54.天使対悪魔
サリアが半狂乱になって地面をのたうち回る。
「私の眼が、眼が!何も見えない!」
「落ち着け!」
エヴァンはサリアの顔を掴むと指を突き出した。
「これは何本だ?」
「い…1本?」
「なんだ、やっぱり見えてるじゃないか。いいか、お前が失ったのは魔を見る力だけだ。何も失ってなんかいない。ただあいつらから借りてたものを返しただけだ!」
「で…でも…私は…私は…」
涙で濡れた顔でサリアがかぶりを振る。
エヴァンはその頭に手を置くと髪の毛をわしゃわしゃと掻き交ぜた。
「今は混乱してるだろうけどな。いずれ落ち着くから安心しろって。俺だってつい最近まで勇者の力を使えなかったけど何とか生きてこれたんだ。サリアにだってできるさ」
「ほ、本当ですか…?」
「当たり前だろ。サリア、お前は俺たち5月団の仲間なんだ、神の加護なんかなくたって大丈夫だ」
エヴァンはそう言うとロブリングへと向き直った。
「とは言えその仲間を好きなようにされたんだ、きっちり借りは返さないとな」
「無駄なことです。あなたに与えた力は今ここで返してもらいます」
ロブリングが手を伸ばすとエヴァンの胸元から光が溢れだした。
「おおっ!あれこそ勇者の力なのだな!クハハハハッ!いい様だ!無力になったことを後悔するがいい!」
マクシミリアンが顔を歪めて哄笑する
「エヴァン、あなたは今からただの人となるのです」
ロブリングが更に手を広げた。
が、何も起こらない。
エヴァンの胸元の光はやがて消えていった。
「…何をしたのです」
ロブリングが訝し気に眉をひそめた。
「俺は何もしていないが?」
「あなたに与えた勇者の力は常に私と繋がっているはず。何故それが切れているのです」
「あ~、それ多分あたしが切ったわ」
メフィストが口を挟んできた。
「は?」
ロブリングがぽかんと口を開けた。
「いや~、エヴァンの封印を解く時になんか別の封印が絡まっててほどけなかったんだよね。面倒だから切っちゃったんだけど多分それがあんたの封印だったんじゃないかな。なんか天使臭かったし」
「…つまり、俺の中の力はこいつと関係なく存在してるってことか?」
「ん~、詳しく言うとあたしと繋がってることになるかな。契約した時点でエヴァンの魂ごとあたしと結びつけたから」
「…ふふ…ふざけるなっ!」
ロブリングが吠えた。
その口調からは先ほどまでの冷静さの欠片もない。
「私がどれだけ苦労してこの男を勇者にしたと思っているのだ!勇者の力を与えて、道に迷った時は光を示し、挫けそうな時には助言を与え、そうしてようやく人々を天へ誘う導灯へとしたのだぞ!その繋がりを切るどころか我がものとしただと!?図々しいにもほどがある!この悪魔め!」
「いや、あたしは悪魔だし。そもそもエヴァンをほったらかしにしてたのはそっちじゃん」
「そうだそうだ!もっと言ってやれ」
メフィストの言葉にエヴァンが合の手を入れる。
「だまらっしゃい!返せ!私の力を返せ!」
ロブリングがメフィストに飛びかかった。
「誰が返すか!こいつはあたしのだ!」
メフィストも負けじと挑んでいく。
天使と悪魔はお互いに掴みあいながら地面を転げまわった。
その姿は…ただの子供の喧嘩だった。
「返せ!返せ!」
「べー、だ!欲しけりゃ取ってみろ!取れっこないけどね!」
髪を掴み、頬を引っ張って罵り合っている。
「あ…あれは一体?」
サリアもその争い、というか喧嘩を見て呆然としている。
「あれは…悪魔と天使という対極の存在同士だからお互いの力を打ち消し合ってるんだろうな。だから肉体に頼るしかないんだろう。で、おそらくあの2人はこういう戦いに慣れてないから子供レベルの喧嘩になってるんだな」
「そこ!冷静に分析してないでちょっとは加勢しろ!」
ロブリングに髪を引っ張られながらメフィストが叫ぶ。
「な、なんで私がこんな野蛮なことを…マクシミリアン!何を見ているのです!早く手を貸しなさい!」
口の中に指を突っ込まれながらロブリングが吠える。
しかしエヴァンもマクシミリアンも動かなかった。
いや、2人は2人で剣を構えて対峙していたから動くことができなかったのだ。
「メフィスト、悪いけどそっちはしばらく任せた」
「ロブリング様、今しばらくお待ちください。こちらを片付けたらすぐに向かいます」
天使と悪魔の戦いは徐々に天使が優勢となりつつあった。
「これで勝負ありです!さあさっさと力を返しなさい!返せってば!」
ロブリングがメフィストの上に馬乗りになって両手で頬を引っ張りながら叫んだ。
「あ~もう!ちょっとフォラス!あんたどうにかしてよ!こいつの弱点とか知らないの!?」
「ちょ…ちょっと待って」
メフィストの声にフォラスは異空間から本を引っ張り出すとぺらぺらとめくった。
「え…え~と…先代魔王が作った天使名鑑に…付与奪天使ロブリングの項目があったはず…あった…これによると…」
フォラスが言葉を続ける。
「ロブリングは……脇が弱い」
その言葉を聞いた瞬間、メフィストが手をロブリングの脇に差し入れた。
「ひゃんっ」
聞いたことのない甲高い声がロブリングの口から漏れる。
「ちょ…こら…な、何を…ひゃあぁん!」
ロブリングが真っ赤な顔をして身をよじっている。
「ふっふっふ、どうやら脇が弱点というのは本当のようだねえ」
いつの間にか体勢が逆転していたメフィストが指をワキワキを動かしながらロブリングに迫る。
「おやおや、脇だけかと思ったらここも弱いじゃない。じゃあここは?ここは?ん?どうなん?はっきり言わないとわからないよ?」
「だ…駄目…そこは…あぁん!そ、そんなところ…いやあぁぁん!」
全身を弄ばれたロブリングは息も絶え絶えとなっていた。
「な、何をしているのです…あぁん!ち、力を…力を貸すのです…はあぁん!」
マクシミリアンが助けにならないと悟ったロブリングは周囲にいた騎士団に助けを求めたが、騎士も魔導士も赤い顔をしてもじもじとするばかりだった。
「す、すいません、天使様。結界があって我々には見ることしかできぬのです」
「しかし!ここで精一杯応援させていただきます!ロブリング様の雄姿はこの目にしっかと焼き付けます!」
「そうそう、みんなにあんたの恥ずかしい姿をしっかりと見てもらおうねえ。これは新しい聖書ができちゃうかもよ?できちゃうかもよ?」
「あぁ…もう!」
業を煮やしたロブリングは強引にメフィストの手を振り払って宙に舞い上がった。
「こんな所にはもういられません!帰らせてもらいます!」
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