3.エヴァン、封印された力を開放する
メフィストフェレスの言葉と共にエヴァンの身体から巨大な塊が噴きだした。
それはまるで幾本もの針金を複雑に絡めて作り上げた禍々しい前衛芸術のような形状をしている。
「な、なんだこれは!?きめえ!」
「これはあんたの魂にかけられていた封印を具現化したものだよ。こいつを解けばあんたの封印は解除されるってわけ」
メフィストフェレスは手を組んでストレッチをしながらエヴァンに近づくとおもむろに封印を解き始めた。
知恵の輪を解くように複雑に絡み合った封印を外していく。
「だ、大丈夫なのか?」
エヴァンが心配そうな声をあげる。
「だーいじょうぶ、任せなさいって。こう見えてもパズルは得意なんだから…って、これは結構厄介だね。なんだってこんなに複雑な封印をされてたのさ」
メフィストフェレスはぶつぶつと言いながらエヴァンの封印を解き続けている。
しかしエヴァンは気が気ではなかった。
小部屋の扉からは這竜の鋭い爪が突き出し、今にも押し入ってきそうだったからだ。
「お、おい、まだなのか?早くしないと俺たちは一巻の終わりだぞ」
「焦りなさんなって…こういうのは溜めが必要なんだから…要さえ見つけてしまえば…いやほんとなんなのこの封印式、こんな複雑なの初めて見るんだけど。悪魔の封印だってここまで手が込んでないっての」
遂に扉から這竜が顔を出した。
空気を震わすほどの咆哮が小部屋に響き渡る。
「まだかよ!」
「もう…うるさいっての!ええい、これでどうだ!」
メフィストフェレスが力任せに封印を引っ張った。
軋むような音と共に封印が弾け飛ぶ。
その瞬間、エヴァンが光に包まれた。
同時に這竜が部屋の中に飛び込んでくる。
その巨大な顎が2人を噛み砕こうとした時、エヴァンが前に飛び出した。
手にした剣がまばゆい光を放ち、剣身を中心に光の刃が生まれる。
小部屋の反対まで届くほどの長さとなったその光の剣が直径数メートルはあろうかという這竜の首を一太刀で両断した。
ダンジョン最強の生物が一瞬のうちに肉塊へと変り果てる。
「ふむ…最盛期と比べて7割…いや6割ってところか?まあ最初はこんなもんか」
軽く息をつくとエヴァンは剣を肩に担いだ。
その途端に剣身がボロボロと崩れ落ちていく。
「ありゃりゃ、持たなかったか。まあ普通の剣だったし、しょうがないか」
「な、な、な…」
それを見ていたメフィストフェレスは釣り上げられた魚のように口をパクパクしている。
「よお、お前さん本当に解呪ができたんだな。おかげで助かったよ」
「あ、あああ、あんた一体何なの!?なんであんな化け物を一太刀で倒せんの?」
「そういえばまだ言ってなかったか」
そんなメフィストフェレスを見てエヴァンが何でもないというように答えた。
「俺は神の加護を受けた勇者なんだよ。いや…だった、と言うべきだな」
「はあああ~????」
ダンジョンの中にメフィストフェレスの叫び声がこだました。
◆
「…つまり、あんたは元々神側の勇者だったってわけ?それで悪魔と戦ってたと?」
「そういうこと。こう見えて俺は聖魔大戦で大活躍したんだぜ。つってももう60年前の話だけどな。聞いたことないか?勇者エヴァンって」
這竜を倒した2人は現在ダンジョンの中を歩いていた。
「いや、聞いたことないね。というかそんな戦争があったことすら知らないよ」
「そうか…」
メフィストフェレスの言葉にエヴァンはがくりと肩を落とす。
「まああの時魔族を指揮してた悪魔は1人だけだったもんな。他の悪魔が知らなくてもおかしくはないか」
「…ちょっと待った。そういえばちょい前にベリアルが人間に負けたとか言って帰ってきてたっけ。それ以来引きこもってるけど…ひょっとしてその相手がエヴァン、あんたなの?」
「名前なんかもう忘れちまったけどたぶんそうだろうな」
ぷっ、とメフィストフェレスがふきだした。
「あはは!あいつが人間に負けたのって本当だったんだ!ダサッ!超ダサッ!地獄界の大使とか言って調子に乗ってたくせに負けて引きこもってるとか赤っ恥もいいところだわ!」
「そうは言うけどこっちは結構大変だったんだぞ?お互い何万人も死んだし滅んだ国だってある位なんだ。こう言っちゃなんだけど俺が神の加護を得てなかったらたぶん人族は負けてたぞ?」
「いやー負けは負けでしょ。あいつもし自分がヒト族に負けるようなことがあれば素っ裸で地獄を3周するとか言ってたっけ。だから引きこもってんだ。これは絶対に約束を守ってもらわないと駄目でしょ!」
メフィストフェレスは小躍りして喜んでいたが不意にその足が止まった。
錆びついたおもちゃの様にギリギリとエヴァンの方を振り向く。
「…じゃ、じゃあ、あたしってもしかして悪魔にとって天敵の封印を解いちゃったってわけ…?」
「いや、そういうのはもういいわ」
エヴァンは肩をすくませると手を振った。
「勇者と言っても戦争が終わっちまえば他のお偉方にとっては荷物でしかなくってな。結局封印されたのも俺が邪魔になったからなんだ。だからそういうのはうんざりなんだよ。関わるつもりはこれっぽっちもないね」
「あ、そうなの」
エヴァンの言葉にメフィストフェレスが胸をなでおろす。
それと共に不思議そうな顔でエヴァンの方を見た。
「そういえばあたしたちどこに向かってるわけ?ダンジョンから出るにしては下に潜ってるけど」
「ああ、せっかくダンジョンのボスだった這竜を倒したんだからお宝もいただいていこうと思ってさ。ここがダンジョンの最深部、這竜の棲家だ。たぶんお宝があるはずだぞ」
2人は広々とした広間に出た。
中には無数に人骨が散らばっている。
しかし価値がありそうなものはまったくなかった。
「ちぇっ、武器ばっかりか。これじゃ持っていっても大した値段にはならないな…おっと、これはなかなかいいぞ」
エヴァンはそう言いながら地面に落ちていた一振りの剣を取りあげた。
かなり年を経ているはずなのに剣身は刃こぼれ一つなく、柄には見事な彫金と象嵌が施されている。
「ハイドワーフの王しか打つことができないと言われている聖剣アブソリウムか。こいつなら俺の力にも耐えそうだな」
エヴァンは聖剣アブソリウムを鞘に納めると骸骨から金を拾い集めているメフィストフェレスに振り向いた。
「さて、用も済んだしそろそろ地上に出るか」
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