55.聖騎士対元勇者
「ちょ、ロブリング様!そんな!」
天に帰ろうとするロブリングを見てマクシミリアンが悲痛な叫び声をあげる。
「マクシミリアン、後はあなたがなんとかするのです」
乱れた服を直しながらロブリングがマクシミリアンに告げる。
「あなたには聖騎士としての加護を与えています。その力があれば勝つとはいかなくても手傷くらいは負わせられるはず。いえ、上手くいけば相打ちに持ち込めるかもしれません。それでは聖騎士としての務めを果たすのですよ」
「ちょっと…ロブリング様、ロブリング様ぁぁぁぁ」
ロブリングの姿は天に消え、マクシミリアンの絶叫だけが空しく空に響いていった。
「で、どうすんだ?まだ続けるのか?」
背後から聞こえてきたエヴァンの言葉にマクシミリアンが全身を強張らせる。
「俺としてはすんなり身を引いてくれるとありがたいんだけど」
「身を引く…だと?この私が…?ありえない…そんなことあってはならない」
マクシミリアンの顔が怒りで紅潮していく。
「私は神に選ばれし聖騎士!その私に悪魔に引くという選択肢はない!」
叫ぶなり懐に手を入れると魔石を散りばめた冠を取り出した。
「おおっ!あれは聖騎士にしか使いこなせないと言われる全能力強化の魔道具、戦士の冠!」
周囲の騎士たちにどよめきが起こる。
冠を被ったマクシミリアンの身体から魔力が溢れだした。
その魔力は手にしていた剣へと流れ込み、光の刃を生み出す。
「おお、あれこそ聖騎士の証し福音剣!」
「魔族を魂ごと切り裂く聖なる剣だ!」
天遍教騎士隊の間から喝采が沸き上がる。
「死ねいっ!」
マクシミリアンがエヴァンに斬りかかった。
今までとは比べ物にならない速度と威力だ。
「ふははははっ!ロットナーの傷が癒えていないのか?動きに切れがないぞ!それとも私が強くなりすぎただけか!?」
怒涛のような攻撃にエヴァンは防戦一方だった。
「これで終わりだ!」
裂ぱくの気合と共にマクシミリアンの一撃がエヴァンを襲う。
エヴァンが手にした聖剣アブソリウムが根元から断ち切られた。
「クハハハハ、武器を失った以上貴様に勝ち目はないぞ」
マクシミリアンが勝利を確信した笑みを浮かべる。
エヴァンは根元から折れた聖剣アブソリウムをしげしげと眺めていたが、やがてその柄に巻かれていた革ひもをほどき始めた。
「貴様、何をして……そ、それはまさか、聖剣アブソリウムか!何故貴様がそれを!」
現れた聖剣アブソリウムの柄を見てマクシミリアンが目を剥いた。
「話せば長いけど、ともかくこれは俺の持ち物になってるんだ」
エヴァンは柄だけになった聖剣アブソリウムを構えた。
「馬鹿め!いかに聖剣アブソリウムといえども柄だけで何ができる!もろとも両断してくれる!」
マクシミリアンは剣を振りかぶり、とどめの一撃とばかりに斬りかかった。
「いざ、悪魔の眷属よ!貴様のあるべき地獄へ落ちろ!」
しかしマクシミリアンの振り下ろした剣がエヴァンに届くことはなかった。
聖剣アブソリウムの柄から伸びる光の剣がその剣を寸前で受け止めていた。
「ば、馬鹿な!それは福音剣?刃もなしに!」
驚愕するマクシミリアンの腹にエヴァンの蹴りが食いこむ。
「ぐぅっ!き、貴様、何故折れた剣で福音剣を…」
「知らないのか。聖剣アブソリウムっていうのは柄が本体なんだ。むしろ刃はこの剣の力を抑えるためのストッパーなんだよ。持ち主の魔力を刃に変える、これが聖剣アブソリウムの本来の姿だ」
エヴァンは光の刃を伸ばした聖剣アブソリウムを構えた。
「まだやるかい?」
「ぐぬぬぬぬ…」
マクシミリアンが歯ぎしりをする。
「まだだ!まだ私は終わらんぞ!」
「まだまだこんなものではないぞ!」
マクシミリアンは更に懐から魔法薬の瓶を取り出した。
「マ、マクシミリアン様、魔法薬の同時服用は危険すぎます!」
周囲で見守っていた魔導士の警告を無視して一気にそれを飲み下す。
「ぬおおおおおおっ!魔力強化!体力強化!精神力強化ぁぁっ!」
魔法薬を飲んだマクシミリアンの身体が一気に膨れ上がった。
輝くような長髪は逆立ち、その眼は真っ赤に充血して全身に血管が浮かび上がっている。
「我が魔力よ!この剣に宿れええええっ!」
気合と共にマクシミリアンの持つ福音剣が倍以上の長さに伸びる。
「我が命を懸けた一撃、とくと思い知れええっ!!」
「いや、そいつはごめんだ」
その声と共にエヴァンが手にした光の刃が一気に膨張した。
その長さは10メートルを超え、幅は両手を伸ばしたよりも広い。
「へ?」
マクシミリアンも呆気に取られてみていた。
「悪いけどこれで終わらせてもらうよ」
エヴァンがその剣を振り下ろした。
「うおおおおおおっ!」
かわしきれず必死に剣で受けようとするマクシミリアン。
しかしその剣は福音剣の魔力を抑えきれずに粉々に砕け散った。
「くそおおぉぉぉぉっ!」
絶叫と共にマクシミリアンが福音剣の光に包まれていく。
光が収まった時、そこには地面に伸びるマクシミリアンがいた。
寸前でエヴァンが剣を返し、刃の腹でマクシミリアンを押しつぶしたのだ。
「ふう、これでもう流石に動けないだろ」
エヴァンは額の汗をぬぐいながら福音剣を収めた。
「さ、もういい加減に帰ろうぜ。腹も減ったし疲れたよ」
腰を伸ばしながらうめき声をあげる。
「き、貴様…なぜ殺さない」
その時、背後でマクシミリアンがうめき声をあげた。
「なんだよ、気絶してなかったのか。流石は聖騎士だけあってタフなんだな」
「わ…我ら、天遍教信徒は決して悪魔には屈しない。ここを逃れたければ我々全員を殺すことだ…」
膝を震わせながら必死に立ち上がろうとする。
周囲にいたマクシミリアンの部下も剣や杖を構えてエヴァンたちを取り囲んでいた。
「まったく、命あっての物種だってのに、よくそこまで入れ込めるもんだねえ」
エヴァンは肩を叩きながらため息をついた。
「何とでも言うがよい。これは我々と貴様らの殲滅戦なのだ」
マクシミリアンがエヴァンを睨みつける。
「そこで何をしている!」
その時、背後から声が轟いた。
それはアズラスタン王立騎士隊北方警備部隊隊長イヴェットのものだった。
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