第12話 命の部屋

『裏路地』の見学は何の問題もなく行われた。

殺し屋が依頼を受注する受付や支給される装備を受け取る場所の見学、実際のブリーフィングの見学や疑似ブリーフィングを行った。

昼の休憩ということで、中央広場で一次解散することになった。

朝日は恵と昼食をとろうとしたが彼女は休憩時間が始まった時にはもうどこかへ姿を消していた。朝日は地下だというのになぜか日が差しているカフェテリアで昼食をとった後、施設内を散歩することにした。

そこは商店や飲食店が並ぶ市街地のようなエリアで、全員が殺し屋だと思えないほど人通りが多かった。

ふと店と店の間をのぞき込むと露店が並ぶ通りがあり、興味をひかれた朝日は足を踏み入れた。

怪しげな露店が2つ3つあるその通りは地下であることを思い出させるように薄暗く、露店の店員も含めてそこにいる人間も後ろ暗いものばかりに見える。

(殺し屋である時点で表の通りの人も同類だろうけど)

好奇心より恐怖心が増してきた朝日はUターンし戻ろうとする。

「しつこいわよ」

「西東家の女が『裏路地』に何の用だ?」

背後から恵の声と、おそらく恵に絡んでいる男の声が聞こえた。

朝日は振り返ると声の主を探して道を進んだ。

「今日は訓練校の見学で来たの。別に何の用事もないから帰らせてくれる?」

朝日は恵を見つけたが背を向けていて朝日に気づいていないようだった。

「うるせぇ!ここにお前らが来てもらっちゃ困るんだよ!」

男が恵の腕をつかみ通路の奥へ連れて行こうとする。

「ちょっと!放してよ!」

朝日は思わず彼女に駆け寄り、男の腕を蹴り上げた。

「痛ッ!なんだこのガキ!」

「朝日ちゃん!」

男の手から自由になった恵は素早く男から離れる。

男は朝日を睨みつけたかと思うと首にかかった板を見てはっとする。

「何だお前も訓練校のガキか。お前らに絡むとろくなことがねえ。お前はさっさとあっち行きな。」

払いのけるように手を振る男に朝日は食って掛かる。

「恵も一緒に帰るのよ。そろそろ集合の、」

「いーや西東家の女は置いて行ってもらう」

伸ばした手を遮るように朝日は恵の前に立つ。

男はそんな朝日の様子を見てため息をつき、目を閉じて首を振る。

「だから訓練校のガキは嫌いなんだ。

 お前、西東家がどういう家か知らねぇだろう

 いいか、西東家ってのは、」

男が目を開けたとき、二人の少女の姿はそこにはなかった。


「はぁっ はあっ」

「はあぁん はぁぁあん」

朝日と恵は集合場所の中央広場で息を切らせていた。

「朝日ちゃん、助けてくれてありがとう」

色っぽい息を整えた恵が言う。

「そ、それよりさっきの人は知り合い?」

「いや~?でも私の家のことは知ってる、というかこの仕事知ってる人は西東家のことはほぼ知ってるから~」

本格的に落ち着いたのかいつもの調子に戻る恵。

「......」

「知りたい?私の家のこと?」

そう言って身を屈めて朝日の顔を覗き込む恵の顔はいつになく不安げだった。

「いや。言いたくないならいい。いずれ知るかもしれないけど。」

「そう。」

集合時間が近づいたからか訓練校の生徒が集まってきた。

どこからともなく現れた鯉口とどこか疲れたような顔の本間も合流し裏路地見学が再開した。


いくつか施設を回った後、最後に大きな部屋にたどり入った。

高さが5mほどもあり床面積はバスケットコートが四つは入るだろうか。

椅子はなく左右の壁に2つの長いカウンターがあり、裏路地の構成員であろう人間が4人配置されている。

部屋に入って正面の壁は大きなディスプレイになっており、何十人もの男女の顔写真や数字が画面の中を動き回っているが、最も目を引くのは中央に固定されている他の数字よりサイズの大きな数字でその数値は『47959851』となっている。

本間はディスプレイの左下に立ち、手のひらを押し当てる。

すると動き回っていた顔写真と数字は整列する。

「この部屋は対象室A-2、通称『命の部屋』と呼ばれています。

 これらの人物はいわゆる賞金首です。

 依頼のターゲットではなく裏路地という組織のターゲットということになります」

ということは顔写真の横に整列した数字は懸賞金だろうか。

そのターゲットは男女だけでなく年齢もさまざまな上、よく見ると顔写真ではなく似顔絵のものもある。

「そして中央の数字は、」

その言葉に朝日だけでなく訓練校の生徒達も中央の数字に目を向ける。

よく見ると中央の数値は増減しているが百の位から上はほぼ動いていない。

「当組織のデータベースと直近の依頼内容からはじき出した、人間一人分のです」


一方そのころ仮次は道を歩いていた。

いつものように黒いスーツに黒いネクタイ、白いワイシャツの胸ポケットには懐中電灯などが内蔵された万年筆が差さっている。

人生における目標ができ、計画が順調に進んでいる仮次ははた目からはわからないが上機嫌になっている。

「おおっと」

曲がり角を曲がったところで灰色のスーツを着た中年男性とぶつかってしまう。

「痛つつ......申し訳ありません」

「こちらこそ」

男は仮次の顔をちらりと見ようとするが仮次はもう歩き去っており見えるのは背中だけだった。

口の中で悪態をついた男は再び歩き始める。

六歩ほど歩いて角を曲がった男はしかし、胸を押さえて片膝をつく。

「た、がだっ、」

助けを求めようとした男の口内に血が充満し、男は声を発せられぬまま倒れそのまま絶命した。


誰もいない『命の部屋』のディスプレイに表示されている、ターゲットの顔写真とその懸賞金が消去された。

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