42.グレーターウルフ狩り

 月夜の下、エヴァンたち3人は再び森の中を進んでいた。


 目指す先はゾングの話していた妖精の墓場と呼ばれる岩場だ。


 山賊たちは縄で縛り上げたうえでサリアが睡眠スリープの魔法をかけてある。


 丸一日は目を覚まさないだろう。


 ほどなくして3人は森の中の開けた場所に辿り着いた。


 草むらの中に大小さまざまな岩が突き出している。


 ここが妖精の墓場と呼ばれる場所で間違いないだろう。


 しかしグレーターウルフの姿は影も形もなかった。


「逃げだしたんでしょうか?」


 ひときわ大きな岩の上で辺りを警戒しながらサリアが呟く。


「いや、おそらく俺たちが来ることを察してどこかに潜んでいるんだろう。いずれ襲い掛かるために出てくるはずだ。とはいえ向こうから出てくるのを待ってもいられないけどな」


「ではどうするのですか?こちらから打って出ることはできませんよ?」


「それはこうするのさ」


 エヴァンはそう言うと剣を抜き放ち、自分の腕に刃を当てた。


 真っ赤な鮮血が岩の上に流れ落ちる。


「な、何をしてるんですか!?」


「こうすれば奴らも血の匂いに惹かれて出てくるだろ。さ、止血してくれないか」


「…全く、あなたという人は…」


 サリアが呆れたようにため息をつきながら治癒の魔法をかける。


「…あれ?上手く効きませんね」


「お、おい、本当か?こんな時に冗談はなしだぞ」


「あ~、それきっとあれだよ、あたしを契約したから」


 メフィストがエヴァンの腕を覗き込みながら話に加わってきた。


「悪魔の眷属になると神の力を用いた聖魔法は効かなくなるから」


「そういうことは早く言ってくれ!」


「いや聞かれなかったし」


 その時森の奥から低い、それでいてはっきりした唸り声が響いてきた。


 それも複数、妖精の墓場を囲むように続いている。


「来たか」


「ど、どうするんですか!?傷も治ってないんですよ!」


 サリアが顔を青くして叫ぶ。


「ああ、この位なら大丈夫だろ。俺は一応自動治癒の能力も持ってるから」


 

 森の奥からグレーターウルフが姿を現した。


 その数は二十頭はいるだろうか、体高は人の背ほどもあり、口から覗く牙が月光を反射して不気味に白く光っている。


 グレーターウルフはゆっくりと、しかし確実にエヴァンたちのいる岩を包囲していった。



「お前さんらはその岩の上から動かないでくれ」


「エ、エヴァン、どうする気なんですか!?」


「お前さんはさっき山賊とやり合って疲れてるだろ?次は俺の番ってことだ」


 エヴァンは振り仰ぐと驚くサリアに笑いかけた。


「でもそっちに向かっていった分は任せるよ」



 数匹のグレーターウルフがエヴァンに飛びかかってきた。


 紫電一閃、エヴァンの持つ剣が月光に煌めいたと同時にグレーターウルフが切り裂かれる。


 仲間の血臭に興奮したグレーターウルフが次々に襲い掛かってくるがエヴァンはその全てを切り伏せていった。


「す、凄い…」


 常識を超えた戦いにサリアはただ言葉を飲むしかできない。


「サリア!後ろだ!」


 エヴァンの言葉にサリアが振り返ると隣の岩から1匹のグレーターウルフが飛びかかろうとしていた。


「クッ!」


 とっさに腕を構えたが間に合わない!


「ギャウンッ!」


 サリアに飛びかかってきたグレーターウルフが空中で何かと衝突して弾き飛ばされた。


 それは切り落とされた別のグレーターウルフの首だった。


 下からエヴァンが投げつけたのだ。


「無事か!?」


「え、ええ!ありがとうございます!」


 礼を言いながらサリアは改めてエヴァンの強さに驚愕していた。


 これだけの数を相手にしていたらおそらくサリアならば5分と持たなかっただろう。


 しかしエヴァンは一歩も引けを取らないどころか完全にグレーターウルフを凌駕している。


「これが勇者の力…」


 エヴァンの戦いを見守るサリアは気付かないうちに拳を握りしめていた。





「グルアアアッ!」


「せいっ!」


 エヴァンに飛びかかろうとしたグレーターウルフが頭上から襲い掛かってきたサリアに蹴り伏せられた。


「私だってまだやれます!」


 エヴァンと背中合わせで立ちながらサリアが吠える。


「良い心がけだ。期待してるぞ」


 エヴァンがサリアの頭に軽く手をやった。


「言われなくっても!」


 その手を振り払うようにサリアが飛び出す。


 しかし自分の口元がほころんでいることにはサリア自身も気付いていなかった。


「がんばれー」


 岩の上からメフィストが気だるげな声援を送っている。



 既に2人の手によって群れの大半は地に落ちていた。


 これならいけるかもしれない、サリアがそう思いかけた時、首筋を差すような殺気が襲ってきた。


「危ない!」


 エヴァンがサリアを抱きかかえて横っ飛びに飛ぶ。


 先ほどまでサリアがいた場所を真っ黒な影が飛び過ぎていく。



 一目見ただけでそれが群れのボスだと分かった。


 体高は2メートルを超えて戦馬ほどもあり、頭上から殺気のこもった眼差しでエヴァンを睨みつけている。


「ようやくボスのお出ましか」


 エヴァンが剣を構えた。


 ボスが頭を低くしながら雷のような唸り声を上げた。



「下がっていてくれ」


 エヴァンの声にサリアは頷くことしかできなかった。


 自分がこの戦いに加わることなどできるわけがないと本能的にわかっていた。



 サリアが見守る中2つの影が、ゆっくりと円を描くように移動していく。



 ボスの姿がかき消えた。


 ジグサグに飛びながらエヴァンに襲い掛かる。


 人の眼ではとても追えない速度だ。


 一瞬のうちにエヴァンとボスの位置が入れ替わる。


 膝をついたのはボスの方だった。


 深く切り裂かれた脇腹が草原を真っ赤に染めている。


 力を失った前肢で必死に地面をかいているが既に決着は明白だった。


 それでもエヴァンを睨む瞳は命を失っていない。


「悪いね。人の血の味を覚えたお前らを生かしておくわけにはいかないんだ」


 エヴァンの剣が閃き、グレーターウルフとの戦いは完全に決着がついた。


「ふう、これで終わったな。早いところ帰ろうぜ」


 背伸びと共に軽く息をつくと2人に向かって笑顔を向けるエヴァン。


 いつの間にか空が白み始めていた。


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