイフの量が多いと思ったがそういう仕掛けだったか。

 思っていたより詰まらんな。」

身をかがめて右手の小太刀を一振りするとワイヤーが切断されたのかナイフの動きが止まる。

「話に聞いていた安城の鬼児も所詮はこの程度か」

興覚めだ。と言い障害物を横薙ぎに一刀両断する。

しかしそこには仮次の姿は無く、束ねられたワイヤーが床に落ちていた。

「これは......」

甲斐が束ねられたワイヤーを注意深く拾い上げ、軽く引く。

するとひびの入った天井の一部が割れコンクリートの塊が甲斐の頭に降り注ぐ。

「いやはや、標的を逃がされて個人的なターゲットにそっぽを向かれるとは。

 今日はついていない」

天井が崩れる轟音に紛れて手近な窓を割った仮次は窓枠や雨どいを伝って1階まで下りる。

「狭い場所でお前と戦っていられるか」

裏社会でも珍しく銃を使用する甲斐だが、その銃が単発式であることやそもそも銃、小太刀と違法性の高い武器を使用することから狭い場所や閉所での戦いが得意である。

弱点として挙げられるのが銃器の持つ圧倒的なリーチを生かせない点くらい、と業界で評されることからもわかるように甲斐十三は隙のない強力な殺し屋である。

むろんそれは『修行』を優先する精神的な隙を除いてのことだが。

結果として仮次は傷一つなく仕事を完了した。


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「ひぃ......ひぃ......」

「ふん!ふん!ふん!」

「あ、足が......」

「ほらあと4周!

 足が千切れても歩ききってもらうわよ!」

赤い競泳水着に黒のラッシュガードを羽織った鯉口は手を腰に当て、流れるプールの中にいる教え子たちに笑顔で檄を飛ばす。

朝日たち生徒はオリエンテーションが終わるとともに流れるプールに普段着のまま投げ込まれた。

普段は裏路地の保養所として使用されている流れるプールはその機能の限界まで流れを加速させられており、また普段は温水が湛えられるところには無色透明の粘性の液体が入れられている。

「足が重い......!」

5周することを命じられた朝日たちは必死に手足を動かしたが、半周したころには流れに逆らうので精一杯になっていた。

泳ぐのを無理と判断し、歩いて進むことにしたがそれも容易なことではなかった。

水より重い液体はそれを掻いて進む肉体に負担を強い、肌や服に付着するほどではないが明らかに存在する粘性がその負担を一層強くする。

しかし流石は殺し屋の子女たちである。

一部の生徒はゆっくりになりながらもその歩みを止めず、それに引っ張られるかのように一度は立ち止まってしまった者達も前に向かって動き始める。

朝日は止まらず歩き続ける一団の中にいた。

さすがに幼少期から訓練を重ねている男達には一歩及ばないもののその後ろにしっかり食らいついていた。

安城家本家での訓練が身についているのを確認したマッチョ達が嬉しそうに頷きあう。

笛の音が響く。

「それまで!」

その声に生徒たちが顔を上げる。

「ゆっくりプールサイドから出るように。

 体が動かない人は報告してください。」

数人が手を挙げて助けを求め、マッチョ達に抱え上げられてプールから脱出する。

朝日はやっとのことでプールから出た瞬間、液体を含んだ衣服の重みに思わず膝をつくが、気合を入れて立ち上がる。

「はぁー、はぁー、つ、疲れた......」

「朝日ちゃん~」

「あ、恵さんは大丈夫でし、た、か」

よたよたと歩く恵の今日の服装はどこかの学校のセーラー服のようで、普段の彼女の服装と比べると露出度は低いものだった。

しかし服の生地が薄かったからか上半身はほぼ透けており黒のブラジャーだけでなく桃色に上気した肌の色までもがまるわかりになっている。

赤いスカーフはほどけておりそれがまた自然に脱げていることを表しているようにも見える。

膝上まであるスカートは露出を抑えているがそれゆえに足腰にぴったりとまとわりつき生地の薄さも相まってむしろその形を露わにしてしまっている。

「た、タオル!誰か!タオルを!」

「お嬢。これを。」

マッチョが差し出した大きめのバスタオルを受け取り急いで恵の体を覆う。

「え~別にいいのに~」

「いいから巻いといてください!」

タオル越しに恵の体をしっかりとつかみながら自分の胸部......いや体を見下ろす。

ぴったりと張り付いた黒いシャツが体に張り付き、体つきを強調している......強調しているはずだ。

バスタオルを少しめくり、服の上から恵の腰に平手打ちする。

「やん♡痛~い」

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