53.天使降臨
光を放っているかのような純白のローブを身にまとい、背中から生えた純白の翼が羽ばたいている。
波打つ金髪が頭上の光輪を受けて煌めき、その顔は地上のあらゆる美女ですら色褪せて見えるほどに美しい。
それは紛れもなく天使だった。
「おお!我が守護天使ロブリング様!よくぞ参られました!」
「我を呼んだのはあなたですか、マクシミリアン」
ロブリングと呼ばれた天使が厳かな声で告げた。
「いかにも、此度は貴方様のお力をお借りしたくお呼び申し上げた次第であります」
マクシミリアンが膝をついて頭を下げた。
「彼の者たちは悪魔とその眷属であります。はなはだ無念ながら彼の者たちの力は強く、我々の力及ばず、やむなくロブリング様のご助力に頼らざるを得ないと判断いたしました」
ロブリングの金色の瞳がエヴァンに向けられた。
陶器の人形のように整った唇が静かに開かれる。
「エヴァン、貴方は堕落しました」
「は?」
マクシミリアンが空気の抜けたような声を上げた。
「ロ…ロブリング様…?この者をご存じなのですか?」
マクシミリアンの問いにロブリングが頷く。
「この者はエヴァン・ファウスト。60年前、人類が悪魔との戦争に勝利するために私が加護を与えた勇者です」
「はあぁぁっ!?」
マクシミリアンは目を飛び出さんばかりに驚いていた。
「つ…つまり…この男はあの…伝説の勇者エヴァンだというのですか?この…風采の上がらないただの中年男が!」
「ずいぶんな良いようだなあ、おい。まあ否定はしないけど」
エヴァンはぼりぼりと頭を掻きながらうんざりしたようにロブリングを見る。
「まさかあんたが来るとはな。もう二度とお目にかかりたくなかったんだが」
エヴァンの言葉にロブリングは軽い溜息と共に頭を振った。
「貴方には失望しました。神の加護を得た貴方がまさか悪魔と契約するとは。これを堕落と言わずして何と言うのでしょう」
「それはこっちの台詞だっての。目的を果たしたら俺が封印されようがお構いなしってか。アフターケアくらいしてくれても良かったんじゃないのか?」
肩をすくめて呆れるエヴァンにもロブリングの態度は変わらない。
「それは貴方がた人間の問題です。我々天使の目的は人々を天へと導くことであって地上の些事に関わることではありません。それに勇者と言えども時が経てばその威光は陰り、人々の心は離れていったでしょう。エヴァン、あなたはむしろ封印されることで勇者の名を永久に歴史の中に刻んだのですよ」
「相変わらずの傲慢っぷりだな。60年前の俺はよくあんたの言葉を信じてたと思うよ」
「それはあなたが純粋で心から善の偉大さを、正義を信じていたからです。今のあなたから善性は失われました。もはや天与の力はあなたにふさわしくない」
「そいつはどーも。おかげでかたっ苦しい使命から解放されて人生を楽しんでるよ」
「ありえない!」
マクシミリアンが叫んだ。
目を剥きだしてエヴァンを指差す。
「この男が…我ら聖騎士が目標と掲げる正義と信仰の代行者、勇者ですと?この…女悪魔と淫蕩にふけるような下劣で賤しい男が…あり得ない!そんなことあってはいけない!」
「それでは守護天使たる私の言葉が信じられないと?」
「ぐ…」
ロブリングの言葉にマクシミリアンが言葉を詰まらせる。
「あなたも体感したはずです、この者の強さを。それこそが私の与えた勇者の力に他なりません」
「ぐぬぬ…」
マクシミリアンは一言も返せず、ただ燃えるような瞳でエヴァンを睨むしかなかった。
ロブリングがマクシミリアンの傍らに舞い降り、その肩に手を置く。
「落ち着くのです、騎士マクシミリアン。力を与えたと言ってもそれは過去の話。彼の者は既に悪魔の眷属、我らにとって討滅対象にすぎません」
「そ、それでは!?」
「確かに彼の者はあなただけでは荷が重いでしょう。しかし私がここにいる以上憂いは無用です。この付与奪天使ロブリングの敵ではありません」
「た、確かにその通り!おい、聞いたか?貴様の命はもはやここまでだ!」
ロブリングの言葉に喜色満面となったマクシミリアンがエヴァンに剣を突き付ける。
「正義は我らにある!そこの悪魔共々我らに敵対したことを後悔しながら地獄に落ちるがいい!」
勝利を確信して意気軒高のマクシミリアンだったがエヴァンに気負いはなかった。
いつもと変わらず脱力したように剣を構える。
「調子がいいなあ。もっともそんなこと言われてほいほい従う気はないがね。まだこの世でやり残したこともあるし」
「待ってください!」
そこにサリアが飛び出してきてエヴァンとの間に割って入ると地面に額をこすりつけた。
「天使様!恐れながらお願い申し上げます!エヴァンを…この者をどうかお見逃しください」
「其方は何者ですか」
サリアは額をこすりつけながらロブリングに嘆願を続けた。
「私は天遍教の尼僧、サリア・ホールハンドと申します。どうか、私の願いをお聞きくださいませ!この者たちは悪魔とその眷属と言えども数多の人々を救ってきました。どうか、どうか寛大な処置をお願い申し上げます!」
「…サリアとやら、面を上げなさい」
サリアが顔をあげるとロブリングがその眼をじっと見つめ、やがてにこりと微笑んだ。
「サリア、あなたは清眼を持っているのですね。それはあなたが生まれながらにして神の加護を受けているという証拠、いわばあなたは我々に近しい存在と言えます」
「そ…それでは…」
期待を込めて見上げるサリアにロブリングは手を差し伸ばし…首を横に振った。
「残念ながらその力は悪魔に与するあなたに相応しくありません。よって付与奪天使たる私の権限でもってあなたを天遍教から破門とし、その清眼を接収します」
その言葉と同時にサリアの瞳から光球が流れ出した。
「ああああっ!!!」
眼を押さえたサリアの絶叫が響き渡る。
ロブリングはサリアの瞳から出てきた光球を掴み取るとエヴァンの方を向いて手を差し伸ばした。
「もはやこの者に清眼の力はありません。エヴァン、あなたの力も返してもらいます」
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