2.エヴァン、メフィストフェレスと契約する

「ここはどこなんだ!?あいつらあたしをどこに飛ばしやがったんだ!」


 エヴァンの腰の上でメフィストフェレスが叫ぶ。


「そ…それよりも早くどいてくれ…」


「ん?なんだお前は?」


 下から聞こえてくるうめき声でメフィストフェレスは初めてエヴァンの存在に気付いた。


「なんだもかんだもあるか。いきなり出てきたのはお前さんの方だ。あたたたた…腰が…」


 顔をしかめながら身を起こしたエヴァンはメフィストフェレスの方を見て微かに眉をひそめた。


「お前さん…悪魔か」


 エヴァンが見つめるその先にはメフィストフェレスの腰から伸びる矢じりのような先端をした真っ黒い尻尾があった。


 その尻尾こそ悪魔である何よりの証しだ。


「それよりもここはどこなんだ?あたしはどこに飛ばされてきたんだ!…って今の声はなんだ!?」


 そんなエヴァンを意に介する様子もなく叫ぶメフィストフェレスの言葉が巨大な魔物の吠え声にかき消された。


「やばいな。もう追ってきやがったか。おい、あんたも逃げた方がいいぞ」


 エヴァンはそう言うなり走り出した。


 その直後に通路の奥から這竜が咆哮と共に追いかけてくる。


「ひいいいいいっ!あれはなんなんだ!なんであんなのがいるんだ!」


 走るエヴァンにメフィストフェレスが追いすがってきた。


「なんでこっちにくるんだよ!あいつが追いかけてくるだろ!」


「そんなこと言われてもここがどこかもわからないんだぞ!」


 2人の叫び声は足音と混ざり合いながらダンジョンの暗闇に溶けていった。





    ◆





「メフィストフェレスと言ったっけか、それであんたは地獄界を追放されてきたわけか」

 エヴァンは壁の反対側にうずくまるメフィストフェレスに話しかけた。


 今2人がいるのはダンジョンの奥にある小さな小部屋だ。


 メフィストフェレスの方は壁に背中を預けながら膝を抱えている。


 かつては魔物か罠でもあったのだろうか、部屋の片隅には刀を握った骸骨が真っ黒な眼窩をこちらに向けている。


 なんとかこの小部屋に逃げ込んだ2人は一休みしながらお互いの経緯を説明しあっている最中だった。


 エヴァンは背負っていたバッグから水筒と取り出し、一口飲むとメフィストフェレスに投げ渡した。


「あいつら、あたしを役立たずと言って追い払いやがった。あたしが呪いや封印を解くことしかできない解呪の悪魔だからってあんまりじゃないか!」


 メフィストフェレスが水筒を握りしめながら涙目で叫ぶ。


「それについては同情するよ。しかしよりにもよってこんな所に飛ばされてくるなんてあんたも相当ついてないよな」


 エヴァンはそう言いながら骸骨が握りしめていた剣を取り上げた。


「お前さんにこれはもう必要ないだろうから有効活用させてもらうよ。と言ってもこっちも近いうちにそちらに行くことになりそうだけどさ」


「それでここはどこなのさ。エヴァンだっけ?あんたはなんでこんなところにいたわけ?」


「俺もあんたと似たようなもんさ。ここ竜骨のダンジョンに探索に来て仲間に置いてかれたんだよ。ま、今となっちゃ仲間と呼ぶべきかどうかも怪しいもんだけどな」



 その時、地の底から轟くような咆哮が響き渡った。


 さっきの這竜だ。


「クソ、早くも気付かれたか」


 エヴァンは舌打ちをしてメフィストフェレスに振り返った。


「なあ、あんた悪魔なんだろ。だったらあいつを倒したりできないのか?」


「無理だよ。防御くらいならなんとかできるけど」


 メフィストフェレスは悲しそうに首を振った。


「悪魔と言っても向き不向きがあるんだ。戦闘向きの悪魔だったらまだしもあたしには解呪しかできないし」


 小部屋の扉が衝撃で大きくたわんだ。


 蝶番部分に亀裂が走っている。


「ひいいっ!もう駄目だあああ!こんなことになるんなら魂の契約なんてクソみたいな仕事無視してもっと好き勝手やっておけばよかった!」


 メフィストフェレスが泣き言をあげる。


「…なああんた、封印を解除できるって言ってたよな」


 エヴァンが剣を構えながら口を開いた。


「だったら俺と契約しないか?」


「は?」


 突然の提案に面食らったメフィストフェレスがエヴァンを見た。


「実を言うと俺の本来の力は封印されているんだ。それを開放してくれるんならその魂の契約とやらをしようじゃないか」


「よしわかった、早速やろう」


「は、早いな…」


 返事の早さに戸惑うエヴァンにはお構いなしでメフィストフェレスは胸ポケットからペンを取り出した。


「あんたが言い出したことだろ。それに魂の契約はあたしたち悪魔の仕事だ。あたしだってそのためにこんなとこに飛ばされてきたんだ。やれるんならさっさとやって地獄界に戻ってやる」


 そう言うとペン先を自分の指に突き立てた。


 真っ赤な血がペン先に吸い込まれていく。


「こいつは悪魔の骨で作ったペンだよ。これであんたの魂に契約を刻み込む。」


 メフィストフェレスがペンを走らせた。


「我、悪魔メフィストフェレスは汝エヴァンの封印を解除する対価として汝が死亡した時にその魂を我がものとする。これは双方の合意の下に行われた魂の契約である。署名、メフィストフェレス」


 真っ赤な文字が浮かび上がってエヴァンの胸の中へと消えていく。


「さ、次はエヴァン、あんたの番だ。私の胸にあんたの名前を書いたら契約終了だよ」

 メフィストフェレスはそう言ってシャツの胸元を開いた。


 スーツに押し込められていた豊かな胸が弾けるように盛り上がる。


「よ、よし」


 エヴァンが空中にペンを走らせると先ほどと同じように真っ赤な文字が浮かんでメフィストフェレスの胸元に消えていく。


 その途端、メフィストフェレスの双眸が真っ赤に輝いた。


「契約は成った!今をこの時をもって汝エヴァンの魂は我メフィストフェレスの所有物となったことをここに宣言する!」


 メフィストフェレスは声を限りにそう宣言した。

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