最終話.それから

「いい加減にしてください!」


 サリアの声が轟いた。


 屋敷の応接間の入り口で仁王立ちになって睨みつけている。


「なんであなたたちはいつも物を出したら出しっぱなしなんですか!床が見えないじゃないですか!」


「そうかあ?まだ結構片付いてると思うんだけど」


 ソファでメフィストとバックギャモンをしながらエヴァンがぼやく。


「なに言ってるんですか!脱いだ服は散らかしっぱなし!使った食器は出しっぱなし!これで片付いてると言えますか!まったく、あなた達ときたら…」


 サリアはぶつぶつと小言を言いながらてきぱきと片付けを始める。


「あーがりっ!これで今夜の料理当番はエヴァ…グエッ!」


 ガッツポーズをしたメフィストの脳天にサリアの拳が突き刺さる。


「今日の料理当番はメフィストでしょう。そんなんじゃいつまでたっても上達しませんよ」



「ちぇ…これでも結構上手くなってるんだけどな」


「上手くなったって、パンケーキだけじゃないですか!あなたの当番の時にパンケーキばかり食べさせられる私たちの身にもなってください!」


「えーいいじゃん、パンケーキ美味しいし」


「そういう問題じゃありません!」


「まあまあ」


 エヴァンがサリアの肩に手を置いた。


「ストレスをためてるだけじゃ健康に悪いぞ。どうだ?いっちょ軽く運動でもしないか?」


 その言葉にサリアは眼を光らせると頭に巻いた布巾をほどいた。


「望むところです。今日こそは負けませんよ」





    ◆





「だあ!また勝てなかった!」


 中庭に倒れ込んだサリアが天を仰いで叫ぶ。


「でもさっきのはなかなか良かったぞ」


 額の汗をぬぐいながらエヴァンが手を伸ばす。


「この調子じゃ近いうちに一本取られそうだな」


「当たり前です。格闘尼僧モンクがいつまでも後れを取ってなんていられないですからね」


 サリアはその手を取って起き上がると大きく伸びをした。


「とは言え今は元格闘尼僧モンクですか」


「あー…そのことに関しては申し訳なかったな」


「?なぜあなたが謝るのですか?」


 ばつが悪そうなエヴァンをサリアが不思議そうに尋ねる。



「いや…お前さんが破門になったのも元をただせば俺たちが原因と言うか…」


 結局サリアの破門は解かれることはなかった。


 マクシミリアンが去って一週間後、サリアの元に天遍教から永久に破門するとの通知がきたのだ。


「あなたのせいではありません。これは私の選択の結果なのですから」


 エヴァンの言葉にサリアが微笑む。


 少し寂しげではあったが、どこか吹っ切れたような爽快な笑顔だった。


「それにその…清眼のこともあるだろ?」


 エヴァンはそれでも申し訳なさそうに言葉を続けた。


「それも、ですよ」


 サリアは首を横に振って空を見上げた。


 中庭から雲1つない空が見える。



「確かに神の加護は失われました。今の私にはメフィストもフォラスも悪魔なのか魔族なのか区別はつきません。でも言葉を返せばあの力があることによって私は世界を正しく見ていなかったのかもしれません。そう考えると今見ている世界こそが正しいのかもしれない、そういう風にも思うのです」


 サリアはそう言うとエヴァンに微笑んだ。


「力は失っても私は何も変わっていない、そうでしょう?」


「そうだな、確かに清眼の力があろうがなかろうがサリアはサリアだな」


 エヴァンが微笑み返す。


「でもこれでもうサリアは天遍教に縛られることがなくなったんだろ?ここじゃなくてもっと好きなことをしてもいいんじゃないか?金だってお国からたっぷりもらったんだし」


 蝕月の大討伐でエヴァンたちがもらった報酬は全員が1年間何もせずに暮らしていけるほどの額だった。


 これから長い付き合いになるだろうから手付金だと思ってくれ、とイヴェットは笑っていた。



「何を言ってるんですか」


 サリアが頬を膨らませながらエヴァンに指を突き付けた。


「身寄りのない私にどこへ行けというんですか。それこそしっかり責任を取ってもらいますからね」


「ま、まあサリア自身がそれでいいんなら好きなだけいてくれて構わないけど…」


「そうです」


 微かに頬を染めながらサリアが胸を張る。


「それに悪魔がのうのうと暮らしているのを放っておけますか。エヴァンも含めてみんなきっちり更生させるのが今の私の目標なんですから!」


「おいおい、まだそんなこと言ってるのかよ」


「当たり前です!破門になったからと言って私の信仰が失われるわけがありません!信仰というのは教会に属しているかどうかではなくここの問題なのですから」


 サリアはそう言って胸に手を置いた。


「それを教えてくれたのはエヴァン、あなたです」


「…まあいいけどさ」


「とりあえずみなさんには人として、いや悪魔としてまともな生活を送ってもらいます!出したものは片付ける!飲みっぱなし食べっぱなしは厳禁です!」


「おいおい、お手やわらかに頼むぜ」


「いーえ、しません!大体みんなだらしがなさすぎ…」


 サリアが指を突き立てながらエヴァンに詰め寄る。



「おーい」


 そこへナッツを頬張りながらメフィストがやってきた。


「なんかイヴェットが来てるんだけど。新しい依頼がどうとかこうとか」


「お、そういえばこの前そんなこと言ってたっけ。とりあえずこの話はここまでだな。はやいとこ行かなくちゃ」


 エヴァンはこれ幸いとばかりに話を切り上げて応接間へと駆けだした。


「あ、ちょっと!まだ話は…もう、しょうがないですね。エヴァン、私も行きますってば!」


 止めようとしたサリアだったがやがて苦笑と共にエヴァンの後を追いかける。



 穏やかな日差しが辺りを照らしていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


ご愛読いただきありがとうございました、これにて「悪魔仕掛けの勇者 ~ ダンジョンの奥で地獄から追放された女悪魔を拾ったら封印されていた力を開放してくれたので一緒に旅をすることにした元伝説の勇者の話 ~」は終了となります。


皆様の応援で最後まで続けることができました。


今は新作を構想中です。

近いうちにまたお会いできることを願っています。

それではまた!

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悪魔仕掛けの勇者 ~ ダンジョンの奥で地獄から追放された女悪魔を拾ったら封印されていた力を開放してくれたので一緒に旅をすることにした元伝説の勇者の話 ~ 海道一人 @kaidou_kazuto

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