41.山賊退治

 しばらく歩いた後に3人は大きな滝の前に出た。


 月夜に照らされた瀑布はある種の神々しさすら放っている。


 しかしその裏には村人や旅人を刃にかける山賊が潜んでいるのだ。


「問題はあの滝ですね。おそらくどこかに通路があるのでしょうが…」


 サリアが前方に目を凝らしながら眉をひそめた。


 頭上から降ってくる凄まじい量の水は何人をも寄せ付けない壁となって行く手を塞いでいる。


「まあそれなら大丈夫だろ」


 エヴァンがメフィストの肩に手を置いた。


「またあたしかよ~。なんか最近便利に使われてるだけな気がするんだけど」


「まあまあそう言わないで。今度特製のパンケーキ作ってやるから」


「まあいいけどさ~」


 ぶつぶつと言いながらメフィストが滝の前に手をかざした。


「我が進む先を阻む封印よ、我が前より疾くと去れ」


 その声と共に滝の流れが岸壁から離れるように空中で大きく曲がった。


 今まで隠れていた岸壁にある洞窟の入り口が露わになる。


「す、凄いですね…」


 信じられない光景にサリアが口をあんぐりと開けている。




「ほら、ぼさっとしてないでさっさと行くぞ」


 エヴァンはメフィストとサリアを小脇に抱えると対岸から洞窟まで一足で飛んでいった。


「ちょっと!どこ触ってんですか!」


「しょうがないだろ。ちんたら迂回なんかしてられないからな」


 エヴァンはサリアを地面におろすとおもむろに洞窟の入口へと向かっていった。


 まるで友人の家を訪ねるような気取りのなさだ。


「ちょ、ちょっと!もっと用心しないと!」


「大丈夫だって。この位ならサリア1人でも対処できるくらいだぞ」


 慌てるサリアに気にする様子もなくエヴァンはずんずんと奥へと進んでいく。


 その手には剣すら握られていない。


 洞窟の奥は平屋の一軒家がすっぽり収まるほどの広さになっていて、そこに10人ほどのいかつい男たちが焚火を囲み、酒を酌み交わして大騒ぎをしていた。


「こんばんは~」


 ずいぶんと盛り上がっていたらしく、エヴァンが挨拶をしても何が起きたのか理解できていないようだった。


「な、なんだあ、てめえらは」


 男がろれつの回らない口調でフラフラと立ち上がる。


「じゃあお後よろしく」


 エヴァンは振り向くとサリアの肩を叩いた。


「まったく、あなたという人は…」


 サリアは頭を抱えながら男の前に出た。


「なんだあ?姉ちゃん、どっから来やがったんだ?」


「あなた方は村人を苦しめている山賊で間違いないですか?」


「おおともよ!泣く子も黙るゾング団たあ俺たちのことだ!で、姉ちゃんたちはそのゾング団様に何の用があって来たってんだ?」


 男は得意げに胸を叩くと無遠慮な視線をサリアへと向けた。


「ひょっとして俺たちの噂を聞いて商売でもしに来たのか?」


「そいつはいいや!こっち来いよ!今日はたっぷり可愛がってやるぜ!」


 奥にいる男たちが歓声を上げた。


 待ちきれずに腰ひもをほどいている男までいる。


「下種め!」


 サリアの拳が目の前の男のみぞおちにめり込んだ。


「はがっ!」


 男が白目を剥いて崩れ落ちる。



「て、てめえっ!何しやがる!」


 それを見た男たちが俄かに色めきたった。



「村人を無法でもって蹂躙するあなた方を天が見逃すとお思いですか!私は天遍教の格闘尼僧モンク、サリア。天に代わってあなた方に正義の裁きを下します!」


「天遍教だあ!?ふざけやがって!」


「天国じゃなくて地獄を味わわせてやる!」



 男たちが一斉にサリアに襲い掛かる。





 しかしそれも長くは続かなかった。


 十数分後、洞窟の真ん中に仁王立ちするサリアの周囲には昏倒した男たちが転がっていた。


「おお~流石は穿拳派の格闘尼僧モンク。やるもんだねえ」


「見てないで加勢してくださいよ」


 拍手をするエヴァンを額の汗をぬぐいながらサリアが睨む。


 多少服に汚れはあるもののその体には傷一つ付いていない。


「まあまあ、俺の出る幕なんかなかったじゃないか」


 エヴァンは地面にしゃがみこむと山賊のボスと思しき男の頭を掴んで持ち上げた。


 無造作に頬を張り飛ばしてその意識を戻す。


「あんたがこいつらの頭領か?ゾング団とか言ってから名前はゾングでいいのか?」


「う…うう…だから何だってんだ…て、てめえらは何者だ…」


 意識が戻ったゾングが憎しみのこもった眼でエヴァンを睨みつける。


「俺たちが誰かはどうでもいい。それよりも幾つか聞きたいことがあるんだ。まずはグレーターウルフの棲みかだ。北の森を根城にしてるおたくらなら知ってるんじゃないのか?」


「へ、そんなことを聞いてどうしようってんだ?討伐にでも行くってか?もっとも答えるつもりはねえけどな」


 ゾングは不敵な顔で笑うとエヴァンに唾を吐きかけた。


 顔を少し傾けてそれをかわしたエヴァンは慣れた手つきでゾングを縛り上げた。


「てめえ、何をしやがる!」


「話す気がないんなら別にいいんだ。こっちで勝手に調べさせてもらうから」


 エヴァンの合図でメフィストがゾングの顔に手を当てた。


 手を引き離すと同時にその身体からパズルのような形状をした記憶が引き抜かれていく。


「ひいいいっ!?」


 自分の身に起こった想像を絶する出来事にゾングが子供のように悲鳴を上げる。


「このまま記憶を読んでいくとその度にお宅は記憶を失っていくんだけど、それでもいいか?俺としては素直に話すことをお勧めするけど」



「話します!話します!何でも話しますからどうかそれを引っ込めてくださいいいい!」


 先ほどまでの強面はどこへやら、ゾングは眼に涙を浮かべてエヴァンに泣きついた。


「グレーターウルフはここから更に北に行った妖精の墓場と呼ばれてる岩だらけの空き地をねぐらにしてますう!本当ですうううう!!」


「オーケー、じゃあ次の質問だ。お宅らは北の森を根城にしてるのに魔物に襲われていないな。それは何故なんだ?」


「そ、それはこの滝の上に生えてる蛇血樹という木の樹液が魔物避けになるからですう!それを周りに塗っておくとグレーターウルフでも寄ってこないんですう!」


「サンキュー、助かったよ」


 エヴァンは礼を言うとサリアに笑いかけた。


「これで一つ解決だ。グレーターウルフの場所もわかったぞ」


「あなたは鬼ですか。いや、悪魔でしたね」


 サリアはそんなエヴァンを見てため息をついた。


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