悪魔仕掛けの勇者 ~ ダンジョンの奥で地獄から追放された女悪魔を拾ったら封印されていた力を開放してくれたので一緒に旅をすることにした元伝説の勇者の話 ~

海道一人

第1章:冒険者エヴァン、悪魔と出会う

1.冒険者エヴァン、十字路で悪魔と出会う

 地上より遥か下に広がる悪魔と亡者の国・地獄界。


 今そこで1柱の悪魔が追放されようとしていた。


「放せ!なんであたしが追放されなきゃならないんだ!」


 叫んでいるのは悪魔メフィストフェレスだ。


「なんでって、そりゃあんたが無能だからに決まってるだろ」


 メフィストフェレスを取り押さえている悪魔カイムが嘲るように笑う。


「そうそう、あんたってまだ1人も契約したことがないんだろ?そんな穀つぶしを置いとく余裕はこの地獄界にはないってこと」


 もう1人の悪魔ミュルミュールが笑いながら頷く。


悪魔王サタンが人間の魂を捕まえてこない限り戻ってくるな、だってさ」


「もっとも解呪しかできないあんたにできるとは思えないけどね!」


 2柱の悪魔はそう言うと大声で笑い飛ばした。


「呪いをかけるならまだしも、解くことしかできないって、それもう絶対に無理ってことじゃん!」


「畜生!放せ!追放なんかされなくたって人間の1人や2人捕まえてくるっての!」


 メフィストフェレスは地団太を踏みながら抵抗したがカイムは聞く耳を持たない。


「だったらさっさと連れてくるんだね。ほら、上を見てみな」


 メフィストフェレスが見上げたそこには地獄の底だというのに夜空の星のように無数の光が瞬いていた。


「あれが悪魔を呼び出す魔法陣だよ。あんたはあの中のどれかから地上に飛ばされるんだ。そうしたら次に戻ってこれるのは人間の魂と一緒の時だけ。ま、早い話があんたともこれでお別れってこと!」


 その言葉と共にメフィストフェレスの身体がふわりと浮き上がった。


 そしてそのまま瞬く魔法陣へと吸い込まれていく。


「クソ!覚えてろ!絶対に戻ってきてやるからな!それも最強の魂を連れてだ!」


 眼下に遠ざかっていく悪魔たちを見下ろしながらメフィストフェレスは吠えた。



「はいはい、そうできたらいいね~」


「地上に行った時には会いに行ってあげるよ。それまで悪魔でいられたらね」


「いっそのこと尻尾を切り落として魔族にでもなったら?その方が幸せかもよ」


 カイムとミュルミュールが爆笑しながらメフィストフェレスを見上げている。


「畜生!畜生!絶対に思い知らせてやる!絶対だからな!」


 メフィストフェレスは怒号の声を残しながら魔法陣へと吸い込まれていった。





    ◆





「クソクソクソッ!」


 エヴァンは悪態をつきながらダンジョンの中を走っていた。


「あいつら!俺を置いて逃げやがった!」


 その背後には小さな家ほどのサイズを持った巨大な魔物が追いかけてきている。


 巨大なトカゲのようなその魔物はダンジョンで最強の脅威と言われる這竜クロウラーだ。


 地底棲のために普通の竜と違って翼はないが肢がダンジョンの中を素早く移動できる構造になっており、その巨大な顎はトロルですら一噛みで粉々に砕くことができる。


「畜生!畜生!出口はどこだ!」


 必死に逃げるエヴァンの背中に這竜の生臭い息が迫っていた。


 他の仲間は誰もいない。


 既に逃亡した後だからだ。


「悪い、あんたの言った通りだった。這竜が相手じゃこのダンジョン攻略は無理だ。あんたは自力で逃げてくれよな」


 仲間たちはそう言ってエヴァンの目の前で緊急脱出呪文エスケープでダンジョンから消えたのだ。


「クソ!あいつら自分たちだけ緊急脱出呪文エスケープ用の魔石を用意しやがって!」


 既に柄の部分から折れている剣を投げ捨てながらエヴァンは走り続けた。


 元々仲間と呼ぶにはあまりに付き合いが短すぎた。


 少し長めのダンジョン攻略になるから荷運びをしてくれないかと持ち掛けられて一時的に加わっただけなのだから。


 言ってみればその冒険者パーティー、荒野の狩人団とは金銭で結びついただけの関係だった。


 全員が狼級の冒険者である荒野の狩人団の中でただ1人最下級である麦束級のエヴァンはまさに雑用係としてこき使われていた。


 それ故にダンジョンの様子がおかしいから引き返した方がいいというエヴァンの意見は無視され、本来このダンジョンにはいないはずの這竜に襲われることになったのだ。


 それでもまさか緊急脱出呪文エスケープを発動するまでの時間稼ぎに使われるのはエヴァンにとっても予想外だった。


「クソクソクソ!あいつら絶対に許さないからな!次にあったらボッコボコにしてやるからな!」


 エヴァンの怒りの声が這竜の地響きのような足音にかき消されていく。


 やがてその怒声も息切れと共に細くなっていった。


 既に中年の域という見た目のエヴァンの足下はその外見に合わせるかのように頼りなくなっていく。


 無精髭の生えた顎の先から汗が滴り落ち、濃い茶色の髪が額に張り付く。



「く、くそ…これが年って奴なのか…ええい、これが最後の爆裂石だ!」


 ダンジョンの角を曲がると同時に爆裂魔法を込めた魔石を地面に投げつける。


 爆音と共にダンジョンの天井が崩れ落ちた。


「こ…これで…しばらくは時間が稼げるはず…」


 荒い息を吐きながらエヴァンはよろよろと足を進めた。


 しばらく歩いていると十字路へと差し掛かった。


 いつの間にか未踏地域に入り込んでしまったらしく、そこはエヴァンも初めて見る場所だった。


「選択肢は3つか、どっちに進めばいいんだ…?」


 十字路の真ん中に辿り着いた時、突然足下が光り輝いた。


「んなっ!?」


 驚くエヴァンの前に地面から影が飛び出してくる。


「~~絶対に思い知らせてやるうぅぅぅぅ…んがっ!」


 その影は叫び声をあげながらエヴァンに衝突した。



「あいててて…あれ?ここどこだ?」


 ひっくり返ったエヴァンに覆いかぶさるように倒れ込んだその影が頭を振りながら上体を起こした。


 純白に近い銀髪がエヴァンの顔にはらりとかかる。


 思わず見とれてしまうほどの美貌でその瞳は血のように赤く、額の両端から2本の赤い山羊角が突き出している。


 漆黒のスーツを身にまとい、盛り上がる双丘でピンと張ったシャツの真ん中にはこれまた真っ黒なネクタイが留められている。


 これが悪魔メフィストフェレスとエヴァンの出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る