13.悪魔の力

 涙を流して命乞いをする荒野の狩人団を見てエヴァンは困ったように頭を傾げた。


「確かにここで始末しちまった方が楽っちゃあ楽なんだけど、たかだかこの程度で殺し回ってるとキリがないのも事実なんだよなあ」


 そうぼやきながらメフィストの方を向く。


「なあ、なんかこう、上手い魔法とか持ってないのか?ここ1日くらいの記憶を消すとか」


「はあ?あたしは解呪の悪魔だよ。そんな都合のいい魔法使えるわけないじゃん」


「だよなあ…いや、でもちょっと待てよ」


 顎髭をさすりながらエヴァンが呟いた。


「記憶ってのは言ってみれば頭の中に封印されてるようなもんじゃないか?そう解釈したらお前さんになんとかできないかな?」


「そんな…いやそうかも」


 否定の言葉を途中で止めるとメフィストは荒野の狩人団の方を向いた。


 その眼が闇夜の熾火のように怪しく光る。



「考えてみたらまだ試したことなかったっけ。出来るか出来ないかはやってから判断しても遅くないか」


「ひいぃっ!」


 4人の顔が恐怖にひきつる。


「ちょ待っ!」


 ザックロンとジッカが悲鳴を上げるよりも先にメフィストの手が2人の顔を覆った。


「あーらよっと!」


 メフィストの言葉と共に頭からパズルのような塊が飛び出し、それと同時に2人は意識を失ったかのように動かなくなった。


「ぎぃやあああああっ!」


 叫び声をあげるリンサとタイニーも同じように記憶の封印を引きずり出され、すぐに物言わぬ人形と化した。


「おい、大丈夫なのか?」


「さあ?初めてだしどうなるかなんてわかんないよ」


 心配そうに聞いてくるエヴァンにそう答えるとメフィストは嬉しそうに4人の前に座り込んだ。


「人の記憶を解くなんて初めてだけどやってみるもんだね~。できるなんて思わなかったよ」


「本当に大丈夫なのかよ…そう言えば、こんなことやってもいいのか?」


「いいってどういうこと?」


 4人の頭から取り出した記憶のパズルを解きながらメフィストが逆に尋ねる。


「悪魔ってのは契約しないと人には手を出せないんだろ?いきなり記憶を引きずり出してもいいのか?」


「ああそれ、それなら大丈夫」


 手を止めずにメフィストが答えた。


「さっきこいつら何でもしますって言ってたじゃん。あれで契約は成立。ま、あんたという先約がいるし魂の契約じゃないから死んでも魂は連れてけないけどこの位なら全然問題なし。あ、ヤバ」


「ど、どうした!」


 メフィストが困ったように振り向いた。


「ちょっと調子に乗ってたら記憶を消しすぎちゃった…」


「消しすぎたあ?どのくらいなんだ?」


「うーんとね…量としてはここ5年くらいかな。こいつらが出会う直前から今までの記憶を全部開放しちゃったみたい」


 記憶のパズルを眺めながらメフィストが呟く。


「なんだその程度か」


 エヴァンはほっと息をついた。


「その位なら別に構わないだろ。なに、5年も一緒にいれた仲なんだ。もう一度出会い直したとしても上手くやれるって」


「だよね~」


 メフィストはそう言うと4人の記憶のパズルを再び頭の中へと戻した。


「これでお終い。小1時間もしたら目覚めると思うよ」


「よし、じゃあ目を覚ます前にこっちはずらかるとするか。起きてあれこれ聞かれるのも面倒だからな」


 そう言うとエヴァンは馬に跨った。


「さ、さっさと行くぞ」



「そういえば…」


 差し出されたエヴァンの手につかまりながらメフィストが呟いた。


「なんであたしを連れてきたのかまだ聞いてなかったっけ。それに今回もなんだかんだ庇ってくれたわけだし。なんで?」


「それか…」


 エヴァンはメフィストを後ろに座らせながら独り言のように呟いた。


「ま、あの時封印を解いてくれなかったら俺は死んでたわけで、なんだかんだ言ってお前さんは命の恩人だからな。あんたを助けるのも悪くないと思ったんだろうさ」


「だったらさっさと死んでよ。そしたらあたしはあんたの魂を連れて地獄に帰れるんだからそれが一番助けになるんだけど」


「それは断る」


 エヴァンはきっぱりと言い切った。


「ようやく力が戻ったんだ、そう簡単に死ぬわけにはいかないっての。それにそんなに急ぐ必要もないだろ?悪魔は長命なんだから少し待つくらいなんてことないだろ。せっかく地上に来たんだからちょっとのんびりしていったらどうだ?」


「…それも…そう…かな」


 メフィストが考え込むように頷く。


「ちょっとした休暇だと思えよ。聞いた感じじゃ地上にはそんなに来たことないんだろ?観光するいい機会じゃないか。助けてもらった恩もあるし案内するぞ?」


 メフィストの心が揺れているのを悟ったエヴァンが更に畳みかけていく。


「そう…そうだな…考えてみたら急いで地獄界に戻る必要なんかないもんな…いや、むしろ追放されたのはこっちなのになんで戻らなくちゃいけないんだ?だったら地上界を楽しんだっていいはず…だよね?」


「そうそう、別にいついつまでに戻らなくちゃいけないと言われたわけじゃないんだろ?だったらのんびりしていけばいいんだって」


「だよな?だよな!?もっと美味いパンケーキだって食べてないんだし!よし!たった今からあたしは休暇に入るぞ!もう悪魔の仕事なんか忘れた!」


「その意気だ!」


 エヴァンは喝采をあげた。


「正直言うと別に地獄行きが嫌って訳じゃないんだよ」


 エヴァンは手綱を握りながら話を続けた。


「じゃあなんで?」


「封印が解けて5年くらい経つけど冒険者として生きるのに必死だったからこの世界をまだ碌に見てないんだ。俺が勇者だった時から60年後の世界がどうなってるのか見てみたいじゃないか。お互い地獄に行くのはそれからでも遅くないだろ?」


「そう…だよねえ…。よーし!じゃあまずは飽きるまでこの世界を回ろう!あたしだって興味あるし。あたしとあんたはそれまでパートナーだ!」


「それこなくちゃ!それでどうする?新たに契約を結ぶか?」


「うーん…しなくても一緒だけどしておいた方が悪魔らしいかな?」


 メフィストはそういうと胸ポケットからペンを取り出した。


「じゃあ今回の契約は双務契約だ。お互いがお互いを守る。それが守られない時はこの契約を破棄するものとする。それでどうだ?」


「OK、言っとくけどあたしは弱いからね。エヴァン、あんたには働いてもらうことになるよ」


 メフィストはそう言うとエヴァンの胸に新たな契約を記した。


「これで契約終了!さ、世界を見に行こう!」


「了解!」


 2人は馬を駆り、青い森の中を抜けていった。

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