40.フォレスタ村

「ここが依頼書に書いてあったフォレスタ村か…」


 そう言ってエヴァンは振り仰いだ。


 目の前には水をたたえた濠が集落をぐるりと囲み、丸太を組み合わせた巨大な塀がそびえている。


「ずいぶんと物々しいですね」


「魔物に襲われてるとなったらこのくらい警戒するものなんじゃないか?とりあえず村長に話を聞いてみよう」


 エヴァンは村の門に行くと門番に依頼書を見せた。


「グレーターウルフ討伐の依頼を受けてきた冒険者だ。村長と話をしたいんだが」





「よく来てくださいました、冒険者のお方々。私が村長をしております、ヨーゼフです」


 案内された屋敷に入ると口髭を蓄えた老人がエヴァンたちの前に現れた。


「あのにっくき畜生どもにはほとほと困っておるのです。このままではいずれこの村は滅んでしまいます!どうか、どうか我らをお助けください」


 そう言いながらエヴァンの手を強く握りしめたヨーゼフだったが背後の2人を目にして怪訝な顔になった。


「失礼ですが。あなた方は何人で来られたのですかな?」


「うん、ここにいる3人だけどそれがどうかしたのか?」


 エヴァンの言葉にヨーゼフは目を丸くし、それから諦めたように頭を振りながら深くため息をついた。


「せっかく来ていただいて恐縮なのですがあなた方には無理だと言わざるを得ません。どうかこのままお引き取り願えますか」


「だから言ったのだ。無茶だと」


 後ろでサリアが口を尖らせた。


「あなた方はおそらくグレーターウルフの恐ろしさをご存じないのでしょう。体格は牛ほどもあり、それが数十頭の群れになって襲ってくるのです。わずか3人ばかりでは餌になりに行くようなものです」


「まあまあ、もう少し話を聞かせてくれないか。判断するのはそれからでも遅くないだろ?」


 話はお終いだというように椅子から立ち上がりかけたヨーゼフをエヴァンは無理やり座り直させた。


「もっとグレーターウルフのことを詳しく教えてくれないか?連中の巣がどこにあるか知ってるとありがたいんだが」


「残念ながらそれは我々にもわからんのです」


 ヨーゼフは悲しそうに首を振った。


「奴らは魔物が跋扈する北の森の奥深くからやってきます。過去には調べに行った者も何人かいたのですがいずれも帰ってくる者はおりませんでした。しかもなお悪いことに最近は山賊まで住みつく有様で、村の周囲の濠と塀はむしろ山賊を防ぐためのものなのです」

「それは災難だな…山賊討伐の依頼は出していないのか?」


「領主さまにお願いはしたのですがグレーターウルフの討伐依頼で精いっぱいだと言われまして、やむなく村人総出であれを作ったという訳です」


「なるほどね。とにかく北の森に入らなくちゃわからないって訳か」


 エヴァンが立ち上がるとヨーゼフが目を丸くした。


「ま、まさか今から行くのですか?」


「ああそのつもりだが?」


「む、無茶です!まもなく日が落ちるというのに!しかもあなた方は3人しかいないのですよ?グレーターウルフの前に山賊に襲われるのが落ちです!」


「そうですよ!ここは一旦落ち着いて作戦を練り直しましょう」


 サリアもヨーゼフに同意する。


「山賊か…むしろそっちの方が好都合だな。村長、山賊の根城はわかってるのか?連中は何人くらいいるんだ?」


「え、ええ、ここから北の森を川沿いに登っていった先にある滝の裏にある洞窟を根城にしています。人数は10人前後だと思いますが…」


「なるほどね、ありがとう。じゃあちょっと行ってくるよ」


 エヴァンは礼を言うとサリアとメフィストを引き連れて村を出ていった。



「何という馬鹿なことを…あれでは嬲り殺しにあうに決まっているというのに…」


 ヨーゼフはため息と共に村の門を閉めた。


 これから夜が明けるまではどんなに助けを求める声があろうと決して開けない、それが村の決まりだ。


 明日は川に気をつけなければならないだろう。


 3人の死体が流れ着いているかもしれない。


 重く沈む気持ちを振り払うようにヨーゼフは家路についた。





    ◆





「何を考えているんですか何を考えているんですか何を考えているんですか!」


 暗くなる森の中を歩きながらサリアが食ってかかった。


「グレーターウルフだけでも頭が痛いのに山賊までいるんですよ?なのになんで自ら虎穴にいるような真似を!」


「虎穴じゃなくて山賊の根城だろ?むしろ易しいくらいじゃないか。格闘尼僧モンクのサリアだったら山賊くらい余裕だろ?」


「そ、それはまあその通りですが?」


 おだてるエヴァンにサリアが得意げに鼻孔を膨らませる。


「それに考えてもみろよ。連中は魔物が溢れる北の森に暮らしてるんだぞ?つまり襲われない方法を知ってるってことだ」


「し、しかし…」


「まあまあ、それよりもそろそろ連中の根城に近いぞ」


 エヴァンは落ちていた枝を拾うとやにわに投げた。


 枝は猛烈な勢いで森の中に吸い込まれ、やがて共に何かが落ちる音と共に重い悲鳴が聞こえてきた。


「あっちだな」


 3人が向かうとそこには武器を携えた髭面の男がうめき声を上げながら地面にうずくまっていた。


「突然悪かったな。お宅、山賊の見張りなんだろ?」


「て、てめえか…さっきのは」


 しゃがみこんで顔を覗き込んだエヴァンを男が憎々しげに睨みつける。


「ついでに先に謝っておくけど俺たちのことは忘れてくれ」


「やっぱりやるのね」


 エヴァンの言葉と共にメフィストが男の顔を掴んだ。


「…こ、これが…悪魔の力…」


 サリアはメフィストが男の記憶を開放する様を驚愕の表情で見守っていた。


「これでこいつは俺たちのことを忘れた。折角だから縛っておくか。これでよしと、さて次に行くか。まだあと何人かいるだろうからな」


 エヴァンは男を木の幹に縛り付けると何事もなかったように再び歩き出した。


「あれがメフィストの力ですか。悪魔の力を見るのは初めてです」


 エヴァンの横を歩きながらサリアが呟く。


「ああ、意外と便利だろ」


 その言葉にサリアがキッと唇を噛み締める。


「私には認められません。あのように人の意志を捻じ曲げる力は到底認められるものではない。あれは滅ぼさなければいけない力です」



「そうかあ?せっかく便利なのにもったいないと思うんだけど」


「もったいなくないです!」


 サリアは不思議そうな顔をするエヴァンを睨み、3人は再び上流に向かって川沿いを歩き続けていった。


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