10.VS荒野の狩人団

「なあ?見逃してもらうわけにはいかないか?俺たちは何も悪事を働こうってわけじゃない、ただ静かに暮らしたいだけなんだ。このまま黙って行かせてくれるならそれなりの額だって払うぞ?」


「ふざけたことを!」


 エヴァンの提案をザックロンは切って捨てた。


「悪魔の僕と交渉などするものか!そもそもあんたの持っている金だって本来は我々荒野の狩人団のものなんだ!それをよくもぬけぬけと!」


「いや、それは違うだろ…」


「何が違うものか!悪魔の力を借りて攻略したくせに!しかもあんたはその剣のことも隠していた!」


 ザックロンが剣先でエヴァンの持つ聖剣アブソリウムを指した。


「それはハイドワーフの王しか打つことのできない聖剣アブソリウム!おおかた貴様が竜骨のダンジョンから盗んできたのだろう!」


「盗んだって言うか、これはダンジョン攻略の獲得物なんだが」


「二度言わせるなよ、エヴァン。それは正義を全うする者にこそふさわしい剣だ。悪魔の力を借りた者が正当な所有権を主張できると思うな!」


 叫び終わるとザックロンは手を伸ばした。


「エヴァン、今ならまだ間に合う。悪魔の力で得たものを全て手放して許しを請うんだ。そうしたら命だけは救おうじゃないか。ただし…」


 そう言ってメフィストフェレスの方を向く。


「その悪魔だけは別だ。悪魔だけは必ず処罰しなくてはならない。エヴァン、その悪魔を告発するんだ。そうすれば君の命は助かるはずだ。大丈夫、私が証人になろう」


「なるほどね」


 エヴァンが頷いた。


「つまりザックロン、あんたはこう言いたいわけだ。金も剣も女も置いていて、そうすれば命は助けてやると。でもそれって山賊の言い分と同じじゃないか?そして山賊はそれに従うと決まってこういうんだよな、そんな約束信じる方が馬鹿なんだよ!とね」


「貴様!私を愚弄するか!」


 ザックロンの顔がカッと赤くなる。


 それを見てエヴァンが肩をすくめた。


「怒らせたんなら謝るよ。でも答えは山賊が言ってきた場合でも同じだぜ?返事はノー、だ」



「そうか…それが君の選択か…」


 ザックロンは芝居がかった動きと共に手で顔を覆い、髪をかき上げた。


「では仕方ない、神の名のもとに悪魔とその僕エヴァンを討伐する!これは天の意志だ!」


 ザックロンの言葉と共にエヴァンとメフィストフェレスの周囲が結界に包まれた。


 同時にエヴァンの身体が見えない縄に縛られたように重くなる。


「これは!?」


「それは悪魔封じの神聖結界だ!悪魔の力は一切通じないぞ!エヴァン!悪魔に魂を売った報いを受けるがいい!」


 ザックロンが声高々に吠える。


 その瞬間に2人を包んでいた結界が掻き消えた。


「あ、楽になった」



「んなあっ!?」


 口を開きっぱなしにして驚愕するザックロンにエヴァンの背後にいたメフィストフェレスがあくび混じりで話しかけた。


「ちょっと簡単すぎない?もっと難易度高くしてくれないとやりがいないんだけど」



「ば…馬鹿な…お…おい!どうなってるんだ?早く結界を張り直せ!」


 あっさり結界を破られたザックロンは口をパクパクと開けていたが、やにわに森に向かって叫んだ


「駄目!何度もやってるんだけどすぐに破られちゃうんだ!こんなの…初めてだよ!」


 森の奥からタイニーの悲痛な叫び声が響いた。


「口頭でやり取りしてたら隠れてる意味ないんじゃないか?」


 エヴァンが呆れたように苦笑する。


「言い忘れてたけどそこのメフィストは封印だのの解呪が得意な悪魔なんだ。だから結界は無駄だと思うぞ」


「メフィストぉ?あたしにはメフィストフェレスって名前があるんだ」


 エヴァンの背後でメフィストフェレスが抗議の声をあげる。


「良いだろ別に。メフィストフェレスって長くて言いにくいんだよ」


「まあ別にいいけど…ともかくこいつらの結界簡単すぎ!もう飽きたから後は勝手にやってくんない?この程度だったらエヴァンでも充分でしょ」


 そう言うとメフィストは背中を向けて寝転った。


 それを見てエヴァンが困ったようにザックロンの方を向いた。


「だそうだ。俺としては穏便にことを済ませたいんだけど…駄目かな?」


「クククゥ…貴様らは…どこまで私を侮辱するんだ!」


 そんなエヴァンとメフィストにザックロンが顔を歪める。



「ぬうんっ!」


 その時森の中から黒い影が飛び出してきた。


 強力な拳風が直前までエヴァンの顔があった位置を通り抜ける。


「ジッカ!」


「ザックロン!こんな奴らの言葉に耳を貸すんじゃねえ!さっさとぶち殺すぞ!」


 猛烈な殺気を放ちながらザックロンが吠える。


「危ねえなあもう。それはそうと頭はもう大丈夫なのか?」


 指で額をとんとんと叩くエヴァンの言葉にジッカの禿頭に血管が浮かび上がる。


「う、うるせえ!あれはちょっと油断しただけだ!今回ははそうはいかねえ!」


 叫ぶなりジッカは拳を腰溜めに構えた。


「その構え、ガルヴァ流拳闘術か。珍しい流派ものをやってるんだな」


「だったらどうした!多少は知っているみてえだがそれくらいで調子に乗るんじゃねえぞ!今回は攻撃強化、防御力強化、反応速度強化、治癒力強化、肉体硬化の術式をかけてんだ!てめえが武器を使おうが無駄だ!」


 いきり立つジッカを見てエヴァンは手にしていた聖剣アブソリウムを鞘に納めて置いた。


「…てめえ、何の真似だ」


「いや、流石に素手相手に剣は卑怯すぎるかなって」


 ジッカの顔が怒りで青ざめる。


「てめえ、さっきの俺の言葉を聞いてなかったのか…後悔しても遅えぞ!」


 吠えると同時にジッカが猛烈な勢いで飛び込む。


 しかし矢継ぎ早に繰り出される拳、足刀をエヴァンは全て防ぎきっていた。


 繰り出される右拳を回し受けで流すと受け手の拳をそのままがら空きになったジッカの右わき腹に叩きこむ。


「グハッ」


 エヴァンの拳はジッカの全身に施されたあらゆる防御術式をあっさり打ち砕いた。


 全身を叩きつけられたような衝撃にジッカが崩れ落ちる。


「そ…それは…ガルヴァ流奥義…破鎧はかい…な…なんで…てめえ…が…」


「昔一緒に旅してた武闘家に教わったんだよ。60年ぶりだったけどまだ覚えてるもんだな」


 その言葉と共にこめかみへ打ち下ろされたエヴァンの拳でジッカの意識は寸断された。

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