56.決着

「マクシミリアン殿、ブランドールの者である貴君がここで何をしているのです。ここは大規模討伐の主戦場であるため部外者は立ち入り禁止となっています」


 イヴェットは馬から降りるなりマクシミリアンに言葉を投げつけた。


「我々は悪魔とその眷属を討伐に来たのだ。天遍教聖騎士とその退魔部隊が国を超えて悪魔討伐を行っていることは貴女も知っているはずだ」


 問い詰められているにもかかわらずマクシミリアンは傍若無人に答える。


「ここにいるのは悪魔2体とその眷属!ならば我々が出向くことになんの間違いもないはず」


「勝手なこと言ってくれるぜ」


 エヴァンが肩をすくめた。


「イヴェット殿、私はむしろ貴女に協力を要請する。貴女の国が悪魔によって汚されているのだぞ!ブランドールにも勇猛忠君で知られる貴女であるなら見逃してはおけぬはずだ」


 マクシミリアンは自信に満ちた口調でイヴェットに手を差し出す。


 しかしイヴェットはその手をじっと見つめたきり動こうとはしなかった。


「なるほど、貴君の言いたいことは理解した」


「では!」


「しかしそれは貴君の行動の正当性を保証するわけではない」


 期待に目を見開くマクシミリアンをイヴェットはすげなく切り捨てた。


「貴君が正当な手続きと認可を経てここにいるのであればそれは私の耳にも入っているはずだ。それがない以上私は貴君の行動を認めるわけにはいかない」


 イヴェットはそこまで言ってエヴァンの方を向いた。


「一方でこちらのエヴァン殿は私自らによる正当な依頼を経てここへ赴いてもらっている。貴君は正当な理由なき行為によって我が国の国防上必要な作戦行動を阻害しているわけだが、それについて何か申し開きのなら聞かせてもらおう」


「ぐっ…」


 マクシミリアンが言葉を詰まらせる。


「だ…だが、こやつらが悪魔であるのはなんとする!悪魔を見逃すどころか国の重要な作戦に参加させるというのは問題ではないのか!」


「…マクシミリアン殿」


 イヴェットがため息をついた。


「我が国の方針に口を出すならまずは我が国の法律を学んでからにしてくれないだろうか。我らアズラスタンには悪魔を取り締まる法律は存在しない」


「なっ!?」


「国民として登録され、税金を納めているならば人間であろうと魔族であろうと等しくアズラスタン国民だ。悪魔についての明記はないが特に例外はないだろうな」


 イヴェットはそう言うとマクシミリアンを見据えた。


「貴君ら聖騎士は天遍教の名のもとに他国でもその力を振るってきたことだろう。そしてそれが黙認されてきたのも事実だ。しかしこと我が国の方針に武力でもって関わってくるとなると北方警備隊隊長として見過ごすわけにはいかない。これ以上貴君が主張を通すつもりであるなら国家間の問題となるがいかがする」


「ぐうう…」


 マクシミリアンが唸った。


 イヴェットが連れてきた部下たちは剣に手をかけ、臨戦態勢に入っている。




「くっ…」


 しばらくの沈黙ののちにマクシミリアンは言葉を呑み込むと目をそらした。


「今ここで貴女とやり合うのは得策ではないようだ」


「そうしてもらえると私としてもありがたい。任務を放棄するわけにはいかないのでね」


 マクシミリアンは踵を返し、部下たちに号令を発した。


「帰るぞ!」


 それを合図にブランドールの退魔部隊は潮が引くように下がっていく。


「エヴァン、貴様の名前は覚えたぞ」


 すれ違いざまにマクシミリアンがエヴァンに鋭い視線を送る。


「今は見逃してやるがブランドールに来ることがあればその命はないと思え。次は全身全霊を持って貴様を討ち滅ぼしてやる」


 それを聞いたメフィストがエヴァンに耳打ちをしてきた。


「…ぼろ負けしてたくせにえらい強気だね」


「馬鹿、そういうことを言うんじゃないよ」



 マクシミリアンの額に血管が浮かび上がる。


「さっさと帰るぞ!」


 こうしてマクシミリアンとその部下たちは本当に去っていった。



「助かったよ」


 完全に去ったのを見届けてからイヴェットがエヴァンに話しかけてきた。


「?お礼を言うのはこっちの方だと思うんだが…」


「いや、マクシミリアン殿を含めて誰も手にかけていなかっただろ?そのことについて感謝しているんだ。もし誰かが死亡でもしていたら私でも手に負えなくなっていただろう」


「ああ、そのことね。流石にあれだけの大物だと無茶はできないかな~と思ってさ。でもこっちも助かったよ。あのまま続いてたらどうなっていたかわからないからな」


 エヴァンはそう言うとイヴェットと握手を交わした。



「それにしてもあんたがあそこまで強硬に出るとは思わなかったよ。外交問題に発展する可能性だってあったんじゃないか?」


「なに、それでも別にいいのさ」


 イヴェットがエヴァンにウィンクをした。


「天遍教による政治中枢への影響はわが国でも問題になっていてね。ここらで圧力をかける必要があったんだ。連中にはいい薬になっただろう」


「そういうことね」


 エヴァンは肩をすくめた。


「俺はそのいいだしに使われたってことか。ひょっとしてこうなることを読んで俺たちに依頼をしたとか…?」


「さあ、どうだろうね」


 今度はイヴェットが肩をすくめる番だった。


「とにかくこれで君たちは我が国の役に立つことを証明し、私とのコネもできた。今後君たちが悪魔だと難癖をつけてくる者は減るだろう。そして私は蝕月の大討伐を無事終えることができ、天遍教の専横にも釘を刺すことができた。双方にとって良い結果となったんじゃないか?」


「ったく…食えない人だねあんたも」


 エヴァンはため息をつくと腰を伸ばした。


「まあなんにせよアズラスタンの自由さに助けられたのは事実か。いや、強欲さにと言うべきかな」


「天使でも悪魔でも金を呼ぶものが正義、というのが我が国のモットーだからな」


 イヴェットはそう言って高らかに笑った。


「さあ帰るとしよう。蝕月も無事終わったようだ」


 見上げた空にはくっきりとした夕月が浮かんでいた。


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