第39話 再び安城家

安城朝日が目を開けるとそこは安城家の医務室、というか病室のような部屋だった。体を起こそうとするが腕も足も、首すらも動かない。

声も出せず口をぱくぱくさせていると、目を覚ましたことに気が付いたのか白衣を着た女性が部屋を出て行く。

「朝日ちゃん。気分はどう?」

入れ違いに何故かスーツの上から白衣を着た安城竹継が十分後に現れた。

いつもの張り付いた笑顔が似合わない。

「あまりよくは、」

「だろうねぇ。

数十カ所の骨折、出血多量、おまけにズタボロの筋繊維。随分無茶をしたね。」

「そんなことより!」

「まあどうせ今は動けないんだ。私と話をしないか」

朝日の言葉を遮りながら首を掻く竹継。

「......何故私は助かったのでしょう」

「安城家の医療班、というか我らが弟、いや妹か。竹光がいなければ死んでいただろう。死因が1ダースでも足りないくらいだったからねぇ」

「......」

「聞きたいのはそのことじゃないって顔だね。いいだろう。【これから君の質問に嘘偽りなく答えることを誓おう】」

「......そもそも何故彼は私と戦いたがっていたんですか」

竹継は椅子から立ち上がりカーテンを開ける。夜が明けたのか陽の光が部屋に射す。

「今更気にするのか?」

「......私にとっては都合がいいから考えないようにしていました。」

「安城家のしきたりは知っているかい?」

「?いえ」

「跡継ぎは当主を殺すことでのみ当主になれるという家訓がある。例外もあったらしいけどね。

 じゃあ仮次の体については?」

「......何も」

「そうかぁ」

竹継は窓際から離れ元の椅子に座る。

「子供が作れないんだ。

仮次は自分の血を分けた子供を持つことができない」

「......」

朝日は何かを言おうとして口を閉じる。

「そのせいもあって、仮次は安城家の当主になる権利を失った」

「そ、それは私と戦う理由には繋がりません」

「それが繋がってしまうんだ。」

いつの間にか竹継の顔から笑顔が消えていた。

「仮次はそれでも当主になろうとして研鑽を積んだ。殺し屋として超一流になったがそれでも父は認めなかった......父は言っていたよ。もし普通に生まれていれば、安城家に生まれていなければ、人並みの才能だったならってな。

でも皮肉なことに、仮次は安城家で子供を作れない体に生まれ、才能に恵まれた」

「......」

「いつしかあいつは『自分の子供に殺される』ことを望むようになった。安城家の人間として果たすべき責務だと、そう思い込んだ。そこに君が現れた」

朝日は何かを堪えるように下唇を噛んだ。

「自分を殺せる可能性を持つ君に出会って、あいつは、仮次は俺に嬉しそうに話していたよ。『俺に娘ができた。やっと望みが叶う。』ってさ」

「そんな、そんな下らないことのために、私のパパとママは......」

朝日の身体が熱を帯び、血流が激しくなる。頭の傷から血が溢れ、目尻から涙と共に頬を伝う。

竹継は白いハンカチでそれを拭い、傷口を押さえながら言う。

「そう思うのも無理はない。あいつの一番の罪は、朝日ちゃん。君にそう思わせたことだ」

「え?」

朝日の心臓が元の律動を取り戻し体が冷えていく。出血が収まったのを確認し、竹継はハンカチをサイドテーブルに置く。

「君の両親が死んだ時、仮次は別の場所で仕事中だった。裏もとってあるから資料と証拠を見てもらっても構わない。」

「じゃあ犯人は......」

「こっちの業界でも仮次が犯人ってことになってるから表立って捜査は行われていないが、仮次が独自に調べていた。

他にも依頼していたようだが、まだ犯人は分かっていない」

「......でも、それではなんで犯人の振りをしていたんですか」

「『俺は自分の子供に殺されたいので、俺の娘になって殺し屋として成長して俺を殺してくれ』って言われたらどうする?」

朝日は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「まあ、そういうことだ。自分を親の仇だと思わせることで自分を本気で殺させる狙いだ。」

「......」

「質問はそれで終わりかな」

「......はい」

「それじゃあサプライズだ」

竹継が指を鳴らすと部屋の扉が開く。

そこには車椅子に座らされた仮次がいた。車椅子を押して部屋に入るのはなぜかナース服を着た彼の姉、安城夕子だ。

仮次は両手足と車椅子を繋ぐように手錠がいくつもかけられていた。

「......朝日。すまなかった」

朝日は何も答えられずただ仮次を見ていた。

「誠意が足りないんじゃないか?」

「兄貴が全部話すから混乱しているんだろう」

「混乱するような状況にしたのはお前だぞ」

「......」

夕子は兄弟のやりとりに困ったように笑っていた。

「正直、殺してしまったかと思いました」

「それが望みだったんだが、結果はこれだ」

「真犯人を探してくれていたことには感謝します。ですが、」

「そうだな。すまなかった」

仮次が竹継を見る。

「夕子。もういい。」

「あらそう。じゃあね。朝日ちゃん」

黙って俯いたままの仮次を乗せた車椅子を押し夕子が部屋から出る。

「なぜ手足に手錠を?」

「現在、仮次は謹慎中の身だ。君を殺し屋の世界に巻き込んだことに対する罰が決まるまでだがな」

「私が言うのもなんですが、殺し屋としてはご法度なんでしょうか」

「表の世界の人間を引き込むことが、かな?それ自体はたまにあることだが、君を騙して人権を無視した行為については別だ」

「そうですか......」

朝日は瞼を閉じる。

しばらく経つと竹継は椅子から立ち上がり、部屋から出ようとする。

「竹継さん」

声に足を止める。

振り返ると朝日は瞼を開けていた。

「聞きたいことと、頼みが一つずつあります」

一ヶ月後、彼女は完治し安城家を後にした。見送りはなかった。


「仮次。処遇が決まりました」

一夜が仮次が謹慎している部屋を尋ねると、仮次は磨き上げられた大理石の床に正座し窓の外を見ていた。

「......そこそこいいホテルのスイートなのですから、死刑囚のような態度をとるのは損ですよ。」

「死にゆく弟へ最後の贅沢を寄越したのではないかと心安らかにはいられねえよ。母さん」

「竹継は本当に......あなたがそう考えるのも想定の内でしょう」

竹継流の嫌がらせだったが、一ヶ月も弟を押し込める部屋をできるだけいいものにしたいと言う思いもあった。普段の行いからそうは思ってもらえないのだが。

「で、処遇とは?処罰じゃないのか?」

「殺し屋業界のために一定期間無償で働くこと。労役の様なものと考えなさい」

「四肢の切断くらいは覚悟してたけど」

「殺し屋としての腕があって良かったですね」

「洒落になってないよ......」

仮次は立ち上がり伸びをする。

「で、今日はこのまま釈放?」

「とんでもない」

一夜が部屋の扉を開ける。

「家族会議、又の名を説教タイムです」

開いた扉から竹継と夕子、そして竹光が入ってくる。

「そう上手くはいかないぞ。だいたい首を絞めたことを謝ってもらってないんだが?」

「倫理観ってものを取り戻してあげないと」

「治療費は安城家じゃなくて兄貴持ちだって」

仮次が解放されたのはそれから25時間後だった。


仮次は家を引き払うため私物を回収しに朝日と暮らしていた家に向かっていた。

車を降り、改めて家を眺めると哀愁の様な何かが仮次の心に湧いた。

ドアノブを握った時、家の中に気配を感じた。足音も聞こえる。仮次は左手で懐のナイフを握ったまま、右手でドアノブを回す。鍵がかかっていない。音がしない様ドアを開け、家の中に入る。玄関には女性のものだろう。見覚えのある小さい靴がある。何者かはキッチンにいる様だ。香辛料の香りが鼻をくすぐる。

仮次はナイフを握った手を離す。

ダイニングキッチンへの扉を開けると、キッチンには朝日が立っていた。

「朝日......?」

「......」

朝日はコンロの火を止め、鍋に蓋をすると台から降りエプロンを外す。

「仮次さん。テーブルにどうぞ」

「は、はい」

思わず敬語になる仮次の正面に座る朝日。

「ナイフと携帯を出してください。」

仮次は言われた通りナイフと携帯電話をテーブルに置く。

「......ああ、そうか」

「そうです。同じようなことがありましたね」

「安寧な生活と俺への復讐を君に選ばせた。無論、騙していたわけだが」

「決めました。私は、」

朝日はテーブルの上のナイフを掴み、携帯をテーブルに串刺しにする。

「私は真犯人への復讐を取ります。ついては、」

朝日は仮次を見つめる。

「私はあなたの娘です。父さん」

仮次は朝日から目を逸らすように串刺しになった携帯電話を見る。

「俺にそんな資格はない。このセーフハウスも引き払う。君には次こそ安寧な生活を送ってもらう」

「資格とか権利ではありません。これは義務です」

朝日は椅子に乗り、テーブルに両手を叩きつける。

「私に復讐のチャンスをくれる代わりに娘になる。そう言い出したのはあなたでしょう」

仮次は俯いたまま右手をスーツの内ポケットに差し込んだ。

少なくとも朝日にはそう見えた。

パキン!と音がしてテーブルを見るとナイフの刃が叩き折られている。

「復讐のチャンスなどない。俺が蹴りを付ける」

朝日は折れたナイフの柄を掴み、欠けた刃を突き付ける。

「あなたが決めることではありません。私の復讐を取らないでください」

机が真っ二つに割れる。椅子から降りた朝日は仮次の目の前まで歩く。

「そうか......」

仮次は顔を上げて朝日からナイフの柄を受け取る。

「はい。責任は取っていただきます」

「じゃあ改めて」

仮次は背を伸ばしネクタイを直す。

「吉田朝日。今日から君は俺の娘だ」

「はい。これからもよろしくお願いします」

二人ともお辞儀をする。

「ところで、料理を作っていたのか?」

「はい。カレーです。今日の夕食にと思っていたのですが......」

二人が足元を見ると真っ二つになった机が目に入った。

「......今日は外で食べるか」

「そうしましょう」

朝日は身支度のため二階に上がった。

仮次は電話をかける。

「おお仮次。娘との再会はどうだった?」

「兄貴。これはどういうことだ」

「朝日ちゃんには感謝しなよ?あくまで彼女の意思で娘になったことになってるから実質お咎めなしになったんだ」

「兄貴がどうせ何か仄めかしたんだろう」

「いいや?お前は朝日ちゃんを愛しているんだろう?」

仮次は一方的に電話を切る。

「そんなことは俺には許されない」

絞り出したその独り言はやけに弱々しく聞こえた。

「父さん?何で突っ立ってるの?」

仮次が振り返ると着替えた朝日が立っていた

「いや、何でもない。いい店を知ってるから行こう」


仮次は玄関の扉を閉め、朝日に手を伸ばす。

「もうそんな歳ではありません」

朝日はそう言いながらもその手を握り、二人は歩き始める。

「一つ言いたいことがあります」

「何だ?」

「作り笑いや演技は辞めてください」

「っ......そう、だな。家族だからな」

「はい。それに竹継さんみたいで嫌です」

「兄貴も嫌われたなあ」

どちらともなく笑いが起きた。

仮次は自分の目から涙が溢れていることに気づいた。

朝日は気づかないふりをした。

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