12.勇者エヴァン
「あり得ない!」
ザックロンが口角泡を飛ばして叫んだ。
「あり得ない!あり得ない!あり得ない!あり得ない!あり得ない!あり得ない!あり得ない!貴様があの勇者エヴァンであるものか!」
「そうは言ってもなあ。こればっかりは事実だからしょうがないんだよなあ」
頭を掻きながらエヴァンがぼやく。
「ふざけるな!勇者エヴァンが魔王を討伐したのはもう60年前だ!貴様のような中年の姿でいられるものか!」
「ああ、それなら5年くらい前まで封印されてたんだよ。おかげで老化は遅かったんだ」
「嘘つくな!そそそそ、そんなことあるわけがない!ゆゆゆ、勇者が封印なんてあるわけない!なんで?誰に?」
興奮のあまりザックロンは呂律が回らなくなり、語彙もおかしくなってきている。
「…私、聞いたことあるかも」
その時、リンサがぽつりと呟いた。
「神聖職学校に通ってる時に伝聞で聞いただけなんだけど、魔王を討伐した後に勇者が姿を消したのは逃げた悪魔を追って地獄界に行ったからだと言われてるけど本当は違うんだって」
そこまで言うとまるで口にするのも憚られるというように肩を震わせる。
「…本当は…勇者の影響力を恐れた時の神竜国国王が洞窟の奥に封印したんだって」
「神竜国?確か30年くらい前にクーデターで滅んだって国か?」
驚くジッカにエヴァンは頷いた。
「神竜国がクーデターで滅んじまってから封印を維持していた僧侶たちが逃げちまったんだよ。それで20年くらい経った後に封印が解けて自由の身になったって訳だ。とは言っても体の中の封印は解けなかったから勇者の力は使えないただのおっさんとしてだけどな。で、竜骨のダンジョンでこいつに出会って封印を解いてもらったんだ」
エヴァンはそう言って後ろでパンケーキを貪っているメフィストを指差した。
「そ…そんな!神の加護を得た勇者が悪魔と手を組むなんてありえない!ましてや魂を売るなんて!」
ザックロンが慟哭の声を張り上げた。
眼には涙すら浮かんでいる。
「いやしょうがなかったんだって。お前さんらに置いていかれた後で這竜に追いかけられて死ぬ寸前だったんだから」
「勇者だったら悪魔と取引をするくらいなら潔く死ぬべきだ!神とその僕たる人族ならそうするのが当然じゃないか!」
「無茶言うなよ。俺はその神を信奉する連中に60年近く封印されてたんだぜ?そういうのはもう勘弁だ」
「うう…嘘だ…嘘だあ…わ…私が…僕が憧れていた勇者エヴァンがこんな情けないおっさんだったなんて…しかも悪魔に魂を売るような人の屑だったなんて嘘だ…嘘に決まってる」
ザックロンは遂においおいと泣き出した。
「酷い言われようだな。まあ悪魔に魂を売ったのは事実だからしょうがないけど。でも俺をダンジョンに置き去りにしたお前らだって相当なもんだと思うぜ?」
それを聞いてザックロンがはっと顔を上げた。
「ま、まさかその恨みで僕たちを?」
「いや、追いかけてきたのはそっちだぞ?」
呆れながら指摘するエヴァンだったが度重なる衝撃的な出来事に正気を失いつつあるザックロンには届いていなかった。
「ま、まさかここまで事実を明かしたということは…他所に広めさせるつもりはない、ということなのか?」
「いやいや、メフィストが悪魔だということはもうばれてるから言ったまでなんだけど。でも確かにお前さんの言うことも一理あるんだよなあ」
エヴァンはそう言ってため息をつくと我関せずとパンケーキに取り組んでいるメフィストを見た。
「俺としちゃなるべく穏便に済ませたいんだけど、こっちに悪魔がいるってことを知られちまってるしなあ…」
「ま…まさか…本当に僕たちを殺すのか!?」
ザックロンの顔が恐怖にひきつった。
周りの3人も青ざめた顔でお互いを見渡している。
「だ…だったら決して口外しないと約束する!だ…だから命だけは助けてくれ!いや助けてください!」
ザックロンに続いて3人も必死になって命乞いを始めた。
「約束する!絶対に他には漏らさねえ!いや漏らしませんとも!」
「お願いします!私たちが間違ってました!もう二度と追いかけませんから!」
「あなたには絶対に敵わない。もう歯向かったりしませんから許してください。お願いします」
「そうは言ってもなあ…何の保証もないわけだし」
涙ながらに命乞いをする荒野の狩人団を見てエヴァンは困ったように頭を掻くとメフィストの方を向いた。
「なあ、どうしたらいいと思う?」
「ああ?あたしに聞かれても困るっての。いいじゃん、殺しちまえば?その方が後腐れないっしょ」
「ひいいぃぃぃぃぃっ!」
パンケーキにナイフを突き立てながら言い切るメフィストに荒野の狩人団の恐怖が最高潮に達する。
「お願いします!何でもしますから!どうか命ばかりは!」
「あなた達には絶対に逆らいません。冒険者を引退しろというならします!ですからどうか許してください!」
「こんなこと言える義理じゃないのはわかってます。でもどうか、少しでも慈悲の心があれば許していただけないでしょうか。お詫びになんでもいたしますから」
「お願いします!故郷に残してきた恋人が待ってるんです!この旅が終わったら結婚の約束をしてるんです!なんでもしますからどうか!」
「おい、リンサ!それ本当なのかよ!」
「うっさいわね!あんたには関係ないでしょ!」
「ひでえ…お前のことをずっと想ってたのに…」
そこには襲撃してきた時に見せた威勢は欠片も残っていなかった。
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