11.勇者の実力
ジッカが倒れると同時にエヴァンが首をすくめる。
そのすぐ上を刃が通り過ぎた。
「貴っ様ぁぁぁぁっ!よくも我が友ジッカを!」
それはザックロンだった。
その手にはいつの間にか聖剣アブソリウムが握られている。
「ああっずりい!」
「何が卑怯なものか!貴様如き逆賊に相応しい剣だと思うな!むしろこの剣の露となることを光栄に思うがいい!」
聖剣アブソリウムを握り締め、ザックロンが得意げに叫んだ。
「貴様は知らんだろうがこの聖剣アブソリウムには破魔の力が込められている。悪魔の僕である貴様には僅か一撃が致命となるぞ!」
「いや知ってるし」
エヴァンは呟きながらザックロンが打ち捨てていた剣を拾い上げた。
「言っとくけど振り慣れてない武器は怪我の元だぞ?」
「馬鹿め!そのような虚仮脅しに乗るものか!」
ザックロンがエヴァンに斬りかかる。
しかしその攻撃は全てエヴァンに防がれ、受け流された。
それどころか数合後にはザックロンがエヴァンの攻撃を防ぐ側になっていた。
「タ、タイニー!早く結界を張るんだ!こいつの動きを封じろ!でないとこっちがやられてしまうぞ!」
エヴァンの剣を辛うじて受けながらザックロンが必死の形相で叫ぶ。
「やってるよ!さっきから攻撃力低下、行動力低下、判断力低下、状態異常の魔法をかけてるのに全然効いてないんだよ!」
森の奥からタイニーの悲痛な叫び声が返ってきた。
「いや効いてるぞ。全然調子が出ない。子供みたいな見た目の割に結構優秀な魔導士なんだな」
攻撃を止めずにエヴァンが答える。
「なにぃっ!」
ザックロンの顔が驚愕に歪む。
(本気じゃないのにこれほどの強さだというのか?狼級であるこの私をここまで追い込んでおいて?)
ザックロンの頭に恐怖が浸透していく。
「ザック!避けて!」
森の奥からタイニーが叫んだ。
それと同時にエヴァンの頭上に巨大な紫電の雷球が生まれる。
「
雷球は猛烈な速度で落下してエヴァンに直撃した、かに思われたがその直前に真っ二つになって左右に飛んでいった。
切り飛ばされた雷球が大木に直撃して轟音と共に引き裂く。
「んな!?」
驚愕するザックロンの目に映ったのは激光剣を手に火傷一つないエヴァンの姿だった。
この時に及んでようやくザックロンは自分たちが到底敵わない相手を敵にしていることを悟った。
「ひ…」
エヴァンが恐怖にひきつるザックロンへとゆっくりと足を進める。
「ひいいいいいぃっ!!」
情けない悲鳴を上げてザックロンは逃げ出した。
「お~い、危ないぞ~」
慌てて逃げたためにザックロンの足がもつれて地面に倒れ込んだ。
そのはずみで持っていた聖剣アブソリウムが大腿に深々と食い込む。
「ひぎいいぃぃぃぃぃ!」
「だから言ったのに」
激痛に叫び声をあげるザックロンの後頭部にエヴァンの剣の柄が振り下ろされ、荒野の狩人団のリーダーはそのまま意識を失った。
荒野の狩人団の残りのメンバーであるリンサとタイニーは2人がやられていく様子を藪の中で見ていた。
「も…もう駄目だよ!僕たちだけでも逃げよう!」
「で、でもあの2人は…」
「そんなの後でいいよ!あいつ、僕たちだけじゃ絶対に勝てない!」
タイニーは躊躇するリンサの手を取ると藪から這いだした。
先ほど放ったのはオーガをも一撃で屠る高度雷撃魔法だ。それをあっさり剣で切り飛ばされたのはタイニーにとって信じられないことだった。
「あいつ何なの?僕の最大魔法を剣で切り消すなんてありえない!しかも悪魔も一緒だなんて…早くみんなに知らせないと!」
「よ」
その眼の間にいたのはエヴァンだった。
「ひっ…」
タイニーの目が恐怖に染まる。
しかしそれも一瞬のことで、2人の視界はすぐに闇に包まれた。
首筋に打ち込まれたエヴァンの手刀が自分たちの意識を奪ったことにも気づいていなかった。
◆
「う…」
意識を取り戻した時、ザックロンは自分が縛られて地面に転がされていることに気付いた。
「こ、ここは…」
ぼんやりする頭が次第にはっきりするにつれ、自分がエヴァンと戦い破れたことも思い出してきた。
「み、みんなは!?」
地面に転がされたままで辺りを見渡すとすぐ側で3人が同じように縛られているいることに気付いた。
どうやらみな意識を取り戻しているらしく、不安げな表情でザックロンの方を見ている。
辺りはいつの間にか朝になっていて周囲が柔らかな光に照らされていた。
その時背後から声がした。
「お、ようやく起きたのか」
「き、貴様っ!」
ザックロンは首をひねると肩越しに殺意のこもった眼でエヴァンを睨みつけた。
「そう怖い顔するなよ。怪我の手当てをしてやったのは俺なんだぜ?」
エヴァンの言葉にザックロンは剣で切りつけてしまった足の痛みが消えていることに気付いた。
「まあポーションはお前さんらの荷物から拝借してもらったんだけどな」
エヴァンは荷物をまとめながら話を続けた。
「貴様!一体何者だ!」
気絶して気持ちが落ち着いたのかザックロンは再び不遜な態度でエヴァンを睨みつけた。
「何者って、前に自己紹介しただろ。エヴァン・ファウスト、冒険者だよ」
「ふざけるな!」
ザックロンが叫んだ。
「ただの冒険者にあんな真似ができるものか!それにさっきのあれはなんだ!魔法を剣で切り落とすなんて!あれは…あれではまるで…」
ザックロンの頭を認め難い考えが占めていく。
光を纏い魔法すらも切ることができる剣、それはザックロンが子供の頃に寝物語で聞いた神の加護を受けた勇者が持つ福音剣そのものだった。
まさか、エヴァンがその勇者と同じ力を持っているというのか…
あの…魔王にも勝利した勇者エヴァンに。
ザックロンがはたと動きを止めた。
「ふふふ…福音剣を持つ…エエエ…エヴァン…?とと…ということは…?」
恐れと驚愕が混ざり合った表情のザックロンにエヴァンが頷く。
「そ、俺がその勇者エヴァンだよ。今は元勇者だけどな」
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