第32話 夏季休暇 その3
「ご報告に参りました」
夕方、安城本家当主の部屋を訪れた山尾は椅子に座った竹継を見据えて直立不動のまま言う。
竹継は肘掛け椅子に背を預け、引き出しから取り出した煙草を咥えて火を付ける。
「始めろ。楽にしていいぞ」
「はい。テロによって我々バックアップが任務を引き継ぐことになりました。
対象の護衛任務は完了。人的被害はほぼありません。テロの首謀者については、」
竹継は机の上に放ってあった書類を手に取る。
「裏路地から話があった。
裏路地の旧支配層の残党と他の中小組織が手を組んでいたそうだな。」
「はい。傘使いの雨宮との接敵もありました。現当主、
唐氏の孫である
山尾は一度口籠るが、咳払いをして続ける。
「えー。安城朝日が足止めのために戦闘を行いました。」
竹継はひときわ大きく煙を吸い込むと、苛ついた様子で灰皿に煙草を押し付ける。
「戦闘する任務のはずじゃあなかった、いやそれどころか出番がある確率すら低かったんだがなあ」
「初回からこれで大丈夫でしょうか」
「これで殺し屋の道を諦める、ってことになれば個人的にはいいんだが。」
新しい煙草に火を付けて大袈裟に煙を吹かす。
「さてどうなるかな」
同時刻、安城家本家の離れには風呂から出た安城朝日が床に座っていた。
目の前には座布団の上に置かれたテーザーガン。いや、テーザーガンが付属したAI。
『改めて、私の名前はラティーマ。標準戦闘用AIです』
「......安城朝日。」
沈黙。
『どうなさいました?マスター』
「......あの時急に声を出したから、取り逃がした。」
『申し訳ありません。が、』
AIらしからぬため息のような音声を漏らすラティーマ。
『あのままならやられていたのはマスターの方かと。』
「......まあどっちでもいい。」
座布団を掴んで引き寄せ、ラティーマを持ち上げようとする朝日。
その瞬間、ラティーマの外殻の一部がスライドし、中央部が露出したかと思えば開口部から天井に向かって放射状に光が照射される。
『恐らく相手の装備のせいでしょうが電流を一部アースのように地面に逃していたのでしょう。』
その言葉と共に光に複雑な紋様が混ざり、数時間前に戦った少年の姿が映し出された。
「立体映像?」
『このラティーマが有する機能の一つです。』
「......で?」
『彼は鋼鉄製の折り畳み傘を広げていました。マスターならどうされましたか?』
等身大だった少年の立体映像が小さくなり、少年が折り畳み傘を構えた先に小さい朝日の立体映像が投影される。
「彼の右太ももを負傷させていたからまず私から見て左に回り込んで、」
『こうですね』
朝日の言葉通り、立体映像内の朝日が体を傾けて少年の左に回り込む。
「そう。それでナイフを脇腹か脇に突き刺す。それで終わるでしょ」
立体映像が消えて顔文字が表示される。
『果たして本当に人の体を刺せたかどうか疑問ですね』(^^)
「......」
朝日が無言のままラティーマに手を伸ばす。
ラティーマは慌てて再び立体映像を映す。
『本気で刺そうとしたとしても、その行動ではこうなります』
立体映像内では広げられた折り畳み傘の骨と生地(もちろん金属製)が伸び、ひと回り大きい傘になり朝日のナイフが防がれる様子が映される。
「こんな仕組みがもしあったら、ってこと?」
『もし、ではなく実際に存在しました』
立体映像がラティーマの概要図に切り替わる。
『搭載された集音マイクで周囲の振動を拾うことで、目には見えない部分まで3D映像化することができます。』
立体映像が消える。
『納得されましたか?』
「分かったけど、何でそれを私に?」
『あなたに私の価値をわかってもらう必要があるからです』
「で?」
『?』(°_°)
「どうすれば良かったかわかるってこと?」
それがお前の価値になると言わんばかりにラティーマを見下ろす朝日。
『傘ごと殴れば解決です。
マスターの膂力なら傘を殴り飛ばせるでしょう。最初に持っていた番傘型なら難しかったでしょうが。』
「まさか」
『マスターの肉体のことはマスター自身より良く分かります。』
「......」
『私を積極的に使用してくだされば今のような状況判断をリアルタイムで知らせることができます。』
「まあ、じゃあよろしく。」
ラティーマを取り上げ、投げナイフを装着している太もものベルトに取り付ける。
『おお、この状態なら骨伝導で私からなら誰にも聞かれずお話が出来ます。
お好みなら愉快なBGMでも、』
ベルトごと取り外して布団に投げ捨て、夕食に向かう。
「爺さん!大丈夫か!?」
雨宮洋の、撤退を命令した祖父を責める気持ちは病院のベッドで寝ている祖父の姿を見た時に吹き飛んでいた。
「洋。来たか。」
雨宮唐は指のなくなった右手を振り力無く笑う。
「ゆ、指が、」
「繋がると聞いたが義指にすることにした。シワシワの指を繋げ直すくらいならいっそ新しいものにしようと思ってな。」
「そんな......」
「お前も怪我をしたと聞いたぞ?」
「爺さんに比べたらかすり傷だ!
そんなことより誰にやられたんだ!?」
老人はゆっくりと目を閉じる。
「それを聞いてどうする?」
「あぁ!?そりゃもちろん、」
「【仇を取る】ってか?」
老人は指が残っている左手で孫の胸倉を掴むとベッドに打ち付ける。
洋の呻き声がシーツ越しに聞こえる。
「舐めるなよ餓鬼が!
お前に尻を拭かせるくらいならこの場で死んでやるわ!」
「わ、わかった。悪かったよ爺さん!」
「フン!」
床に投げ捨てるように手を離す。
咳き込む洋に構わず言葉を続ける。
「仇はともかく、お前にはもっと強くなってもらわねばならん」
「ゲホッ。も、もちろん!」
「だが見ろ。」
老人が右手を掲げる。
「儂は義指を付けて馴染むまでかなりかかる。その間お前には別の場所で修行してもらう。」
「どこで?」
ベッドの横の封筒を手渡す。
「ここに行け。
忌まわしいことに裏路地の下部組織だが幅のある技術を教わることができる。」
それだけ言うと右手で追い払うように洋を病室から追い出す。
洋が頭を掻きながら病室を出て扉を閉めるのを見送る。
自分の右指を切り落としたのが安城仮次であることを言わなかった理由は、孫に伝えた通り自分で決着を付けたかったのもあるがイカれた男と孫を関わらせたくないと言う情もある。
無論訓練校に安城家の、それも仕事で戦った者がいることは調べがついている。
それもまた老人の情だった。
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